第17話 私と告白決意と四ツ足さん
その夜、真っ白な英語のノートの前で私は頭を抱えていた。四ツ足さんに見とれていたせいで全く板書を写していなかったのだ。
と、そのとき傍らのスマホにLINEの通知が来る。差出人は美里ちゃん。
『遠回しに聞くけどさー。千草ちゃんって小実ちゃんのうなじが好きなの?』
「ばっ……」
それのどこが遠回しなの美里ちゃん!? 150kmのストレートを投げつけられて、わたしは思わずスマホをがしりと握る。その手が運悪く通話をかけるボタンに触れていることに気が付いたのは数秒後だった。
程なくして、スマホ越しに美里ちゃんの間延びした声が響いてくる。
『なにー? 千草ちゃん、そんなにうなじについて語らいたかったの?』
「間違えただけだからっ。からかわないでよ。じゃ、私もう切るから――」
『ああ、待って待って。せっかくだからさ、小実ちゃんとの話聞かせてよー』
必死に引き留めてくる美里ちゃんに「もう」と唇を尖らせる。面白がってにやにや笑ういつもの顔が思い浮かぶようだった。
『ほんとなら2人の友達として邪魔しないようにするべきなんだろうけどさ? でもさ、ダメだわ。友人としての吉井美里より、恋バナ大好きな吉井美里の方が上回っちゃった』
「美里ちゃん……」
呆れかえりそうになるけど、美里ちゃんは昔っからこんな感じだ。やたら口が堅いのも知ってるので、ちょっとくらいなら話してもいいか、とか私が思ってると。
『でさ、どっちから告白したの? イチャラブカップルさんよぉー』
「ぶはっ」
またしてもからかわれて、私は椅子に座ったまま悶絶する。告白。あのこと、四ツ足さんの部屋で抱きしめ合ってお互いの心を打ち明けたあのこと。今でも布団の中で思い出してはじたばたしてしまうくらいだ。
でも……。どっちから言ったんだっけ。私はしばし記憶を辿る。四ツ足さんが私の手を自分の胸のとこにやって、私にどきどきするって教えてくれて。私もおんなじことをやって。そのあと、美里ちゃんに嫉妬してた四ツ足さんを抱きしめて――。そこで電話が鳴ってお開きになった。
「あれ……?」
首を傾げる、けど記憶は正しいはず。それに学校が再開してからも恥ずかしくてそういうことを確かめるときがなかった。私は血の気が引いていく感覚を味わいながら呟いた。
「……私、まだ四ツ足さんに『好き』とか『付き合って』って言えてないかも」
『ええええええええ!?』
流石にこれは予想外だったのか、近所迷惑になりそうなくらい大きな声を上げる美里ちゃん。
「なんか……する寸前でうやむやになっちゃって……。でもなんだか色々ありすぎたから、私……もう四ツ足さんと付き合ってるんだと勝手に思い込んじゃってた……」
『でもさ。小実ちゃんが千草ちゃんといちゃこらしてて、『付き合って』とも言ってこないってことは、向こうもそう勘違いしてるんじゃない?』
「……多分。お互いがお互いにどきどきしてるってことはもう伝えあってるから……」
『そっかあ……。いやはや、こんなややこしいことになってるとは思わなかったよー』
お互いどきどきしてるってことは知ってるのに、恋人じゃなくて。なのに学校だとこっそり手を繋いだり文通したり、付き合いたてみたいなことをしてる。確かに色々と変な関係だった。
『で、勘違いに気付いてみてさ。千草ちゃんはその関係から変わりたいって思ってる?』
「…………」
真面目な声色になった美里ちゃんは深々とした問題へあっさりと斬り込んでくる。私は黙りこくって考えた。答えなんてひとつしかないのに。
私は、四ツ足さんのことが好きで付き合いたい。でも四ツ足さんが本当に勘違いしてただけなのかはわからないんだ。今のこの関係に満足して、ちょっとスキンシップの多いくらいの友達でいたいのかもしれない。だから、躊躇する。
「思うっ」
でも、進まなきゃ。また悪い関係になってしまうのは怖いけど。それ以上に私は四ツ足さんと恋人になりたいって心から願ってるんだから――!
