5 一時

 ちらっと……朝陽の後ろから、彼が何を作ってるのか気になる雪乃。

 それに我慢できなくなった彼女はつま先立ちをしてこっそり覗いていた。


「はい。できました。オムライス食べます?」

「うん! 食べる!」

「ケチャップ持ってきますから」

「うん!」


 うわ……、卵が残っていて本当によかった……。

 一人暮らしだから食材もあんまり買わないし、いつも適当に食べちゃうからさ。でも、今日は胡桃沢さんが来たから……。なんかめっちゃ美味しい料理を作らないといけないようなプレッシャーを感じる。実際、そんなことはできなかったけどな……。


「ケッチャプちょうだい!」

「は、はい!」

「宮下くんのも私がかけてあげる!」

「えっ、自分でやってもいいんですけど……」

「いいから〜」


 そしてこっちのオムライスにケッチャプをかける胡桃沢さん。

 てか……、これって……?


「じゃん〜! 可愛いハート完成ですぅ〜」


 あの胡桃沢さんが俺のオムライスにハート……を描いた。

 これを一体どう受け入れればいいんだ? えっと……、もしかして…あれか? 最近、こんな風にイタズラをする女子が多いから……、胡桃沢さんも俺に軽いイタズラとか…したかったんじゃないのかな……。それは俺の頭で考えてもよく分からないことだった。


 ただ……、すごく恥ずかしかっただけ。


「ちょっと……、胡桃沢さんこれは……」

「可愛いでしょ? 私ハート描くの上手いからね!」


 あっ、ダメだ。

 ニコニコしている胡桃沢さんに、話が通じない……。


「うっ! お……美味しい! 誰かが作ってくれたオムライスは初めてだよ」

「口に合いますか?」

「うん! めっちゃ美味しいよ!」


 もし、俺にも彼女がいたら……こんな感じかなとちょっとだけ妄想をした。

 それにしても、本当に美味しそうに食べてる。

 予定になかったことだけど、たまにはこんなこともいいなと思っていた。クラスで一番可愛い女子と二人っきりの食事。多分……、他のやつに見られたら死刑になるかもしれないな。


「…………あのね、宮下くん」

「はい……?」

「私……今すっごく楽しい!」

「そ、そうですか……? それはよかったですね……」


 何が楽しいのか分からないけど、一応答えるしかない俺だった。


「私はね……? 一人でいる時間が多いから、できるのが勉強しかなかったの。お母さんも仕事で忙しいし、基本一人ぼっちだったよ」

「へえ……、たまには友達と…遊びに行ったら?」

「それも考えてみたけど、まだ仲がいい友達がいなくて……」

「それは仕方がないですね」

「でも、ここは初めて来た場所なのにすごく楽しい。こうやって宮下くんが作ってくれたオムライスも食べられるから!」


 周りに人がたくさんいるのに、友達と言える人はいないのか。

 ちょっと寂しいかも……。

 俺には晶がいるから、一緒にゲームをしたり、ご飯を食べたりするけど。胡桃沢さんはそんなことすらできなかったってことか。ずっと部屋に引きこもって勉強ばかりしてるから、成績は維持できるけど……。それを楽しい人生とは言えないよな……。


「あの……!」

「うん?」


 ちょっと可哀想だった。

 もしこれが失礼じゃなかったら、俺も彼女の力になりたい。


「よかったら……、また…来てもいい……ですよ」

「えっ? 本当に? また来てもいいの? えっ? 嬉しい……! 本当に?」

「はい。一人じゃ寂しいから……、暇な時にはうちに来てもいいですよ。どうせ、一人暮らしだから、誰も来ないんです」

「うん! うん!」


 学校で見られる笑顔とはちょっと違う今の笑顔……。

 なんか、今日胡桃沢さんの新しい一面を知ったかも……。彼女はずっと高嶺の花ってイメージだったけど、胡桃沢さんもたごく普通の女子高生だった。


「あっ、宮下くん! 口角にケチャップついてるよ?」

「えっ? どこ……? ここかな」

「ううん……。こっちだよ」

「…………」


 胡桃沢さんはその指先で、さりげなく口角についてるケチャップを拭いてくれた。

 目の前に……胡桃沢さんの顔が、そして彼女の瞳に俺が映っている。


「……ドキッとしたよね?」

「ぜ、全然! そ、そんなことするわけな、な…ない!」


 慌てて声が震えていた。

 女子に触れるのは初めてで……、どうしたらいいのか分からなかった。


「甘いね!」

「あ! それ食べないで……」

「うん? なんで? 私は気にしないから……、ふふっ」


 こっちがめっちゃ気になるんだよ……! 胡桃沢さん……。


「あっ、そろそろ帰らないと……! ご馳走様でした! 今日は本当にありがとう宮下くん」

「いいえ……」

「あの……、先のことだけどね?」

「はい?」

「また来てもいいって……、本当なの?」

「あっ、はい! 嘘なんかついてませんよ」

「うん! 私、また来るから! じゃあね!」

「はい……!」


 念の為に、俺の傘を貸してあげたけど……、問題はその後だった。

 先のことでドキドキしすぎて……ずっと気持ちが収まらない。胡桃沢さんはなんでそんなことをしたのかな……? なんで……、俺には理解できないことだった。


 彼女が帰った後の玄関で、俺はしばらくじっとする。


「はあ……、なんだろう。本当に……」


 ……


「ふふっ……、〇〇4丁目11−2……のマンション……」


 スマホを取り出して、写真アプリを開く雪乃。

 そこには朝陽の部屋から撮った写真がいっぱい映っていた。箪笥の中にある私服と下着……、ベッド上の布団と枕、そして本棚など……。どこに何があるのか、雪乃はそれを全部写真の形に残したのだ。


「ふふふっ……」


 笑みを浮かべながら写真を見る雪乃。

 これは全部朝陽がシャワーを浴びる間に起こったことだった。


「わぁ……、朝陽くんの部屋だぁ……。あの布団も枕も可愛い……、いつかここで朝陽くんと……一緒に……」


 止まない雨の中で、雪乃は朝陽がいる階を眺めていた。

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