第18話:装備《そうび》

「おはよう、ライラ」

「おはよう、トム!」


 目を覚ました俺は、既に起きて着替えを済ませた彼女に声をかけた。


 *


 昨夜は、まずポールが滞在先である都市内の親戚宅に帰り、ジャックは夜の街へと消えていった。酒場に残った4人に、マスターは部屋を2つ用意してくれた。オリバーとメリナが結婚間近であると聞いて気を利かせたのだろう。もちろん、俺とライラのことも。


 昨夜の件。メリナに促されたものとはいえ、ライラの口から「結婚」という言葉が出たのは意外であった。俺は彼女のことを保護する対象のように、あるいは豊穣神に仕える巫女のような神聖不可侵な存在のように思っていたが、彼女自身は俺と共に生きることを望んでいる。


 改めて異性として意識した、しかしまだ抱くわけにはいかない彼女と寝室を共にすることには抵抗はあったが、まさか別に部屋を用意してくれとも言えまい。結局、ライラも俺の意図を汲んで別々に眠り、その夜は何も起こらなかった。


 *


「おはよう、今日も早いな」


 既に食事をとっていた若者たち3人に声をかける。ポールは親戚宅に間借りしているものの、その家では朝食を食べる習慣がないので毎朝ギルドに顔を出している。これは仲間を探すためでもあるはずで、オリバーやメリナと巡り会えたのは幸運だっただろう。


「ねえ、私たち冒険に必要なものを買いに行こうと思ってるんだけど、よかったら一緒に来てくれない?」

「今日は文字の手習いも休みだし、昨日もらった報酬もあるから買い物に行こうって話をしてたんだ」

「それはちょうどいい。俺もいくつか買うものがあるからな」


 ブーツがだいぶ傷んできたので新調しようと思っていたところでもあった。


「そうだ、私に鞄を買ってくれるって言ってたよね?」


 ライラにそう言われて思い出した。他にも旅にふわさしい服などを用意しなければならない。


 *


「買い物の前に、パーティ内でのカネの管理について話しておかないとな」


 今回の件で、おそらく彼らは今までの人生で手にしたこともない大金を手に入れたことだろう。


「まず、冒険者というのは基本的に資産は個人として管理する。例外はあるが、お前たちみたいにどこにも所属していない場合はそうだな」


 俺が所属していたパーティは、実質的にはゴルド卿の私兵団だったので共有財産だったのだが、これは例外的なケースである。


「ただし、必要なカネというのは各自異なるのが普通だ。例えばオリバーのような戦士が装備一式を揃えるのにはかなりのカネがかかる一方で、ポールのように駆け出しの魔術師はほとんどカネを使うことはない」


 高位の呪文を唱えるにあたっては高価なマジックアイテムや触媒が要求されるのは当然だが、と補足しつつ、俺は話を進める。


「この中では当然、オリバーが一番カネがかかる。メリナと結婚するつもりなら二人のカネは共有財産として融通するのもいいだろうが、さすがにポールとまで共有するのは今の段階ではやめておいたほうがいい」


 結婚の話を改めて口にすると、二人の顔が少し赤くなった。


「さてポール。今のこのような状況で、お前は金貨6枚をどう使う?」

「ええと、オリバーさん貸してしまえばいいのでは?」

「部分的には正解だ。だが現金を直接やり取りするのは推奨しない。回収の際にトラブルになりかねないからな」


 ギルドの創生期においてはこの手のやり取りがこなれていなかったので、金銭を巡るトラブルが多発したと聞く。


「では例えば、僕が買った武器や防具をオリバーさんに貸し与えるというのはどうでしょうか?」

「さすがだな。それが最も無難な選択肢だ。現金を貸したのならば現金を返さなければならないが、物品であれば現物をそのまま返せば済む。大事なのは、買うのも貸すのもお前が自分の意志で行うということだ」


 カネだけ貸して相手の好きに使わせた場合、貸したカネがそのまま戻ってこない限りは心情的に納得ができないものである。


「逆の立場から見れば、駆け出しの戦士というのは仲間からの借り物で戦わざるを得ないわけだな。それを全部買い上げて自分のものにしたとき、戦士は初めて一人前になると言ってもいい」

