第8話


竜という生き物は人に関して大抵の場合無関心だ。その理由として考えられているものは多くあるが、中でも有力なの説が人を格下の生き物と見ているから、というものがある。その通り、竜はこの世界の生物の頂点に君臨するほど力を持っている。人間など竜から見ればアリのようなもの、と説く学者もいる。

けれどそんな竜が嫌う人間たちがいる。


それが、ドラッヘフェルス帝国に住む竜人だ。


ドラッヘフェルス帝国は、竜に愛された国である。というのは、大陸の共通認識で。なぜなら、ドラッヘフェルスには竜の巣があるからだ。それに、帝国の高位貴族や皇族は竜の血を引いている。下位の貴族や平民にも竜の血がまじってる人もいるという。それに、帝国人はみな竜を従える方法を知っている。かの国が大帝国となったのは、その力があったからだ。

大陸のほとんどを支配しているドラッヘフェルスには、竜騎士ではなく、竜使いがいる。竜使いは竜を使役して意のままに操り、戦闘で使い潰す勢いで戦わせるのだ。


リンドルム王国人は竜を愛している。なのに竜に愛された帝国は竜を愛さない。

なんとももどかしく、悔しい話だった。


一度ドラッヘフェルスの竜帝の演説を聞いたことがある。とは言っても人伝なのだが、彼は「この世界でいちばん尊い生き物は竜である。故に、竜を総べるわれわれこそ、世界で最も尊き種──竜の血を引く我らが、この世界の覇者となるべきである」と言ったそうだ。


あまりに傲慢。あまりに不遜。それを聞いて頭に血が上って怒りで唸ってしまったノラの反応は言わずとも分かるだろう。


そんな竜に愛されているのに竜を愛さない帝国人は、唯一白竜からだけは嫌われているのだ。

白竜は、リンドルムの聖騎士団竜騎部隊が繁殖させているリンドルムだけの竜だった。乗りこなしやすく、騎竜に最適。性格は温厚なものが多く、人に害を与えることも滅多にない。リンドルムでは、白竜を神の遣いとしているために、騎士団に「聖騎士」と名称が着いているのだ。


「──ということはお前でも知っているな?ノラ」

「はい」

「それで、だ」


ヴェルグがディオを一瞥する。何が起こっているのかわかっていないような表情でディオは縮こまっていた。


「帝国人が白竜に嫌われる理由、わかるか?」

「……いえ」

「竜の血を引いている竜人の祖先が禍竜だから、だ」


は、と目を見開く。そんな、ともれた声は小さく掠れていて。ノラにヴェルグが同情的な視線を向けた。


静まり返った聖騎士団長の執務室。それを破ったのはノックの音だった。


「おや、ずいぶんと空気が重たいけれど、なにかあったのかな」

「騎士団長。どこまで把握を?」

「ああヴェルグ。大抵の事は聞いたよ」


騎士団長が室内へはいる。ちら、と後ろに視線を向けた。そちらを見ると、騎士見習いであろう少年が不安そうな表情で部屋に入るかどうか悩んでいた。


「入ってきなさい」


騎士団長の言葉にようやく少年はゆっくりとぎこちなく動き出す。ディオの前まで来て、初めまして、と彼の頭にこめかみを寄せた。


「……?」

「これはね、ドラッヘフェルスの竜人の挨拶だよ。ノラくん」


なるほど、と相づちを打とうとして、ディオが無意識なのか少年に同じ仕草をした光景が目に飛び込んだ。


「うーん、めんどくさいことになるね、これは」


騎士団長の言葉がやけに響いて、竜人ふたりはすりすりと同族と逢えた喜びからか頭をすりつけていた。

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