第6話:沼への沈め方が丁寧なキチガイ

「《エンド・オブ・センチュリー》!」


 第4層に到着するなりぶっ放した《エンド・オブ・センチュリー》。

 そのまま俺は高速で走り回り数回爆撃を行った後メトの元に戻る。


「よし、成功!」


 ガッツポーズを決める俺の服の裾を、メトがくいくいと引っ張った。


「今更なんですけどぉ、どうして腕輪の効果を3つも受けられるんですかぁ?」


 メトの質問はもっともだ。

 この世界では、装備品は物理的にどういうものであるかよりも、それに込められた概念のようなものの方がはるかに重要だ。


 単なる金属の刃物では意味がなく『魔を断つ祈りが込められた剣』という『概念』がむしろ重要である、という塩梅だ。


 そしてこの『概念』を扱うにあたって、『装備部位』という制限を受ける。


 『魔法の鎧』の上に『シールドマント』を重ね着すれば、物理的にはそれら二つ分の防御力を得られるが、この世界では『体』の『装備部位』が一つしかないので、そこには『魔法の鎧』か『シールドマント』のどちらか一つしかセットできない。


 そうすると、それぞれに込められた魔術耐性などの、この世界ではそっちが本体と言える『概念』の効果はどちらか一つ分しか受けられない。


 腕輪も『装備部位』は『装飾』という枠が2つしかないので、本来、腕輪の効果は(3つ腕に巻いたとしても)2つ分しか受けられない。

 それを利用して瞬時に装備変更を行う錬達もいるようだが。ともあれ。


 メトの質問は、その前提を俺が無視していることについてだ。

 そして、俺の回答はシンプル。


「昨日ドロップした《装備部位増加の魔導書》の影響ですね」


 《装備部位増加の魔導書》。読んで字のごとし。

 今の俺は、普通の人より多くの装備から『概念』の恩恵を受けられるのだ。もっとも、第3層で複数ドロップするくらいだからより深い層に挑む冒険者は当然使っているだろう。

 ※この男の虐殺数は他の冒険者とは5ケタほどの差があることに留意されたい。


 この世界に来たばかりの俺の装備部位は以下の通り。


 右手 左手 頭 体 装飾1&2


 そして、今の俺はこう。


 右手1&2 左手1&2 頭1&2 体1~3 装飾1~3


 今の俺はこの装備部位を物欲装備で埋め尽くしている。

 ちなみに手の部位が二つになっても物理的に手が増えたわけではなく、あくまで重ね着ができるだけだ。右手に剣を二つ持つ、のような物理法則を無視した挙動はできず、特殊効果のあるグローブをつけたうえで武器を持つというのが限界だ。グローブ重ね着は一応可能。

 頭や体も、物理的に重ね着できることが必須条件である。

 なお、恐るべきことに装備部位に収まっている限り、重さで動きが鈍ることがないというのはこの世界の不思議なルールだ。


 という俺の説明を聞いたメトは、きらきらと目を輝かせた。


「私も欲しいですぅ!」


 《エンド・オブ・センチュリー》や《加護転換》の素晴らしさは伝わらなかったが、多少の制約はあれ装備が重ね着できるメリットは想像しやすかったらしい。


「じゃあ、全力で狩りますよ!」


 物欲が動機であっても、モチベーションが上がるのはよいことだ。


「えい、えい、おーっ!」


「ヒャッハァァァァァァァァァァァァ! ドロップ品を寄越せぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


