番外編:わたしとお泊りと千草ちゃん


「ねぇ千草ちゃん。『コミック』って10回言ってみて」


「コミックコミックコミックコミックコミック……はい」


「わたしの名前は?」


「四ツ足さん」


「なんでそうなるのー!? そこは名前呼ぶとこでしょお!」


 5月前半。お昼休み、いつもの階段で。わたしは頬を膨らませて横に座る千草ちゃんに抗議した。千草ちゃんはヘアピンで大きく分けた前髪を揺らしながら『だって恥ずかしいんだもん』と呟いた。


「……でも、私……四ツ足さんのこと本当に好きだから。それだけは信じて欲しいの」


「……う、ん。わたしも……」


 その横顔が真っ赤になってるからわたしへの愛が偽りじゃないのは分かるんだけど、恥ずかしくてこっちまで身体が熱くなってくる。


 そのとき昼休みが終わるチャイムが鳴った。掃除の時間だ。体操服のズボンはもう履いているから、教室掃除の千草ちゃんとは別れて靴箱掃除に向かう。


 胸の高まりは止まない。自然に足がスキップを踏んで転びそうになっちゃうくらい。


 わたし、四ツ足小実と千草ちゃん、漆千草ちゃんは恋人。女の子同士だけど付き合ってます。ほんの数日前からの関係だけれど。うれしくてうれしくて、千草ちゃんの顔を見ると心があったかくなる。それは恋心を抱いているときには絶対に味わえなかったほのかなぬくもりで。


 でも、ちょっと気になることもある。名前呼びもそう、あと告白した日以来キスもしていない。手を繋いだり手紙を交換したりお昼食べたりは続いているけど。それっぽいことはこの前の日曜日に本屋さんでデートらしきものをしたくらい。


 わたしは多分、不安なんだろう。恋人らしいことができてないんじゃないかって。自分が千草ちゃんに釣り合ってるんだろうかって。


 それでもまあ、話し合うなりなんなりしてゆっくり千草ちゃんと進んでいけたらいいなって思う。この前向きさが、恋が叶った女の子の強さだって、そう思う。


 *


「でさ、小実ちゃん。レクリエーションの班なんだけどさー。小実ちゃんと千草ちゃんは一緒がいいでしょ? よかったら私もいれてくんないかな? あとひとりは瑠衣ちゃんとかで……」


「え? なんて? クリエイティブなジョン?」


 千草ちゃんの靴箱をいつも通り掃いたり拭いたりして綺麗にしていると、後ろから吉井さんが何か話しかけてきた。振り向いて聞いてみると、彼女は眼鏡を上げ下げしながら呆れたように言った。


「誰だよそいつ。レクリエーション! 再来週にあるの、忘れたの? 1泊2日で山登りとかする……」


「なにそれ」


「やっぱあのごたごたで忘れてたんだねー。よかったねぇ、小実ちゃん」


 そんなの頭のどっかに行ってた。確か、クラスメイトと仲良くなる目的で入学して1か月くらいでこういうことするんだったっけ。


 思い出したわたしが呆然と立ってると、にやにやっとした笑みを浮かべて吉井さんは耳にそっと口を近づけてきて。そのまま衝撃的なことを囁いてきたのだった。


「彼女と付き合ってすぐにお泊り、なんてさ♡」


「え」


 お泊り? 千草ちゃんと? 一緒の部屋で? しかも……お風呂……? こういうのって、ユニットバスとかないよね。クラスごと、班ごとに一緒に入るんだよね? 千草ちゃんの、そして千草ちゃんに。お互い服を脱いだ、産まれたまんまの姿で……?


「うえええええええええええええええ!!!?」


 わたしの情緒は銀河の彼方まで吹っ飛んで、思わず叫んだ。爆音を耳元で喰らった吉井さんは耳を抑えてうずくまってたけど、彼女を助けられる余裕はなかった。


 その場で頭を抱える。どうしようどうしようどうしよう。そんなの、抑えられる気がしない。千草ちゃんのパンツ見ただけでぶっ倒れたわたしが。


 混乱しきったわたしは天井を見て、いるかどうかもわかんない神さまに謎の懺悔をしておく。


 わたし、四ツ足小実。ゆっくりプラトニックに行こうってさっき決めたのに。付き合って2週間目で恋人と一緒にお風呂入ったり、一緒に寝ることになっちゃうかもしれません――!

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