第26話:家族《かぞく》

 俺たちはこれから西へ向かい、ゴルド卿の領地を目指す。馬の手配は神殿の若い神官に任せ、まずは職人街へと向かうことにした。解体された飛竜の素材から武具の生産を依頼するためだ。


「おお、竜殺しの英雄のご帰還だ! イザにエレナ、それにエルも、久しぶりだな!」


 俺たちを見つけるやいなや、馴染みの職人が声をかけてくれた。


「最大の貢献者であるお前のために全ての部位は残してあるぜ。さて、何を作ってやろうか?」


 加工場に陳列された、かつて飛竜だった物を見る。牙や爪、鱗が丁寧に並べられ、鱗の下の革や、無傷だった左翼膜がきれいになめされている。大型の骨もそのままの形で加工を待っているようだ。試しに手にとって見ると、驚くほど軽い。


「そうだな。軽くて丈夫な盾は作れるか?」

「盾か。確かに金属よりもずっと軽くできるはずだが、全身鎧の一領くらいは作ってやってもいいんだぞ?」

「鎧は俺にしか使えないが、盾なら仲間でも使えるだろう」


 鎧は個人ごとの体型に合わせる必要がある。俺に合わせた鎧を作れば、ほぼ同じ体格であるエルには着回せるだろうが、アランやゴルド卿には合わない。そもそも戦闘中に着替えることなどできるはずもない。その点、盾であればたとえ俺が倒れても味方が拾って使い回すことができる。


「お前さんらしい考えだな。よし、2枚作ってやろう。7日……いや、5日くらいで仕上げてやる。最優先でな」

「ありがとう。ちょうどその頃には戻ってくると思う。これからゴルド卿の領地に向かうつもりだからな」


「そうか。他の奴らの装備は傷んでないか? それまでに直せるだけ直してやるぞ」

「俺の鎧が損傷している。今はギルド宿に預けてあるから使いの者をやってくれ」


 エルが口を開く。


「ああ。うまく形が合えば飛竜の鱗でなんとかしてやろう」

「いいのか?」

「トムの取り分だからな。盾2枚だけじゃお釣りが来るぜ。イザとエレナはどうだ?」


 今まで遠慮していた二人が目を輝かせる。


「そうだな……爪か牙で短刀が作れれば欲しいんだが」


 イザが言う。彼女も俺と同じく、自分の使う武器はなるべく仲間内で使い回せるようにするべきだという考えがある。パーティ全体でとれる戦術をいかに増やすかを考えるのも斥候の役割というわけだ。


