夏につむぐ春の希望

ぴー@愛と平和の象徴

第1話 償いのボトルワイン

秋の終わりかけのある日の夕方マンションの一室で夫婦喧嘩が響き渡る。


『どうしてアナタはこんな事も出来ないの!アナタ高校の先生よね!』


涙が止まらない、でも自分ではこの苛立ちをどうすることも出来ない。夏菜の激しい口調に応えるように冬樹も声を荒らげる。


『仕方ないだろ!仕事で疲れてるし!それに皿置く場所ひとつで大げさだろ!』


彼のこういう所が本当に腹が立つ。何よ。働いてるっていうのはそんなに偉いの?私だって具合悪いけど家事してるのに…。夏菜の顔は更に怒りの色を濃くし叫び声に近い状態で声を放つ。


『だからやめてって言ってるでしょ!どうせ私に全部任せるつもりだからテキトーなんでしょ!ねぇ?フユくんは私が死んだらどうするの?一人で生きていけるの!?』


核心を付かれ、返す言葉を思い付く事が出来ず冬樹は表情を曇らせる。


『…オレだって努力してるんだよ。でもオレ頭悪いから…。でも…少しづつ出来るようになって来てるだろ…っ!』


『へーっ』


付け入る隙を見付けたとばかりに夏菜は[[rb:囃 > はや]]し立てる。


『困ったら精神論ですかー?さすが体育教師ですねー?』


先程までオレが正しいという態度だった冬樹を横目に夏菜の口は止まることを知らない。


『まさかフユくんが高校生に勉強教えてもらってるとかー?そんな状態だから私の身体に負担がかかって、あの時みたいに…』


『ナツ…っ!てめぇ…!!』


伏し目になっていた冬樹も限界だったのだろう。夏菜に掴みかかろうと体重を前にかける。


ーーーーコンコン、ガチャ…


ノック音とドアを開ける音が部屋に響く。

その音を聞いて冬樹も静かに振り向く。


『夫婦喧嘩はそこまでにしなさい。外まで丸聞こえで近所迷惑。あとカギ開けっぱ』


ショートヘアーのボーイッシュな女性が二人を睨み付ける。


『アキちゃん!聞いてよ!全部フユくんが悪いの!あとカギも最後フユくんだしー!』


水を得た魚と言わんばかりに軽い足取りで秋に近寄る夏菜。


『なんだよそれ…』


冬樹はうつむき小さく唸る。


ーーーーペシッ


夏菜に秋のチョップが炸裂する。


『いたっ、ちょっとアキちゃん何するの!?』

『はぁ…言ったよね?外まで丸聞こえだって。それに聞いてた感じだと二人とも悪い』


呆れたようにため息を付き、暴力を振るった謝罪なのだろう夏菜の頭を軽く撫でる。


『で、でも…』

止めていた涙を再び流し始める夏菜。秋は夏菜の言い訳を遮るように話を続ける。


『ナツ…さっきのは言い過ぎだよ。フユだって仕事を頑張ってるのは事実だ。それに全部がフユのせいじゃない』


しゅんとした顔つきで夏菜は秋を見つめる。


『ごめんなさい』


秋は再びため息をつく。


『謝る相手は私じゃない』


夏菜の身体を回転させて冬樹の方に向ける。


『謝る相手はフユでしょ?あとフユも自分に甘すぎ。フユならもう少し出来るだろ?』


冬樹も冷静さを取り戻し、落ち着いた眼差しで夏菜を見つめる。


『ナツごめん…オレ甘えてた…ナツが大変な思いしてるのに自分の事しか考えてなかった…』


『ううん…。私も言い過ぎた…ごめん』


手を打つ音が部屋に響く。そして秋は先程の物々しい雰囲気ではなく頼れる姉貴に戻る。


『はい、仲直り!っと。全くキミ達二人は昔から私が間に入らないと仲直りできないねぇ』


それに安心したのか冬樹もいつも通りの軽さのある明るい口調に戻る。


『んな事ないって!オレらだって、もう子供じゃないし!』


『じゃあ大人の飲み物に付き合ってもらおうかな。という事でフユ!ワイングラス持ってきて!』


秋は抱えていた紙袋からボトルワインを取り出す。


『あいよ。ったく相変わらず人使いが荒いなぁ』


苦笑いしてキッチンにワイングラスを取りに向かう。


『アキちゃん?そのワインって…?』


『ん?あぁ…。さすがだね…』


寂しげな表情で自分の持っているボトルを見つめる秋。その姿に止まっていた涙が再び溢れそうになる。


『ごめんね…アキちゃん…』


絞り出すように出てきた心からの謝罪。


『な、なんでナツが謝るのさ?ナツは悪くないから!残念だけど赤ちゃんが耐えれなかっただけだから…』


テーブルにボトルを置いてソファに座る。


『助産師って感謝される仕事って思って頑張ってるけど、泣かない赤ちゃん取り上げると今までの喜び忘れるくらい辛いのな…』


夏菜も秋の隣に座り秋の背中を撫でる。


『でもアキちゃんのおかげで生きてる赤ちゃんもたくさんいるでしょ?』


『かもな…。でもやっぱり割り切れなくてさ…。その結果アルコールに逃げるしかなくなって、この歳まで彼氏ナシ。…こんなことなら学生時代もっと遊んどけば良かったな…』


『アキちゃん…』


重々しい空気が漂う中冬樹がワイングラスとスナック菓子を抱えて戻ってくる。


『お待たせー!…って二人ともどうした?体調悪いか?』


『だ、大丈夫だよ!ねぇアキちゃん?』


『あ、あぁ。ちょっと仕事の疲れが出ただけだ。問題ない』


ワイングラスを二つテーブルの上に置き、スナック菓子をテーブルに並べる。


『なら良いけど。とりあえず飲もうぜ!ツマミは無かったからお菓子でガマンしてくれよー?』


『あいよ。ってかグラス二つだけかよ?フユ禁酒中だっけ?』


秋は不思議そうに冬樹の顔を覗き込む。

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