#49 情報整理と相談




 翌日月曜日。

 お昼過ぎに自転車でヒトミのマンションに向かった。

 お昼前に『いまマンションに帰ったよ』と連絡があり、俺の部屋よりもヒトミの部屋のが色々と安全ということで、ヒトミの部屋で相談することにしていた。



 ミキは今日の相談は欠席。昨日の夜も自宅に帰らせた。

 いつもの週末なら1泊だけのところを俺が体調不良だったことで特別に2泊するのを許して貰っていたが、もう俺の体調が戻っているのをミキのお母さんには報告済だし、これ以上泊まってもらう訳にもいかないので、ミキ自身はもう少し一緒に居たい様子ではあったけど昨夜家まで送って行き、お母さんにお礼とお詫びもしてきた。





 ヒトミのマンションを訪ねると、実家から戻ったばかりで長時間の電車移動で疲れているところを申し訳無かったが、早速本題に入った。



 ミキが、女性では梯子を使っても2階のベランダに侵入するのは無理だと考え、お隣さんを疑い出したこと。

 それを聞いて俺も納得し、お隣さんのことで知っている情報を整理していたこと。

 郵便ポストで確認出来たフルネームが『飯塚シズカ』で、引っ越しの挨拶に来た時に聞いた話では、B県F市のF高校出身で、今年C大に入学した1年だというところまでは把握出来ていること。

 あとは、在宅してる時間でも異常に静かなのが逆に気になりだしていることも説明した。

 また、あくまで疑わしいだけで、特定出来るような証拠等は何もないことも付け加えた。



「確かに忍び込める条件としては一番疑わしいね。私もなんでお隣さんに目が向かなかったんだろ」


「な?俺もそうなの。言われてみれば真っ先に疑っても良さそうなんだけど、そんなことしそうなタイプに見え無かったからなのか、全然疑ってなかったよ。ヒトミも一応面識あるならどう思う? そんなことしそうな子に見える?」


「大学生にしては少し大人し過ぎるかな?っていう印象はあるけど、ストーカーとか不法侵入しそうかまでは分からないよ。 面識あるっていっても、本当に会話すらしたこと無かったし、同じB県出身なのも兄ちゃんから聞いて初めて知ったくらいだよ」


「そっかぁ、そうだよなぁ。俺も大学だと下の名前すら知らない子なんて沢山居るし、一々この子は何かやらかしそうだ!なんて考えたりしないしな。 それにストーカー犯罪とかって、こんな人がそんなことしてたの!?ってのも多いだろうし、分かんないよな」


「うん。私も同じ講義取ってる授業で出欠の名簿リストで見た事あったの覚えてただけで、フルネーム知ってたのも本当にたまたまだし」


「C大の夏休みは9月中旬までだっけ?」


「うん。それまで学校で調査するのは無理だよ」


「そうなると今出来るとしたら…、G校出身の知り合いとかに当たる?」


「うーん、私の知り合いにはG校出身の子は居ないよ」


「俺も居ないな…G校、頭良いもんな。A大でG校出身なんて聞いたことないし」


「とりあえずだけど、飯塚さんの調査よりも、盗聴されているかの確認した方が良くない?」


「確かにそうだなぁ。でもどうやって? テレビのドキュメント番組で見る様な盗聴器探してくれる業者に頼むの?ああいうのってすげぇ金取られるイメージあるんだけど」


「ああいうので出て来る様な盗聴器見つける機械は、一応ネットで購入出来るよ。それなりの値段するけど業者に頼むよりは安いんじゃないかな?」


「うーん、悩ましいな。何とかしないといけないとは思うけど、誰が犯人か分からないし盗聴されてるとは限らない状況でお金使ってまで調査するっていうのは、なんか踏ん切り付かないな。 だいたいお隣さんが怪しいってのも、お隣さんが犯人だったら盗聴してるかもっていうのも、全部確証の無い疑惑段階だしなぁ」


 それに、ヒトミには言わないけど、俺なんかの部屋を盗聴するというのが非現実的で、そんなことをする意味が全く理解出来ないし、本音では荒唐無稽だと思っているのが、踏み切れない最大の要因だった。


「でも、安全のこと考えたら仕方無いんじゃない?」


「勿論そうなんだけど、そういうのはもう少し先でも良いのかな?って思うのよ。 盗聴器の確認するのも、まずは現時点でお金掛けずに出来ないかやってみて、それでも安心出来なかったらそういう機械買ってみるとか専門の業者に相談するとか、あとは警察もか」