「おう! それなら大して時間もかからねえな。一番いい部分で作ってやる!」


「私はあまり武器とか鎧には縁がないんだけど……そうねえ、竜革の腕輪なんて作れるかしら」


 エレナが言う。魔術師にとっての腕輪というのは、時に鎧や盾よりも重要な防具となる。軽量かつ、魔術の発動に必要な動作を阻害しないのだ。


「それなら端材はざいでいけそうだ。余裕があればエルフの彼氏さんの分もお揃いで作ってやるよ」

「え、ちょっと! 誰から聞いたのよ!」


 彼女は真っ赤になって慌てふためく。先ほど、神官長殿の前で理路整然と話していた才女とは全く別の顔だ。久しぶりに腹の底から笑いが出る。


「ライラもどうだ? 遠慮しなくていいぞ」

「私も武器とかは使わないけど……首飾りってできる?」


 なるほど。首飾りであれば身につけたまま変身することもできる。防具としても急所を守る役割を果たせるかも知れない。


「よし、わかった。どんな形にしようか?」

「形とかはおまかせするけど……その……」

「どうした?」

「できればトムとお揃いで付けられるようなのがいい、な……」


 顔を赤らめながら消え入りそうな声で言う。以前の彼女では考えられなかった。俺が寝込んでいた10日間で、主従関係とは別の恋心が芽生えたのだろうか。


「わかった、装身具の職人に頼んでとっておきのを作ってやるよ。それにしてもトムもやるもんだね」


 いずれこうなることを予感していたとはいえ、人に言われると照れくさいものだ。今の俺はエレナに負けず劣らず顔が赤くなっているかも知れない。


「皆さん、馬のご用意ができました。西門に待機させてあります」


 助け舟のようなタイミングでギルド宿から使いが来た。荷物や食料もまとめてくれたので、これで旅立ちの準備は整ったことになる。


「よし、行こう!」


 号令をかけると、みんなが付いてきてくれた。エレナが言うように、俺が運命に選ばれた勇者だと言うのであればリーダーらしく振る舞う必要があるだろう。


 **


「それにしてもライラ、あなたも馬に乗れるのね」

「うん、トムが教えてくれたの」


 彼女を馬に乗せたのは、初めて中央都市に連れてきたとき以来である。久しぶりの騎乗となるが、全く問題なく乗りこなせている。


「うまいもんだぞ。半日仕込んだだけでものにしたからな」

「トムなんて、おじさまの手ほどきで3日くらいかかったのよね」


 エレナが俺を見ながら言う。彼女は領主家と付き合いのある貴族の生まれであり、私的な場面ではゴルド卿のことを「おじさま」と呼ぶのだ。


「おいおい、3日は言いすぎだぞ。2日目の夕方にはもう走らせるくらいはできた」

「まあ、2日でも3日でも大したものよ。私みたいに子供の頃から乗っていたわけでもないんだから」


 貴族とはいえ、乗馬に親しむ女性というのは多くない。彼女の性格と、生まれた家の開放的な気風がそうさせたのだろう。


「今日の日暮れまでにはオリバーとやらの村に着きそうだな」

「ああ」


 イザの言葉に応える。ゴルド卿の領地までは馬を飛ばしても丸一日はかかる。夜中に関所を越えるわけにはいかないので、一夜を明かす中継地としてオリバーの村はちょうどいい場所にあった。


「ねえ、エルは子供の頃からトムのことを知ってるんでしょ? 色々聞かせて?」

「そうだな、あれは確か、まだ神殿で修行を始めたばかりの頃なんだが……」

「おい、あんまり変な話はするんじゃないぞ」


 こうして、穏やかな道中は続く。ライラが俺の仲間たちにすっかり馴染んでくれたのがとても嬉しい。このまま、いつまでも旅を続けたいとすら思った。


 **


「トム! 必ず元気になるって信じてたぜ!」


 小さい村である。通りがかりの村人に聞けばオリバーの家はすぐにわかった。10日ぶりに再会したオリバーは、良い意味で所帯じみているというか、一家の大黒柱たる貫禄が備わっていた。


「ライラも! わざわざ来てくれるなんて!」


 長いスカートとエプロンを身に着け、スカーフで髪をまとめたメリナも、冒険者としての姿からは想像もできない家庭的な姿だった。オリバーとは一緒に暮らしているようだ。


「あなたがトムさんですね、息子たちからたくさん話は聞いていますよ。お仲間の方々もご立派ですこと。何もない村ですけど、ゆっくり休んでくださいね」


 オリバーは父を亡くしたと聞いている。村に戻ったのは畑仕事のためだけではなく、老いた母を支えるためでもあるのだろう。幼くして家族を失い、帰るべき家というものを持たない俺にとっては、その重荷はうらやましいものにさえ見えた。


「急な来訪でご迷惑をおかけします。自分たちの食べる分の麦と肉は用意しておりますので、台所さえ貸していただければ」

「あらあら、気を使わなくてもいいのに」


 オリバーの御母上はふっくらとした顔立ちで、日々の食事には不自由していないように見えた。だが招かれたのでもない限り、人の家に世話になる時は食料を持参するのが礼儀である。女性陣が料理を手伝い、俺とエルは水くみと薪割りをすることにした。