「……もしもだけど、貸した装備を持ち逃げされちゃったらどうなるの?」


 メリナが当然想定しうる状況について質問をした。


「それはパーティだけでなくギルドそのものに対する裏切り行為だ。厳罰に処される。例えばジャックのような凄腕の斥候から逃げ切れると思うか?」


 俺が冷たく言い放つと空気が凍りついた。


「……もっとも、故意に持ち逃げした奴の話は聞いたことがないがな。マスターの人を見る目は確かで、そんな奴は門前払いというわけだ」

「だ、だよなぁ。俺は絶対そんなことしねえからな!」

「私も! トムもマスターも、みんないい人だし絶対裏切らないんだから!」


 俺も、彼らは真面目で向上心のある若者だと信じている。豊穣神の恵みが彼らに降り注がれることを願う。


 *


 俺たちは職人街にたどり着いた。冒険者による需要のため、金属や皮革の加工を営む店が増えている。


「店に行くなら、まずは防具からだ。場合によっては仕立て直すのに時間がかかることがあるからな」


 武器はよほど特殊なものでもない限りは買ったものをそのまま使えるが、防具はそういうわけにはいかない。特に鎧については体に合わせて調整する必要があるのだ。


「やっぱり戦士になったからには板金鎧ばんきんよろいだよな」

「ちょっと、そんなの着てまともに動けるの?」


 オリバーの憧れにメリナが懐疑をぶつけるが、実際のところ板金鎧は見た目ほど重いわけでは無い。単純な重量こそあれど、全身に分散されているので大きい負担にはならないのである。


「お、兄さんたち冒険者だね? 試しに着てみるかい?」


 防具屋の売り子が声をかけてくる。


「いいけど、俺に合うようなのはあるのかよ」

「あるとも! むしろ標準体型と言ってもいいくらいだ」

「へえ、村だとデクの坊とか呼ばれてたんだけどな」


 オリバーのような体つきは騎士階級では珍しくはないが、農村においては異質な存在だとは思う。しかし近年は食料に余裕もできたので、農村出身者でも大きく育つ者が多いと聞いたことがある。


 *


「へえ、意外と軽いじゃん」


 試着した板金鎧を身に付けたオリバーが言う。


「そうでしょう。うちの鎧は丈夫で軽いのが信条でねぇ」

「ねえねえ、ちょっとジャンプしてみてよ」


 メリナが囃し立てる。俺との稽古でも見せたように、彼のジャンプ力はかなりのものだ。


「よーし……とりゃあ!!」

「やるじゃない! いつも通りよ!」

「このくらい、俺にとっては普段着みたいなもんだぜ!」


 オリバーは軽口を叩くが、実際に彼の運動能力は大したものだ。鎧自体も見分してみたが、決して紛い物などではなく、れっきとした鋼鉄製だ。


「どうです? 冒険者のみなさんにはお世話になっているので、特別にこの価格で提供いたしますよ」


 店主が見せた価格に、若者たちは固まった。3人分の金貨を合わせても支払えない価格だったためだ。とはいえ、正式な板金鎧としては決して法外とは言えない値段なのだが。


「……出直してくるぜ」

「さすがに、これは私のへそくりを合わせても無理ね……」


 落胆する二人。俺は見ていられなくなった。


「よし、買った!」

「毎度あり!」


 若者たちは目を丸くする。


「心配するな。費用は全て俺が支払う」

「いいのかよ……」

「鎧というのはいずれも一点ものだ。これほどお前の体に合うものなんて、逃したら次はいつ手に入るかわからんぞ」


 調整無しで体にぴったり馴染む板金鎧が手に入るのは、まさに天の巡り合せかも知れない。ましてオリバーのことは俺自身も気に入っている。不十分な防具が原因で死なせたりしたら一生悔やむであろう。


「もちろん、これは俺の貸しだからな。いずれ返してもらわないと困るぞ」

「……おう、見てろよ! すぐ返してやるからな!」


 彼は目を潤ませながらそう言った。


 *


「よし、ひとまず防具はこんなものだな」


 オリバーは先の板金鎧に加え、盾と兜を購入した。それぞれメリナとポールによる「貸し」である。メリナは革鎧だ。体に合うものがなかったので、仕上がるまで数日かかると言われた。ライラには羊毛製の丈夫な服と、動きやすい背負い鞄を買ってやった。


