第22話 ゆらららら

               23


 呆れたような気配が魔族から漂ってきた。


『知らんのか? 魔族へ物理的手段は通用しない』


 俺は鼻で笑った。


「知ってるさ」


 魔族に体を奪われて以来、俺は魔族を追ってきた。


 当然、物理的手段を封じられた際の対応策は、ずっと考えていた。


「ゆら」


 唯一使える魔法の呪文を俺は放った。


 焚火に点火するイメージではなく相手に種火を投げつけるイメージで『ゆら』をぶつけた。俗に『火の玉ファイアボール』と呼ばれる魔法の劣化版というか原型だ。


 球の表面に直接点火するのではなく球の手前に種火を出現させると同時に勢いをつけて相手にぶつける。


 種火が数十センチ宙を飛んで相手にぶつかったが結果は同じだった。


 着火はしないし魔族である球は衝撃も痛みも熱さも感じてはいないようだった。


 わかっている。


 念のための検証だ。


「ゆら」


 同じことを今度は火を点けずに行った。


 魔力を使って火を出現させるのではなく、相手の目の前に魔力を出現させてそのまま火を点けずに勢い良くぶつける。


 雪で玉を作るように魔力を圧縮して見えない玉をつくってぶつけるイメージだ。


 要するに生の魔力を直接ぶつけた。


 俺が魔力玉をぶつけたつもりの球の表面に一瞬、ほんの小さな皺が寄った。


 もし人の頬を殴れば拳の動きに合わせて頬の皮膚と肉が寄せられるだろう。


 それと同じ現象が魔力玉をぶつけられた球の表面に発生した。


 皺は魔力玉がぶつかって押された痕だ。


 コボルトパンチ一発分ぐらいの威力はあっただろうか。


 球からイラついた様な感情が伝わって来た。


「通用したぜ」


 俺は球を挑発した。


 間髪入れずにもう一発、からの『ゆら』を放つ。


 球の表面に、また一瞬だけ皺が寄った。


 球が俺に向けて何かを放った。


 多分、原理は俺の魔力玉と同じだ。


 見えない力、魔力だ。


 球の何かは直前まで俺がいた場所を貫いた。


 気がする。


 けれども、俺は悠々と避けて球に魔力玉をぶつけた。


 球の表面に、また一瞬皺が寄った。


 球が俺に向けて何かを放つ。


 俺は避けて魔力玉を魔族にぶつけた。


 魔族は、ますますイライラを募らせた。


 魔族が何かを放つ。


 俺は避けて魔力玉をぶつける。


 元忍者の身体能力を舐めないでもらいたい。足場がしっかりしていれば後れを取ることは絶対にない。


 茎の切り口からの魔物の流出はなくなっていたため付近に動いている魔物はいなかった。


 部屋にいた魔物はスタンピートの流れに乗って地上を目指し、すべて扉から外へ出ていた。今部屋にいるのは俺と球の魔族だけだ。


 最初は一回交代の攻防だったが次第に俺の手数は増えて魔族が一に対して俺が二、俺が三、俺が四と相手に攻撃の隙を与えない。


 火魔法は本来、火が点いてこそ魔法の成功だが、もともと物理特化で魔法の才能がない俺は肝心の着火のプロセスが苦手だった。


 そのくせコボルトにされた際のちょっとした事情で魔力だけは潤沢にあったものだから、『ゆら』の練習であるはずなのに魔法のからちばかりを何度も繰り返した。


 結果的に今でも空撃ちのほうが得意だ。


「ゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆら」


 火を付けずに雪合戦の弾幕の要領で魔族を翻弄するように俺は魔力玉をぶつけ続けた。


 言葉こそ『ゆら』だが中身は『から』だ。


 最初級火炎呪文『ゆら』の良い点は最初級である点だ。


 要するに一番簡単なのだ。


 慣れれば思うだけで発現できる。イメージを確定するための技の名前の発声は必要ない。


 勢いに任せて次第に名前の発生を省略した。


「ゆららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららら」


 その後は『ら』すらやめ、脳内で結果を思い描くだけで魔力玉を魔族にぶつけていく。


 発声するより思うだけのほうが発現は圧倒的に早い。省略だけでも手数が倍以上になっていたのに思考スピードで魔力玉を魔族にぶつけ続けた。


 魔法は実際に物を投げてぶつけるのと違って自分がいない場所も発現の起点にできた。馬鹿正直に自分と相手を直線で結んで、その線上を通すように魔力玉を飛ばす必要はない。


 魔族が怯んで後ろに下がろうとしても俺は許さない。


 前方からではなく後ろからも魔力玉をぶつけてやった。


 もちろん、上に逃げようとするのも俺は許さない。


 上からも魔力玉をぶつけた。


 下からも右からも左からも。


 俺のイメージでは全方位から隙間なく球を取り囲んで魔族の全表面に魔力玉をぶつけている。


 そうしている内に球は逃げようとも攻撃しようともしなくなった。


 俺の魔力玉を受けるだけだ。防御を固めたのか少し手応えが固くなった気がする。


『いい気になっているが魔力が尽きた時が死ぬ時だ』


 じっと耐え忍んでいる魔族の言葉が頭に響いた。


 なるほど。俺の魔力切れを狙って長期戦に持ち込む判断をしたようだ。


 コボルト如きの魔力の総量などたかが知れているという判断だろう。


 どれ程優れた魔法使いであっても魔力切れを起こしては魔法を使えない。


 俺は宣言した。


「あいにく俺の魔力は無尽蔵だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る