「まぁ兄ちゃんがそう言うならそれでもいいと思うけど。 私も盗聴のこともう少し調べてみる。普通の女子大生が盗聴するのに現実的な方法とか道具とか」


「うん、その辺は俺よりもヒトミのが詳しそうだし、お願いするね」


 ヒトミは俺よりも頭良いし、こういうマニアックな分野の調べものはヒトミのが得意だろう。



「うん、分かった。 あと、兄ちゃん自身のことだけど」


「俺自身?」


「うん。兄ちゃんの身の安全考えたら、色々被害が続いてて犯人がお隣さんかもしれないっていう状況で、そのままあのワンルームで生活するのは不味くない?」


「うーん、でもそれはしょうがなく無い?それに被害っていっても身の危険を感じる様なことは今のところ無いし」


「いや全然しょうがなく無いよ。兄ちゃんは考えが甘すぎる。ホントなら直ぐにでも警察に相談するべきだと思うし」


「でも警察はちょっとなぁ…」


「とりあえず、しばらくウチに来たら?」


「ウチって、ココ?」


「うん、ココ」


「えーそれはちょっと」


「どうして?私と一緒だと嫌なの?」


「嫌とかじゃなくて、申し訳無いというか何と言うか…」


「家族だから心配で提案してるだけだし、無理にとは言わないけど」



 ヒトミなりに俺の事を心配してくれてるのは重々承知している。

 今日だって、本当なら8月一杯は実家で過ごすはずだったのに、俺を心配して相談する為に予定を早めてこちらに戻って来たんだ。


 それなのにヒトミの厚意を無碍にしては、結局俺は今までと何も変わってないことになるだろう。

 ミキとの喧嘩で、俺は自分の性格や言動を省みて反省したと言うのに。



「ヒトミ、ありがと。 しばらくココで世話になるよ」


「うん、そうしなよ」


「今日はこの後バイトに行っちゃうから、明日改めて荷物持ってココに来るね」


「バイト終わってからでも別にいいよ?」


「うーん、流石にバイトあとに一旦部屋に帰ってからだと0時過ぎるだろうし、多分疲れててそのまま寝ちゃいそうだから、明日にするよ」


「わかった。 じゃあ、明日来てから買い物行こっか」


「買い物?」


「食器とか日用品とか。 今ココ、私が使ってる分しか無いからね」


「なるほど」


「勿論、お金は兄ちゃん自分で出すんだよ?食費も半分は出してね」


「分かってるって」



 改めて部屋の中を見渡す。

 この部屋に上がったのは、3月に引っ越しの手伝いをした時以来で2度目だった。


 あれから半年近く経ち、ヒトミも大学生の一人暮らしにはもう慣れているだろう。

 この部屋には、そんなヒトミの生活の匂いが感じ取れるが、逆に彼氏などのヒトミ以外の存在を匂わせる様な物は無かった。


 ヒトミとこういう話題は非常に気不味くて苦手だが、しばらく同居するからには確認しなくてはいけない。


「因みにだけどヒトミ、彼氏とかは?」


「いない」


「候補は?」


「いない」


「気になる人は?」


「いない」


「そっか、わかった」


 確認完了。


「じゃあ、俺バイト行くわ。色々相談乗ってくれてありがとな。マジで助かる」


「ううん。どうせ実家に居ても暇してたし、ミキさんの事も心配だったからね」


 俺が立ち上がって玄関に向かいながらお礼を言うと、ヒトミも玄関まで見送りに来てくれて、そう答えてくれた。


 こんな風に何でもない事の様に言ってくれるのが、素直に嬉しく感じた。

 そして、高校時代とは違う兄妹としての絆を感じずにはいられなかった。



 因みに、ヒトミに彼氏や気になる異性がいないと聞いて、安堵というかちょっぴり嬉しく感じてしまったのは内緒だ。




 バイト先に出勤すると、しばらくヒトミのマンションに厄介になることをミキにも話した。

 ミキはその話を聞くと早速、自分も遊びに行って良いかとスマホのメッセージでヒトミに尋ねていた様だ。


 因みに余談だか、バイト先の新人くんはこの週末もシフトに入っていたらしく、俺やミキが居なかったその間に色々やらかしたらしくて、昨日で辞めてしまったことを厨房の人が教えてくれた。

 一緒にその話を聞いたミキの反応は「ありゃ」だけだった。







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