第34話:決意《けつい》

「よくぞお戻りになりました。聖剣の勇者たちよ、そして、神狼しんろうの巫女よ」


 俺たちはエルフの里に温かく迎え入れられ、鮮やかな花に彩られた宴席にてエルフの長老――見た目は妙齢の女性にしか見えないのだが――に再び相まみえた。


「……やはり巫女に出会ってしまったのですね。つまり、運命は未だに続いているということですか」


 彼女は俺たちを、そしてライラを見て暗い顔をした。


「81年前も、162年前も、その前もまたその前も、何度も繰り返し繰り返し……。勇者と巫女がこの里を訪れました。そして禁断の地を目指しました」


 彼女は葡萄酒ぶどうしゅを一口飲むと、その目で見たのであろう「伝説」を、ゆっくりと語りだした。


「彼らの冒険は、ある時は人知れず行われ、またある時は堂々と行われて歌や物語に残りました。そのたびに、今度こそこの呪われた運命に終止符が打たれたことを我々は期待していたのですが……」


「呪われた運命、とは?」


 エレナが質問をする。


「ここに再び戻って来られたということは、あなた方も伝承を知ったのでしょうね。では教えましょう。勇者と巫女の使命とは、混沌の獣に身を捧げることなどではありません。1000と1度の満月のたびに目を覚ます混沌の獣を打ち倒すことなのです。……ですが、旅立った彼らは誰一人、二度と戻っては来ませんでした」


 長老が顔を曇らせる。今まで見送った勇者と巫女を思い出しているのだろう。


「まだ産まれたばかりのあなた方を死なせたくはないものですが、これが定めであるのならば私たちに引き止めることはできません。ただ、祈らせてください」


「確かに、今まではそうだったのかも知れません。しかし今回ばかりはどうでしょうか」


 俺は、剣を鞘ごと長老に差し出した。


「どうぞ、抜いてみていただきましょう」

「ふむ……。これは……!」


 長老は俺の剣を見て不思議な顔をし、やがてその表情に驚愕の色が差した。


「ライラ……神狼の巫女が導き出した、いわば第二の聖剣です。そして奇跡はもう一つございます。……アラン、連れてきてくれるか」


 俺は彼に頼んで、宮殿の外に待機させていた猟犬のアルフを連れてこさせた。


「そしてこちらが、聖剣の勇者が導き出した第二の神狼です」


 俺たちは改めて、エレナが立てた仮説を説明した。本来出会うべき聖剣の勇者と神狼の巫女が引き離されていたために、それぞれ対になる存在を自らの力で生み出す奇跡が起こったということを。


「なんと……」

「剣と狼だけじゃありません。過去の勇者と巫女は孤独な存在だったのかも知れませんが、僕には心強い仲間たちがいます。力を合わせれば何だってできると信じています!」


 長老の目を正面から見据えながら、アランが力強く宣言する。


「……確かに。聖剣の勇者に匹敵するほどの力強い人間たちが、同じ時代にこれほどまでに揃ったのを見るのは初めてです。……それも、あなた方だけではないようですね。冒険者ギルドと言いましたか、なんとも興味深い仕組みを作り上げたものです」


 長老は、母親が成長した子供を見るような眼差しを俺たちに向けた。


 *


「それにしてもフォルン、知っていたのならどうして教えてくれなかったのよ」


 エレナが想い人に対して、少し尖った口調で気持ちをぶつける。確かに俺が離脱した後、フォルンを加えたパーティで『禁断の地』の眼の前まで足を踏み入れたと聞いている。


「すまない。君たちが自力で伝承に気づくまでは教えるべきではないというのが里の判断だった。それに今は先へ進めなくとも、君たちはおそらくもう一度そこに来ると思っていたからね。そして、そのときには僕は一緒に行くことはできないから、今のうちに道案内をしておきたかったんだ」


「なんですって?!」

 フォルンの言葉にエレナは驚きの声を上げた。


「エルフは『禁断の地』に入ることが許されない。これは単なるではなく、体が耐えられないという意味だと思う」


 人間がエルフやドワーフといった異種族とあまり出会わないのは、そもそも生活圏が異なるのみならず、彼らの活動できる環境がごく限られているからだと言われている。逆に言えば、人間は彼らよりも寿命が短く打たれ弱い種族である一方、環境への適応力はとても高いと言える。


「それに、仮に混沌の獣を退治できたとして、その時この里に何が起こるのかはわからない。だから、もしものことに備えて僕たちは里に留まらなければならないんだ」


 フォルンの言うことはもっともである。そして、人間とエルフという異なる種族が共に生きることの難しさを改めて意識させた。体質も違えば、住む場所も習慣も違う。全てが終わった後、俺はライラと共に生きていくことができるだろうか。


「それなら仕方ないわね。私たちは必ず帰ってくるから、待っていてね」


 エレナは飛竜の革で編んだ腕輪を取り出した。彼女が付けているものと対になっているものだ。


「ありがとう。僕も君たちの旅の無事を祈り続けているよ」


 *


「今夜はこちらで宿をとらせていただき、明朝に東を目指して出発するつもりです」

「わかりました。せめてあなた方には安らかな寝床を提供いたしましょう」


 ベッドには白くて薄い布団がかけられているだけだった。まるで大きな花びらをそのまま切り取ったようなそれはとても柔らかく、また暖かかった。そして優しい香りが不安な気持ちを忘れさせ、心地よい眠気が包んでいった。


 **


「おはようございます。お目覚めはいかがですか?」

「ええ、とてもよく眠れましたよ」


 沐浴もくよくを終えて身支度を整えた後、朝食の席で長老に尋ねられた俺はそう答えた。仲間たちに目をやると、誰もが心地よく眠れたようだった。


 *


「それでは、行ってまいります」


 長老やフォルンを始めとする里のエルフ達に見送られ、俺たちは朝日に照らされた道を行く。もう、引き返すことはできない。

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