「よこせぇーっ!」


 俺たちは魔物の虐殺のペースを上げた。

 ※この様子をたまたま見ていた冒険者によって、キチガイが純朴な少女に悪辣な洗脳を施したというまことしやかな噂が流れた模様。



「困った……」


 まだ夕刻というには早い、概ねおやつの時間程度のタイミングで、俺はいったん帰還し、途方に暮れていた。


 原因は、収納魔術の中身だ。

 まさかこんなにすぐ満杯になるとは。


 装備部位が増えて調子に乗り、完全な物欲装備で全身を固めたせいなのだが。


「今から納品に行けば日が暮れてしまう……まだ第4層を更地にしていないというのに」


 頼みの綱の商人ギルド、職人ギルドも、今この瞬間にはあてにできない。

 《あなあきよろい》や《折れた剣》のような大外れ枠を全部錬金術師の能力でインゴットに変換して嵩を減らしたが、それでも、ドロップ量には追いつかないだろう。


「とりあえず低級素材10万個は換金してきましたけどぉ……」


 柳眉をハの字に曲げるメト。彼女も俺と同じ見解のようだ。


「ひとまず魔法の果物を食いつくし、魔導書は読んでしまいましょう」


 とにかく、最後まであきらめずにやれることをしよう。

 何かひらめくかもしれない。


「おやつ休憩ですぅ」


 メトはにこにこと笑ってHPが増える果物をほおばり始めた。

 俺もとりあえず魔術関連の能力が上がる果物から口に押し込む。

 出来れば筋力や防御力はメトに回したい。

 が、HPの分だけでお腹いっぱいだと遠慮されてしまった。

 やはりメトはHP以外はあまりあげたくないらしい。

 ※くどいようだがこの世界基準ではHPが上がる以外の果物はゲロマズ扱い。



 魔導書を読みつくし、魔法の果物を食いつくした俺たちが所詮激レアアイテムを使い切った程度では空き容量は大して確保できない現実に打ちのめされつつ少しでも隙間を作るために収納魔術内を整理していると、メトが1冊の魔導書を拾い上げた。

 全部読んだと思っていたが、まだ残っていたとは。

 今更1冊の魔導書が減ったところで状況は解決しないが、やらないよりましだ。

 読もう。


「フェイト、これ、収納魔術の魔導書ですぅ!」


 解決したやん。

 

「神に感謝を。……早速読んでください。読み終わったら爆殺祭り再開です!」


 これも孤独の女神の思し召しか。


(私じゃない…)


 孤独の女神は今日も変わらず謙虚だ。かわいい。


「はい~!」


 メトはにぱー、と笑って魔導書を読み、低級素材やインゴットを自分の収納魔術に移植した。聞くと、自動回収は俺の方で発動するからということだった。

 さすがこの世界の住人。そういう部分の機微は俺より通じている。

 ※大声で心底楽しそうに爆殺祭りとか口走ったことで、周囲から凄い目で見られている事には気づいていない。



 ややアクシデントはあったものの、予定通りに第4層を整地した俺達は、すぐに素材とインゴット、鋳潰すにはもったいないが使わない装備などを商人ギルド、職人ギルドに担ぎ込み、魔法の果物をかじりながら魔導書を読む、いつものくつろぎの時間を過ごしていた。

 ところで、今更過ぎるが物欲装備を脱げばよかったんじゃないかという事に気づいた俺はひそかに自己嫌悪に陥っていたりする。

 こういう部分の判断の甘さや隙を自覚してしまうと、俺は所詮、孤独の女神の加護に頼り切りのずるチート転生者に過ぎないのだと思い知らされる。


「今日もご活躍じゃねえか、ダンジョン・ディガー」


 そこに、背中に剣を背負い、筋骨隆々としたモヒカンの男が声をかけてきた。


「フェイトです」


 14個目の果物を飲み込み、7冊目の魔導書を灰に変え、次の果物と魔導書を収納魔術から取り出しながら俺は返答した。

 ダンジョンナントカ、などという名前を名乗ったことはない。人違いだろう。


「知らなかったぜ。どいつもこいつも、お前さんのことはそう呼んでるからな」


 人違いではないらしい。

 今のところ女王とメトにしか名乗っていない俺を、名前を知らない者たちが特定して呼ぶ必要がある程度には、俺は話のタネになっているということか。


「二つ名をもらえていたとは光栄です。それで、どのようなご用件でしょうか」


 人違いでないなら用件は聞いておかなければなるまい。


「まずは感謝を言いにな。やっかむ奴らもいるが、最上層の安全性が跳ね上がったおかげで新人の死人が目に見えて減ってる」


 安全。その価値を自分が正しく認識できているとは、俺には思えなかった。

 最上層に住まうゴブリンが人間をおもちゃのようになぶり殺しにするような、ゲームなら小学生が号泣しながらコントローラを壁に投げつけること請け合いの難易度インフェルノな世界における安全の価値は、果たしていかほどか。

 それでも、俺自身の感覚としては、俺が爆撃して楽しんだ結果勝手にそうなっただけの話でしかない。礼を言われても戸惑うばかりだ。


 俺は沈黙を以て続きを促した。


「で、ここからが本題だ。明日は第5層を掘りつくすつもりだろう?」


 続ける男に、俺は首肯した。


「第5層には、門番がいる。第6層に行くには絶対に避けちゃあ通れない部屋にな。一度でも第6層にたどり着いたことがある奴ならそいつの部屋を素通りできるが、そうじゃない奴が部屋に入ると、迷宮の魔素が門番を形作る」