 *


「こうしていると修行時代を思い出すな」

「ああ」


 水くみや薪割りを始めとして、生活に必要な日々の務めは新米の仕事であった。


「ずっと気になっていたんだが、ライラとお前はどういう仲なんだ」


 二人きりになり、今までは聞きたくても聞けなかったであろうことをエルが尋ねてきた。


「俺がパーティを離れた次の日の夜、川沿いの森で出会ったんだ。怪我を治してやったら懐かれた。狼として従うべき群れのリーダーのように思われたんだろうな」

「そうか、とてもそれだけの関係には見えなかったがな」

「お揃いの首飾りの件か?あんなふうに顔を赤くするライラは俺でも初めて見たぞ」


 オリバーとメリナの結婚の話を聞いた夜、ライラは俺と結婚してもいいとまで言った。だがそれは、恋愛の延長線上にある結婚とは異なり、狼に例えれば群れを維持するための義務的な行為のように思えたのだ。しかし、今日の彼女はそれとは明らかに違った。


「いずれにせよ、ライラがお前を好いているのは間違いない。悲しませるんじゃないぞ」

「ああ、俺も彼女のことは好きだからな。するべきことが終わったら全てを伝えるつもりだ」


 かつてライラの思いを受け止めなかった理由は、仲間が目的のために旅を続けているのに、自分だけ好きな人と結ばれることに対して後ろめたさがあるからであった。その旅が中断された今、俺としても遠慮する理由はなくなったように思える。しかしその旅の鍵が、他ならぬライラ自身であるとするならば、やはり今の時点で彼女と結ばれるわけにはいかないだろう。


「死なせたくないものだな。お前も、ライラも」

「俺も死ぬつもりはないし、死なせるつもりもない。ライラも、お前も、他のみんなもな」


 **


 干し肉入りの麦粥に、畑でとれた根菜類をふかしたもの。それに自家製のりんご酒という暖かな食事を済ませると、俺たちはしばし談笑していた。


「へえ、トムの剣もそんなことになっていたんだな。実は俺の剣もな……」


 オリバーがそう言いながら壁にかけていた愛剣を手にとる。鞘を抜くと、霜のついた刀身から白く冷たい空気が漂う。


「ポールがかけてくれた冷気の魔力がずっと残っているんだ。詳しいことはわからないけど、あれから全然変わってないぜ」


「もしかしたら永続化しているかも知れないわね」

 エレナが手にとって見分する。


「遺跡から見つかる武器には稀に見られる性質だが、新しく作られたなんて話は聞いたこともないね」

 中央都市の武器屋の刻印を確かめながら、イザがその希少性を改めて口にする。彼女の懐の短剣がまさにそれで、稲妻の力を宿している逸品だ。


「それにしてもお袋なんてひどいんだぜ、酒樽に入れておけば夏でも冷たいのが飲めそうだって。錆びたらどうするんだよな」

「確かに、付与魔術を永続化できればそういう使い方もできそうね。食べ物だって長持ちするわ」


 冗談めかした話題に、エレナが真顔で乗る。学院で研究している魔術は戦闘や冒険のためばかりではなく、生活に直接関わるものでもあるのだ。


「そんなものができたら便利そうね。でも庶民の手に届くようになるのはずっと先なんだろうなぁ」

 そう言うメリナは、すっかり冒険者ではなく主婦の顔になっている。


「さあ。明日は早いから、そろそろ休もう」


 オリバーの家に5人の来客を泊めるだけの部屋はない。俺とエルは納屋なやわらの中で眠ることにした。ギルド宿がまだまだ小規模だった頃、ベッドが足りずに馬小屋の中で夜を明かしたことを思い出す。エルとは少しだけ昔の話をして、すぐに眠りについた。


 **


「それでは皆さん。行ってらっしゃい。ご無事を祈っておりますよ」

「お世話になりました。それでは、行ってきます」


 翌朝、昨夜多めに作っておいた麦粥を温め直して簡素な朝食を終えると、俺たちは御母上に見送られて西へ向かって馬を進めた。目指すはゴルド卿の治める地である。


 ***


【一般用語集】


なめす』

 獣の皮を加工して柔らかくすること。皮革製品を作るための第一段階である。


『人の家に世話になる時は食料を持参するのが礼儀』

 例えば日本においても、戦中戦後あたりまでは宿泊先に米を持参するのが当たり前であった。

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