「形から入るってのもおかしいけれど、これでオリバーもいっぱしの冒険者になったって感じね」

「だよな! 俺も強くなった気分だぜ」

「気持ちはわかるけどな、あまり調子に乗るんじゃないぞ」


 俺自身も、ゴルド卿に頂いた鎧を初めて身に着けたときの高揚感はよく覚えている。それだけで、まるで無敵になったような気分だったのだ。その後、何度も痛い目に遭うことになるのだが。


 **


「次は武器だな。メリナのナイフはともかく、オリバーはもう少しまともな剣を買うべきだろう」


 彼が持っているのは、実家から持ってきたであろう大きめの鉈である。薪割りや枝打ちには使えるだろうが、魔物相手の戦闘にはやや頼りない。


「ああ、このために金貨6枚は温存しておいたんだ。やっぱり武器くらいは自腹で買わねえとな」


「お、ゴルド卿のとこの神官か。今日は新人指導かい?」


 馴染みの武器屋に声をかけられた。


「ああ、そんなところだ。こいつが剣を欲しがっているから、いいのを選んでくれないか」

「おう!色々揃えてあるからな。好きなのを選びな!」


 *


 しばらくして彼が選んだのはやや短めの片手剣である。ちょうど、稽古のときに最初に持ち出した木剣と同じくらいの長さだ。


「もっとでかい剣を持ちたかったけどよ、予算とか使い勝手を考えると俺にはこのくらいがお似合いみたいだからな」


 そう言いながらも、彼はまんざらでもないといった様子で剣を下げている。


「そうだトム。お前、神官を辞めて戦士になったんだって? いい武器が入ってるから見てみろよ」


 俺たちは奥の部屋に案内された。


「どうだ、遺跡から出た希少金属の剣もあれば、魔法のかかった剣もあるぞ。お前ならこのくらい買えるだろう」


 値札を見て、若者たちは目玉が飛び出そうなほど驚いていた。なにせ外に並んだ武器とは値段が2桁は違うのだ。このような武器は現在では製法が失われている上、冒険者たちからの需要によって価格が高騰する一方なのである。


「……どれも素晴らしい武器だな。だが今の俺にはそれを買うだけの後ろ盾がない」


 実際は手が届かないというわけではない。俺が持っている精霊銀のメイスを下取りに出せば余裕で買えるはずだ。だが、パーティから譲り受けた品を手放すのはどうしても抵抗があった。


「俺には……そうだな、このくらいの剣がちょうどいいと思っている」


 手に取ったのは店先に並んでいる剣の一つ。ちょうど、オリバーが買ったのと同じものだ。


「おいおい、そんなものでいいのか? 確かに俺が丹精込めて鍛えた剣だが、お前にはもっとふさわしい武器があるだろうに。なんなら俺の貸しでも……」


「いや、今の俺は駆け出しの戦士に過ぎない。このくらいが身の丈に合っている。秘蔵の品は有望な新人にでも売ってやってくれ」


 鞘から抜いてみると、それは妙に俺の手に馴染むような気がした。


 **


「お、いっぱしの戦士になったじゃねえか!」


 ギルドに戻った俺たち。マスターはオリバーを見ると開口一番にそう言った。


「へへへ、まだほとんど借り物だけどな」


 彼は照れくさいんだか誇らしいんだかわからない笑いを浮かべた。


「どうだ、さっそく腕試しでも紹介してやろうか……と言いてえところだが、ちょっと気になる情報が入ったばかりだ」

「何かあったのか?」

「ついさっき入った伝書なんだけどな、南の方で飛竜が縄張りを求めて放浪しているのが確認されたそうだ」


 ***


【一般用語集】


『板金鎧』

 英語でプレートアーマーとも。一般に想像するような西洋式の総金属製の甲冑である。

 ただし徒歩で行動する冒険者向けなので、イメージとしては簡略化したハーフプレートのほうが近いかも知れない。

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