第3話:吊り橋効果というか悪質な洗脳

 その日の夜、盗賊のスキルでドロップ品の量と品質が上がった結果、買取価格が爆上がりしたため、ほとんど戦利品を買い取ってもらえなかった俺は、収納魔術の容量が圧迫されないよう、戦利品の容量を減らす作業に没頭していた。


 収納魔術にも容量の限界はある。

 明日の戦利品が入りきらないことはないだろうが、この調子でドロップ品が増え続け、十分にその日の戦利品を買い取ってもらえなければ近いうちに限界が来ることは火を見るより明らかだ。


 とりあえず鉱石類や、品質が悪い装備品類(《あなあきよろい》などの大外れ枠)は錬金術師の能力でインゴットに変えて嵩を減らし、能力を上げる効果がある魔法の果物はHPを増やすもの以外を腹に収め、魔力を回復させる魔法薬は聖術師のいるパーティに頼んでHP回復薬と交換する。


 薬の交換レートは市場価格では俺の大損だが、《加護転換》を前提に《エンド・オブ・センチュリー》の回数を計算すると俺も5倍ほど得しているので問題はない。


 残したいものを選別し、そうでないものをかさばらないよう適切に処分できるのも、昨日は分からなかったアイテムのことが今日は図鑑を横においているかのように分かるからだ。

 きっとこれも孤独の女神の思し召しに違いない。知識を与える加護とはなんと素晴らしいものか。そしてそんな加護を授けてくださった孤独の女神に心からの感謝を。


(私じゃないってばぁ…)


 悶える女神の幻に萌えすぎて鼻血がでた。

 ※アイテムのことがわかるのは錬金術師のスキル《鑑定》の効果である。


「本当に頭がおかしいんですねぇ……」


 感心したように言うのは、昼間に俺が救助した栗色の髪の少女。

 なぜか俺の目の前でココアを飲みながらほっこりしている彼女が言う通り、市場価値で大損するような取引を望んで行った俺は傍から見れば頭がおかしいのだろうが。

 ……それとも鼻血の方だろうか。

 ※両方である。


「仲間のところに戻ったらどうですか」


 単独でレベリングしていたところで事故った少女を保護したとギルドに引き渡したら実はパーティからはぐれていたらしいことが発覚した少女が今、俺の目の前にいることもあまり褒められた行為ではない。

 今は仲間と仲良く喧嘩しながら戦利品を山分けする時間だろう。

 俺のように寂しいソロプレイヤーでさえ自分の荷物の整理で忙しいのだ、早くしなければ今日の取り分は仲間にすべて持って行かれてしまう事だろう。


「もう、仲間なんて呼べませぇん……」


 仲間、という言葉を聞いて急に半泣きになる少女。

 どうやらはぐれて死にかけ、仲間に迷惑をかけたと気に病んでいるようだ。

 その気持ちはわからんでもないが、心の底から帰ってほしい。

 HPが上がる果物でよければ全部進呈するので、それを詫び代わりの手土産にしてもらうのはどうだろうか。


「それに、あの人たちはこの国を追放されてしまいましたしぃ……」


 どうやら少女の仲間は何か重大な罪を犯したらしい。

 だとすると仲間とはぐれたのは彼女にとって怪我の功名だったのかもしれない。

 帰る場所がなくなってしまうのは問題ではあるが。

 ※少女を囮にして逃げるという外道行為がばれ、過去に同じことをしていた余罪が発覚したため。死者をいたずらに増やす行為は、魔物のせいでただでさえ人口が減り続けているこの国においては最大の重罪である。


「じゃあ、頭がおかしい奴と関わっているとか噂が立つ前に、次のパーティを見つけないといけませんね」


 そろそろ関わるのが面倒になってきた俺は席を立った。

 俺は精神的な引きこもりであり、社会性は基本的に皆無なのだ。

 孤独。孤独こそが俺の安らぎであり救済。

 こうして人と話す時間は、俺にとっては苦痛である。


 それなのに、少女は立ち去ろうとする俺の服の裾を掴んできた。

 まだ何か用があるらしい。


「……私と、パーティを組んでいただけませんかぁ……?」


 涙目で見上げてくる少女に、俺は少しばかり考え込んだ。

 正直言って、想定していた中では最悪の展開と言っていい。


 少女自身には何らかのメリットがあって俺と組みたいと言っているのだろうが。

 俺の側には、彼女と組むにあたって、誰かに背中を預ける苦痛以上のメリットがなにかあるだろうか。

 そのメリットが苦痛を上回るのなら、その苦痛をのむべきだ。

 この世界は簡単に人が死ぬ世界だ。

 俺自身、明日を生き延びられる保証はない。

 それならば快不快よりも、実利を優先すべきだろう。


 彼女と組むにあたっての、メリットの有無とその多寡を検討するには、俺自身の課題を明確にしなければならない。


 俺の戦術は今のところHP回復薬をがぶ飲みしつつ《加護転換》からの《エンド・オブ・センチュリー》連打。

 これを変更する方針は、今のところない。


 では、この戦術の欠陥は。

 それは初日に実感している。

 レベルアップでHPが増え、固定値回復のHP回復薬のドロップ量が加護転換の3割消費に追いつかなくなり、弾切れで帰還を余儀なくされたことだ。


 対策は、今日の方針を当面続ける形で問題ないだろう。

 盗賊と錬金術師によるHPへのマイナス補正、驚異の8割。

 つまりこれだけで《加護転換》のHP消費量を5分の1にし、HP回復薬消費量にはかなり余裕ができる。

 さらに盗賊のスキルでドロップ率とドロップ品の品質を上げてHP回復薬の入手率を高め、錬金術師の能力で一部の素材アイテムからHP回復薬の合成も可能と、HP回復薬の補給手段も潤沢だ。

