妖狐の祭典(後編)

「次は少し趣向を変えまして、『妖狐』による『変化』対決でございます」


 次は命をかけて闘う妖術対決ではなく、『変化』を競う闘いが予定されていた。


 どのようにして勝敗を決めるかというと、まず進行役の揚戸与が次々と『変化』のお題を出していく。そして、そのお題を出す速さを徐々に上げていき、その速さについていけなくなったものが負けとなるのだ。


 初めのお題は、「金魚」。


 二人の狐が、観客にも見えやすいよう、寺の鐘くらいの大きさの金魚に化けて宙を泳ぎまわる。

 そして次は「鬼」。それぞれ赤鬼と青鬼に『変化』した。


 次は「水」。


 狐たちが水の玉のようなものに『変化』したと思ったら、急にその水が辺りに飛び散ったので、前の席の観客はびしょびしょに濡れるはめになった。

 がしかし、飛び散ったと思った水滴はいつのまにか舞台の上に集まってきて再び狐の姿にもどった。


 ここまでは二人とも互角といったところだったが、ここから急に出題のテンポが速くなる。


「月」、「ぬらりひょん」、「熊」、「怒りに狂う女」ときたところで、北の狐が「熊」から「怒りに狂う女」に『変化』しきれず、熊の頭だけが『怒り狂う女に』なってしまった。


 会場にはどっと笑いが溢れる。


 楓もこの闘いは面白かったらしく、「全部こういう対決にしたらいいのにね」とつぶやいた。


 だが先ほどの『変化』対決は箸休めのようなもの。いよいよ第三回戦が始まった。


 今回北に現れたのは、初めから獣姿の狐だった。妖術対決では妖術を扱いやすいので、人の姿になっていたほうが有利なはずである。しかし北の狐は半妖でもなく、完全に獣の姿をしていた。



「なんであいつ獣姿なんだ?」


「かわいいね。狐さんモフモフ」


「…瑞穂、簡易の結界張っといて」



 俺はゴンに言われるがまま、三人を囲む結界を張った。


 勝負開始の鐘が鳴ると、先攻の南の狐は妖術を使って光の矢を北の狐に向かって放ちまくった。しかし北の狐はひょいひょいと、軽くかわしていく。そして、北の狐の攻撃の番が来た。


 一瞬だった。地響きのような音が聞こえた時には、すでに南の狐は炭になっていた。



「な、なにが起こったの⁉」


「落雷だよ!やっぱりあいつ、このために妖力温存してたんだ」



 北の狐は、人の姿をとることをせず、妖力を全て一撃に込めて放ったのだ。その衝撃は凄まじく、前の方に座っていた観客たちはその余波を食らい、ひっくり返っているものもいた。俺たちはゴンの読み通り即席の結界を張っていたおかげでなんの影響もなかった。



「すごかったね。でもなんか可哀そう。負けちゃったほうの狐さん死んじゃったんだ」


「狐たちはこれに魂かけてるんだよ。俺らには理解できないけど、あいつらにとっちゃそれだけの価値があるんだ」



 今年の『魂祭り』では第五回戦まで予定されているらしいのだが、その後いつまで経っても次の闘技が始まる気配はなかった。観客たちも、おかしいと思い始めたらしく会場がざわつき始めてきた。そして舞台には次の闘壇者ではなく揚戸与が姿を現わした。



「ええ、皆さん大変お待たせしてます。実は先ほどの三回戦で放たれた雷が御来客の方にも当たってしもて、どなたか手当できる方いらっしゃいませんか。治癒のご利益をお持ちの神様や回復術を、あ!先生!瑞穂先生いるやん。ちょっと本殿まで来てな先生!」



 まさかこの聴衆の面前で名指しされるとは思ってなかった。



「俺ちょっと行ってくるから、お前たちは」


「何言ってんの、私たちも一緒に行くに決まってるでしょ」


「そうだ、治療費の請求誰がやるんだよ」



 俺たちは周りの観客が見つめる中席を立ち、先ほど訪れた本殿に向かった。



「瑞穂くんごめんな、あんなとこで呼び出して。けど急ぎやったさかい。さっきの雷に打たれて気絶したまま目覚まさん子がおるねん」



 そういって揚戸与は俺たちを、その子が運ばれた部屋に案内した。部屋に入ると、半妖の猫のあやかしが布団の上で横たわっていた。顔色が悪い。俺は猫の脈をとってみた。妙な拍動をしている。



「心の臓がおかしいみたいだ。多分落雷で影響を受けたんだろう」


「どうしたらええんや。何とかなるか?」


「どうか助けてやってください。私の妖力を全部使ってもらってもかまいませんから」



 子猫の傍らにいた、この子猫の母親と思しきあやかしが泣き崩れた。



「もう一回雷を落としてみるか…でもそれで治るとは限りません」


「なんでもいいです。この子が助かる可能性があるなら、やってください」



 俺は楓に護符を書く道具を用意してもらい、その場で一枚書き上げた。そしてその護符を子猫の心の臓辺りに貼り付けた。

 それからゴンに小さな雷をこの子猫目掛けて落としてもらった。雷は護符に吸い込まれるようにして落ち、子猫の全身を巡るように吸収されていった。

 しばらくすると子猫の顔色が少しずつ良くなり始め、そして薄っすら目が開き話せるまでに回復した。



「ありがとうございます!先生!どうお礼をしたらいいか」


「うちからも礼をいうわ、ありがとう瑞穂。お代は祭りの運営から支払うさかいな」



 いつの間にか蘭も部屋に来ていた。治療費のことはうちの会計係であるゴンに任せて、俺は護符を書いた筆で診療所の場所を紙に描き、子猫の母親に渡した。



「お母さん。一応大丈夫だと思うけど、また様子がおかしいようならうちの診療所までいつでもきてください」



 ゴンは蘭の妖気に当てられて頭をクラクラさせながらも、なんとか役目を果たしてくれた。


 そして俺たち三人は揚戸与の案内のもと、また迷路のように長い廊下を渡って本殿の外に出た。



「ごめん瑞穂くん。実はあの子の治療してくれてる間に祭り終わってしもたんや。ほんまにごめんやで。お礼と言ってはなんやけど、屋台の食い物適当に買ってこさせといたし、これでも食べながら帰って」



 揚戸与からたくさんの屋台飯をもらって、俺たちは提灯小僧の車に乗り込む。

 帰りは蘭の計らいで、高速小僧の車を用意してもらっていた。


  しかも今回蘭が呼んでくれたのは、特注仕様の内装になっている車で、いつも乗っている硬い椅子とは違いフワフワの座り心地だった。三人とも乗った直後はその乗り心地に感動したのだが、しかし降りる頃には慣れない椅子のせいで腰が痛くなってしまっていたのだった。


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