「……私、四ツ足さんに告白するよ」
勇気はまだ足りないし、今はこのままお互いを知るためのこの関係でいたほうがいいと思う。だけどいつか。絶対いつか。私はあの子に告白すると決意したのだった。それが伝わったのか、スマホの向こうの美里ちゃんは、薄く息を吐きながら笑った。
『そっか。じゃ、あとはがんばれ』
「うん、がんばる」
私も顔を引き締めながら笑った。
*
「うるしさーん! おはよ! 今日もわたしの勝ちだねっ!」
「うん……おはよう……四ツ足さん……」
翌朝。駐輪場で待っててくれた四ツ足さんを見た途端、胸がぎゅうっとなって思わず手で押さえる。今すぐ好きって伝えたい。告白すると決めた後に見る小柄な彼女は、いつもより数倍淡く輝いていた。
「今日も、繋ぐ? えへへっ」
そんな私の手を四ツ足さんはぎゅっと握ってくれた。1日ぶりに感じる四ツ足さんのぬくもりに、不安が消えていく。恋しさが胸いっぱいになる。
「あ……そうだね……」
好きだよ。大好き。でも言えない。手を通して、この気持ちが四ツ足さんに伝わったらいいのに。
「じゃあ、いこっかあ。ねぇ漆さん。昨日の夜やってたドラマって観た?」
「ごめん、見てない……。四ツ足さんのことばかり考えてたから……」
「えっ!?」
四ツ足さんが眩しすぎて、だいぶ空返事みたいになってしまった。何を言ったか全然脳みそにないけれど、なぜか四ツ足さんの顔は真っ赤になって、わなわなとその場で震えていた。
でもいつまでもそうしてるわけにもいかないから私たちは並んで歩き出す。途中で昨日みたいに恋人繋ぎにしたかった。だけど校舎内に入ったところで、後ろを上級生が歩いているのに気が付いた。
ぱっと、思わず手を離す。隣の四ツ足さんが「あっ」って小さく言って、せつなそうに私を見上げてきた。
「四ツ足さん……後ろ……誰かいるから……」
「そ、そっか……」
耳元でそう囁くと、四ツ足さんはちょっと残念そうな表情になる。私だって残念だけどしょうがない。しばらく距離感を保って廊下を歩く。だけど、その寂しさと肌寒さに我慢ができなくて。私はそうっと四ツ足さんの手の甲に、自分の手の甲をそうっと近づけた。
ぴと、って。一瞬手と手が触れあって、ほんのりあったかい四ツ足さんの体温が伝わって、すぐに離れる。
「きゃぅ! うるしさん……?」
「……これくらいなら……たまたまぶつかったとかで……ご、誤魔化せるかなって……」
子犬みたいに叫んでまたこっちを見る四ツ足さん。私はもごもごと言い訳じみた持論を展開する。四ツ足さんに怒られるかもと思ったけど、彼女は前を向いたまま神妙な顔で頷いていた。
「たしかに、そうかも……」
ぴと、と。今度は四ツ足さんの手が私の指先を弄んで離れていく。驚いた私が彼女をまじまじと見つめると、「えへへ」っと頬を染めながらはにかむ。
「ほんとなら漆さんと手、繋ぎたいけど……こういうのも、なんかいいね」
「……うん」
私と手を繋ぎたい、って思ってくれていることに泣いちゃいそうになって。でも四ツ足さんがその先に進みたいのかが不明瞭でもっと泣いちゃいそうになった。だから、確かめるみたいに。私は四ツ足さんの手に少しだけ触れた。
ぴと、ぴと、ぴと、ぴと。その度に、四ツ足さんの手も動いてそれに応えてくれる。
ぴと、ぴと、ぴと、ぴと。同じ回数だけ。わずかにぬくもりが掠ってはすぐに消えていく。だけど私の恋心は霧散せず、手が触れるたびに積み重なっていく。
お互いに喋ることなく、休むこともなく。そんなことを教室に着くまで、私たちはずっと続けていた。
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