 なるほど。ゲーム的に解釈するならボスキャラがいるのか。


「で、だ。その部屋を爆破しちまったら、どうなる?」


 その問いを以て、俺は男が俺に忠告しようとしていることの意味を理解した。


「なるほど、最悪の場合、第5層全体が『門番の部屋』になるかもしれない……」


 それは、迷宮の安全性を高めたという、目の前の男が語る俺の功績を帳消しにして余りある災害だ。避けることが可能なら避けるべきだろう。


「そうだ。第5層の危険度が爆上がりするかもしれない。まあ、更地になった後なら、むしろ大人数で戦力を固めて門番を呼ぶための新人一人連れ回して荒稼ぎする、なんて連中も出てくるだろうから突破不能にはならんと思うがな。だが、更地になる前ならどうだ?」


 冒険者のしたたかさなら、第5層の危険度が上がること自体は問題ないようだ。

 だが、男が最後に付け加えた問いは、つまり。


「つまりこうおっしゃりたいのですね。俺と彼女は、第5層全体が『門番の部屋』になった状態で、たった二人で第5層をさまよう羽目になるかもしれない」


 それは、確かに避けるべき事態かもしれない。門番がワンパンで殺せるような雑魚なら問題ないが、《エンド・オブ・センチュリー》を3発とか耐えてくると困る。

 それだけでなく、《エンド・オブ・センチュリー》は無補給では使えない。膨大な数の敵をまとめて吹き飛ばし、ドロップ品をリソースとして使えるからこそ俺の戦術は成立する。

 その意味では、《エンド・オブ・センチュリー》は対単体攻撃には全く向かない。


「ああ。万一のことを考えて、他の連中には、第5層には寄り付かねえように言っとく。だから、死ぬんじゃねえぞ」


 男は最後にそう言うと、去っていった。援護は期待できないということらしい。

 これまでも期待したことはないが、いよいよ、自己責任での行動というわけだ。


「ご忠告に感謝します」


 その背中に礼を言い、俺は魔導書を読む作業に戻ろうとしたが。


「フェイト、フェイト」


 今度はメトに呼ばれた。


「どうしましたメトさん」


「私の装備部位も増えたんですけど、どうしましょう」


 自身の状態を可視化する魔術でメトが見せてきた装備部位は以下の通り。


 右手1&2 左手1&2 頭1&2 体1~3 装飾1&2


 装飾品枠以外は全部増えてくれているようだ。

 今は盾を二刀流しているので剣を持つことはできない。グローブ系なら……


「手は、《連撃のバンテージ》でいいんじゃないでしょうか」


 《連撃のバンテージ》は攻撃力がゼロで攻撃回数が増える。メトの構成なら、どうせ防御力に貢献しないグローブ部分は攻撃回数を増やすのに使うべきだろう。


「一個しかないですぅ……」


「俺の収納魔術にも1個入ってましたよ」


 《連撃のバンテージ》をメトに渡すとき、なにか視線を感じた気がした。

 ※ただでさえ攻撃力が足りず、効かない打撃を連打することも少なくない闘士の攻撃回数だけを増やす武器を二刀流するとか正気か、という目で見られている。


「ありがとうございますぅ」


 ともあれ、これで彼女の攻撃回数が跳ね上がった。あとは防御力ガン上げだ。

 いくら攻撃回数が多くても一撃が軽くては意味がないからな。

 ※あらゆる冒険者が首を縦に振ること請け合いの考えだが、その解決方法が現地の常識からかけ離れすぎているためキチガイのそしりからは逃れられない模様。


「体は、《鎖帷子》を下に着て、上は《シールドマント》が妥当かと思います」


 《鎖帷子》を鎧の下に着込み、防御強化の魔法がかかったマントを上から重ねる。

 跳ね上がった防御力の半分が攻撃力に転換される闘士の性質と併せて、もはやメトはくろがねの城と言える戦闘力を手にしたことになる。

 そのうちどこかのパーティに引き抜かれてしまわないかが心配だ。

 ※既にメトもキチガイ仲間扱いされているので100%ありえない。


「首は《強欲のスカーフ》にしておきますねぇ」


 物欲装備の良さを分かっているところも。俺としては非常にポイントが高い。

 ※この世界において物欲装備使用者は「欲望に負け、命の尊さを忘れたキチガイ」扱いされる。そのくらい魔物は恐ろしい存在である。



 かくして、周囲から後ろ指を指されまくっていることには一切気づくことなく、少年たちの夜は更けていく。

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