 HPのマイナス補正目当てだけで適当に選んだとは思えないほどに、今の構築は《エンド・オブ・センチュリー》の連打に適している。


 結論は、単独でも《エンド・オブ・センチュリー》の連射に一切の支障なし。

 逆に、清々しいまでの《エンド・オブ・センチュリー》特化型というのが欠点でもあると言えるだろう。


 魔術が一切効かない敵がいたら? HP回復薬が使えない状況に陥ったら? 《加護転換》の消費HPをいじってくるような悪辣な敵がいて、使った瞬間死んだら?

 ※『あらゆる耐性をぶち抜いて広範囲に高い威力で攻撃できる魔術』という条件で魔導書を選んでもらったことは忘れている。


 さすがに考えすぎかもしれないが、あり得ないと断定することもできない。

 その前提に立てば、欲しいのはHP回復薬の使用を前提としない物理攻撃力か。


 そしてもう一つ、これはまだ魔導書がないので叶わないことだが。

 収納魔術が使える荷物持ちは、いずれ欲しい。

 このままでは、遠くない未来、俺の収納魔術は容量の限界を迎えるからだ。


 結論として、俺はある職業の組み合わせを提案することにした。


「騎士/闘士でお願いできますか?」


 俺の提案に、少女は絶望したような顔で俺を見た。前衛は嫌なのだろうか。

 ※長考の末出された提案が嫌がらせのような職業の組み合わせだったので文字通り絶望している。


 騎士は防御特化の前衛であり、あらゆる防具の効果が2倍になるトチ狂った職業特性に加え、各種耐性や防御力そのものが向上するパッシブスキルの数々、さらには仲間をかばうスキルなど守りに特化した性質を持つ。

 ※そんなにいい防具がポンポン手に入るなら誰も苦労しない。

 闘士は特殊な攻撃型の前衛で、攻撃力は低いが連続攻撃数は他の追随を許さないうえ、防御力の半分を攻撃力に加算するインチキパッシブスキル《剛拳》を持つ。

 ※そんなに防御力がガン上げできるなら誰も苦労しない。

 つまりこの組み合わせは、騎士の防御力を攻撃力にも転用し、闘士の攻撃回数で敵に叩き込みながら仲間を守るという、最強の前衛になりうるのだ。

 ※まともな手段で用意できる防具でそれをやっても攻撃力が足りずにただ魔物に一方的にボコられる肉壁にしかならない。

 このひらめきもきっと、孤独の女神が与えたもうた知識の加護に違いない。


(違うから)


 孤独の女神は今日も謙虚だ。かわいい。


「女の子を肉壁にする気満々ですぅ……」


 しばらく救いを求めるように俺を見上げ、俺が意志を変えないと理解したのか、少女は泣きながら俯いた。

 今の俺の知識で、考えられる中では最強の組み合わせを提案したというのに、少女はいたくご不満のようである。

 そんなに前衛が嫌なのか。

 ※魔物に抵抗できない状態で前衛に出されるのが嫌なだけ。《誘引剤》をぶっかけられて囮として置き去りにされるのと大して変わらない所業である。


 それなら、今俺がやっていることをやってもらうというのも手だ。

 《加護転換》も《エンド・オブ・センチュリー》も、使用者の能力に依存しないため、仮にこの少女がゴミクズレベルに弱かったとしても俺と変わらない戦果をたたき出せるはずだ。

 稼ぎの効率が変わらないなら誰が敵を倒しても問題ない。


 そのときは、騎士/闘士は俺がやろう。

 せっかくの女神の思し召しを無駄にはできない。


「HP最大値を徹底的に下げて《加護転換》と《エンド・オブ・センチュリー》を連打する役でもいいですよ」


 俺ができるだけ優しい笑顔を作り、今日1冊ずつ手に入ったそれらの魔導書を差し出すと、少女は諦めたように俯き、今にも泣きだしそうな声で言った。


「謹んで肉壁をやらせていただきますぅ……」


 どうやら、騎士/闘士の構築以上にお気に召さなかったようだ。

 大量の魔物を地形ごと消し飛ばすのは爽快なんだが、何がいけないのだろう。


 ひとまず、やってくれるというのなら騎士/闘士をやってもらうか。

 俺の全ての知識と手元の最強防具で実際に計算してみた絶対に強い前衛構築を肉壁呼ばわりされている事にはやや思うところもあるが、頑張ってもらうとしよう。

 ※優に7ケタに届く虐殺数を誇るこの男が持つレアドロップ品で計算している。


「では、よろしくお願いします」


 いつか、彼女に収納魔術の魔導書を読ませることができるだろうか、などと、捕らぬ狸の皮算用に興じながら、俺は職業変更窓口に向かう少女を見送った。

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