第7話 ポーター

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「お客さん、ゆうべはお楽しみでしたね」


 ギルドのカウンターへ行くと昨日の受付嬢が品のない下ネタをぶっこんできた。


 これくらいの会話が当たり前にできなければギルドの受付嬢なんか務まらない。


「そんな色っぽい話はねぇよ」


 俺は怒ったような声を出した。


ああ・・ちゃん、喜んでたでしょ。ポチさんは屋根の下で寝られたし。問題ないじゃない」


「誰がポチだ」


「あはははは」


 受付嬢は、ひとしきり笑ってから、真顔になって深々と俺に頭を下げた。


「ありがとうございます」


「なんだよ、急に」と、俺は思わず構えてしまう。


ああ・・ちゃんの日常に、たまには楽しい出来事を加えてあげたくて」


 急に重たい話だ。


 少なくともこの受付嬢には、ああ・・に対する同情の気持ちがあるのだろう。


「まあ、寝心地は悪くなかったよ。飯は勘弁だが」


 久しぶりに人肌のぬくもりを味わった。


「あのは愛犬のはずの俺が口をきいて、なぜ、おかしいと思わないんだろう?」


 俺は思っていた疑問を口にした。


ああ・・ちゃん、小さい頃ポチしか話相手がいなかったから」


 思ったとおりだ。


「ひどい傷だらけだったぞ」


 俺はとがめるように口にした。


 受付嬢は悲しそうな顔をした。


「あたしみたいに親がギルド職員の子は小さい頃、ギルドの仕事の邪魔にならないよう、日中、一つ所に集められて育てられるんです」


 受付嬢は語り出した。


ああ・・ちゃんも一時、同じ輪の中に入れられましたが半オーガだし顔の火傷が怖いから、みんなにいじめられて、やり返したら力が強すぎて相手に怪我をさせちゃって、怒った大人たちに棍棒で厳しく叩かれたんです。そういうことが続いて」


「まるで犬の躾けだな」


 傷の上に次の傷が重なっていく土台となった元の傷はそうしてできたのだ。


「段々あたしたちも距離を置くようになって話さなくなり。もともとポチは子供たちみんなで飼っていた犬でしたけれど、ああ・・ちゃんはポチと同じ馬小屋に寝泊まりさせられていたので誰よりもああ・・ちゃんに懐きました」


「犬には偏見がないからな。だからポチだけが話し相手か」


 受付嬢は頷いた。


「そのうち、お客さんの荷物運搬人ポーターを務めるようになりました。万一の際には魔物とお客さんの間に割って入る盾役です。ヘマをするとご飯抜きにされちゃうから、ああ・・ちゃんは忠実に職務をこなして。それで傷だらけに」


 俺は暗い気持ちになった。


 ああ・・を追ってダンジョンに入ってしまったポチの話は前に聞いている。


 ポチは、結局、戻らなかったのだ。


 それ以降、ああ・・は、ずっと一人だったのだとしたらポチに会えて嬉しかった気持ちもわからなくはない。


「今なら自由意思で、ここを出て行けるだろ」


 言ってから俺は不可能であると気がついた。


「無理だな。基本的な生活能力がない」


 逆らわないよう、奴隷には余計な知恵をつけるな、の鉄則だ。


 何も知らない、ああ・・が、ここを出ても生きていく術はないだろう。


 盗みの果てに捕らわれるか討たれる未来が容易に見えた。


ああ・・ちゃんがここを出るためには世の中の常識を教えてくれる後見人が必要です。身元が確かでヒューマン以外の人種に偏見がない人がいればいいのですが」


 そうだな、と、俺は頷いた。


「ん? 何で俺にそんな話をする?」


「べつに」


 受付嬢は、にやりとした。


「ただ、誰かに知ってもらいたいと思っただけですよ。ポチさん、ヒューマン以外の人種に偏見がなさそうだから」


「俺は犬じゃない」


「そうでしたっけ?」


「それにポチじゃない。ん?」


 今の話の内容が引っかかった。


 ああ・・の仕事だ。


「もしかして頼んでいた荷物運搬人ポーターって?」


「今、お呼びしますね」


 受付嬢は、にこやかに席を立つと奥の扉を開け事務室の中へ消えた。


 すぐ荷物運搬人ポーターを連れて戻ってくる。


「ポチ~」


 やはり用意されていた荷物運搬人ポーターは、ああ・・だった。


「仕組んだな! 俺が荷物運搬人ポーターを頼んだ時、含み笑いをしていたのは、このためか!」


「何のことでしょう?」


 受付嬢は、全く心当たりがないというセリフの割にニヤニヤしていた。


「まさか、ご縁を作らなくても、ご縁ができたのには驚きました。」


 俺が、馬小屋に泊めてくれ、と言った際のことだろう。仕組んだのではなく、そちらは本当の偶然だ。


 ああ・・は俺に抱きついた。


「今日のお客さんはポチだっただかあ」


 俺は、ああ・・にモフモフされた。

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