3話 新しいご主人様は



 最初に奴隷商にやってきたのは、商人風の男だった。


 並んだ奴隷たちの中でひときわ幼い俺を見て、何となく湿ったかんじの視線をチラチラよこしてくる。


 これは良くないな。


 前より酷いってことはそうそうないだろうけど、この男は何か嫌。奴隷センサーがダメって言ってる。


 選り好みできる立場じゃないので目を合わせないようじっとしていたら、奴隷商がやれ子供の奴隷は心証が良くないだとか金が掛かるだとか難癖をつけてあり得ないほどに値段を釣り上げた。

 悪徳商人ここに極まる。


 その客は俺を買うのを諦めて荷物持ちができそうなガタイのいい男と契約して帰った。


 一難去った。

 ありがとう奴隷商人。


 薄々思っていたが、この奴隷商人めちゃくちゃ良い人なんじゃないか。目付きが悪いせいで悪徳商人にしか見えないが。というかたった今悪徳商人ぷりを発揮したが。


 奴隷ひとりひとり、ちゃんとした主人の元に行けるよう尽力している……と思う。なにせ目付きが悪いので確信が持てない。


 やはり俺は売れ残るのかもしれん。そうなったらここで働かせてもらえないか交渉してみよう。



 暇になったので部屋の隅っこで膝をかかえて、部屋にいるみんなを観察してみる。


 痩せているが、みな服を与えられており、屋敷にいた頃より幾分かましな食事をとり、何よりあの環境から抜け出せたことで一様にキラキラしている。


 わかる。世界輝いてるよな。



 俺は身の回りが落ち着いたことで、この世界について考える余裕が出てきた。


 観察するかぎり、文明はかなり進んでいるように思える。水道のようなものがあるし、風呂もある。魔法があるからか電化製品はないけど不自由はしない。移動手段は馬車だが揺れは少ない。ここに来るときに、押し込められてちょっとだけ乗った。


 奴隷制度も一部を除いてきちんと整備されているようだし、剣と魔法と中世!のような世界ではなさそうだった。


 食文化はまだよく知らないが、きっと大丈夫だろうなと思う。


というより俺にとっては、そこそこ食えるものであればもう何でもありがたいので。味より栄養ですよ。


 かなりいい世界じゃないか。


 あとは、ちゃんとした仕事にありつけたら文句はないのだが。




 そう考えていたら、奴隷商の売り子に腕を引かれて一人の男が入ってきた。


 表で呼び込みとかしてたのか。


 元の主人は商会ごと取り潰しになったから売り手不在なため、奴隷たちは領主との取引という形で奴隷商に引き取られたようだ。


 とんでもなく安値だったらしいから、ちゃんと売れたらいい儲けになるよな。


 さて、次はどんなお客さんかな。



「ほら、たくさんいるでしょう? 以前ちょっとワケありの職場で働いてた人たちなので格安なんですよ! みんなやる気もありますし、買うなら今ですよお兄さん!」

「え?お、おう」


 売り子の押しが強い。

 そしてお兄さん押しに弱い。大丈夫かな。


 紺色の髪を後ろでちょんと結んでるやんちゃなかんじの人だ。奴隷買う金持ってんのかなこの人。


 各々のんびりしていた奴隷仲間たちは、とりあえずみんな商品らしくちゃんと並ぶ。俺も一応はしっこに加わる。



「お兄さん、冒険者なんだって? どういう用途の奴隷が入り用で?」

「えっと……」


 お兄さん、売り子さんの勢いに押されっぱなしである。がんばれ。ちなみに売り子さんはいい歳のおばちゃんである。



「こら、そう焚き付けるんじゃない。高い買い物なんだから」

「だってあんた、このお客さんが店先でフラフラしてるから買いたいのかと思って」


 奴隷商の主人がやってきて、売り子を諌めた。どうも奥さんのようだ。


 連れてこられたお兄さんはどうしよう…という困惑した顔で佇んでいる。



「それでお客さん、奴隷は武器を持っちゃいけないから魔物退治なんかはできないですが」

「あ、ああ、その必要はねぇよ。俺は黒色パーティーの一員だからな」

「なんと!では雑用や荷物持ちといったところで?」

「そうだな、男所帯で片付けができねえヤツばかりだから、拠点で家事とか雑用してくれるとありがたいなと」

「なるほど」


 家事!できますよ家事!


 奴隷商の主人がお兄さんからうまく要望を聞き出していく。さすが悪徳商人の顔をしたプロ。


 家事ならできますよ!料理はちょっと……わからないですけど。


 俺はちょっと自己主張のために前にぴんと胸を張ってお兄さんを見た。


 しかし中々こちらを見ない。

 やる気あるのか?こっちは満々なんだが?



「値段表とかあるか?手持ちがちょっと心許なくてな」

「ふむ、これを」

「うーん……」


 何やら唸りながら紙を見て相談を始めた。

 一応買う気はあるようだ。

 おい、ちゃんと商品を見てください。事件は現場で起きてるんですよ。


 俺のほうは主張しすぎて段々つま先立ちになっていく。もう少しでピョンピョンしてしまいそうだ。



「この一番安いのでギリギリなんだが…」


 そこでようやく、お兄さんは顔を上げて俺たちのほうを見た。

 


「子供…?」


俺を見た。


え、俺一番安いの?




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