#25 元カノの苦悩




 来店時の席への案内もオーダーも別の同僚が対応していたし、普段から接客する時は相手に目線を向けつつも、相手との視線が合わせない様にしていたし、お客さん一人一人がどんな顔してるとかまで確認なんてしておらず、声を掛けられるまで元カノの山根ミドリがそこに座っていたことに気が付かなかった。


 動揺しつつも、何とか接客モードで対応する。



「どうされました?」


「あの、相談したい事があって、秋山先輩に会いに来ました」


「相談?」


「はい」



 バイト先に山根ミドリが現れたことも、声を掛けられたことも、その目的が相談だということも、全てがいきなりの不意打ちで、思考が追い付かず、久しぶりの再会に不快感も懐かしさも沸かずに、ただビックリした。



「あの…、こんなことお願い出来るような立場じゃないことも、お仕事中に押しかけるのが迷惑なのも分かってます。でも、秋山先輩にしか相談出来る方が居なくて、でも連絡先分からなくて、このホテルのレストランでバイトしてるっていう情報しか無くて、ご迷惑なのを承知で来ました」


 山根ミドリの話を黙って聞きながら、その表情を観察した。

 高校時代の付き合ってた当時とも、鈴木に見せてもらったスマホの画像とも違う、なんだか疲れ切った表情で、俺の都合よく解釈すれば、この場で俺に拒絶されるのを恐れている様にも見える。



 山根ミドリの話を聞いて、『今更どのツラ下げて』という気持ちが湧いて来た。

 今すぐこの場で「帰れ」と冷たく切り捨てたい。


 だが、その気持ちとは反対に、『話だけでも聞くべきか?』という考えも浮かび始めている。

 表情からは、過去の事を鈴木にチクった俺に対して恨みつらみを晴らしに来た様には見えないし、まさか自ら捨てて俺に嫌われていることを分かってて、それでもヨリ戻そうとか考える程バカでも無いだろうし。


 相談というのは、恐らく鈴木のことだろう。

 鈴木から聞いた話では、山根ミドリは鈴木との交際継続を望んでいる。

 それに、最近の鈴木の様子には引っ掛かるものを感じていたが、山根ミドリの相談内容にそれが関係しているかも知れない。


 他にも、俺自身の今この場での立場もある。

 ここはそれなりのグレードのレストランだ。お客さんとして来店している以上はトラブル起こす訳には行かない。


 山根ミドリの表情を見ていると次第に動揺が収まり、そんな冷静な考えが浮かんで来た。


 ふと山根ミドリから視線を外し周りをチラリと見ると、ミキが俺の方に目を向けていた。

 俺がお客さんに捕まって何かクレームでも言われているのか?とでも思っているのかもしれない。



かしこまりました。 今は仕事中ですので、少々お待ちください」と、あくまで接客モードで返事をし、空いた皿等を下げて食後のドリンクの準備に一旦引っ込んだ。



 他の従業員やお客さんの居る中で、プライベートなやり取りをする訳にもいかず、メモに書いて渡し、会う時間と場所を指定することにした。


 時計を見ると8時半過ぎだったが、バイトが終わるのが10時なので、それまで近くのファーストフードで待たせることにした。それと、二人きりで会うつもりは毛頭無く、事前確認はしてないがミキにも同席して貰うことに。


 立ったままトレイを下敷き代わりにして手元を隠しながら、メモ用紙に「バイト10時まで。 駅地下のマックで話聞くから待ってて」と書き、再び山根ミドリのテーブルに戻り、食後のコーヒーを提供するフリをして、一緒にメモもテーブルに置いた。


 山根ミドリがメモに気付き、手に持って内容を確認してから俺に視線を向けて無言で頷いたので、「ごゆっくりどうぞ」と応え、テーブルを離れた。



 ミキにも「あのお客さん、山根ミドリ。 バイト終わってから話聞くことになったから、ミキも一緒に来て欲しい」とメモに書いて渡すと、こっそりメモの内容を確認したミキが目を見開いて俺に視線を向け、今度は客席の山根ミドリにも視線を向けた。


 そりゃ驚くわなぁ、俺も驚いたし。

 とミキの様子に若干同情しながら反応を待っていると、ニヤリと笑みを浮かべ、無言のまま右手の拳の親指を立ててオッケーのサインをしてくれた。




 バイトを上がり、着替えを済ませてからミキと一緒に従業員用出入口を出て、待ち合わせ場所に歩いて向かいながら、ミキに鈴木と山根ミドリが交際を続けることにしたことと、最近の鈴木の様子が引っかかってることも説明した。


 因みに、ミキはヒトミに依頼されて山根ミドリのことを調べ始めてから学内で遠くから顔を見た事が数回あったそうだが、今日は俺に言われるまで、山根ミドリとは気づかなかったそうだ。



「じゃあ、鈴木くんのことで何か相談でもあるのかな?」


「多分。 俺に嫌われてるの知ってて、それでも敢えて俺に相談しに来たってことは、相当困ってるじゃないかって思う」


「うーん、分からないでもないけど、お人好しなのも程々にね」


「分かってる。 俺としては、山根ミドリの為じゃなくて鈴木のことを心配して話を聞くことにしたし、変に同情心を見せるつもりは無いよ」


「うん、分かった」




 マックに着くと、客数はまばらで直ぐに山根ミドリは見つけられた。

 一旦注文カウンターでドリンクを二人分購入してから、山根ミドリが座るテーブル席に向かった。


 山根ミドリは俺たちに気が付くと、席を立ち頭を下げた。


「お仕事中に押しかけてすみませんでした」


「うん。とりあえず座ろうか」



 3人着席してから俺の方から「一人同席させて貰うけど大丈夫?」と断ると「はい、大丈夫です」と素直に応じた。


「それと、あくまで鈴木の友達として話を聞くつもりだから、元恋人として見ないで欲しい」


「はい、分かってます。ありがとうございます」


「それで、鈴木の話なのかな?」


「はい。 こんな相談を秋山先輩にするのは筋違いだって分かってるんですが、事情を知っててリュウヘイくん(鈴木の下の名前)のことも良く知ってる秋山先輩にしか相談出来なくて…」


「鈴木からは、これからも交際を続けるって聞いてるけど」


「はい。リュウヘイくんとは別れるつもりはありません。でも、最近リュウヘイくんの様子が怖くて、このまま夏休みに入って一緒に居る時間が増えたら、今よりももっとエスカレートするんじゃないかって思うと、どうして良いのか分からなくて。 少しだけ学校の友達にも相談したことがあるんですが、みんな口を揃えて「そんな人とは別れろ」としか言ってくれなくて、でも別れたくないし、どうしたら良いのかもう分からなくて…。 それでリュウヘイさんから最近の秋山さんのことを聞いて、それで秋山先輩に相談することを思いついたんですが、A大に居ることとホテルのレストランでバイトしていることしか知らなくて、大学だとリュウヘイさんと顔を会わせる可能性あるし、もうバイト先に押しかけるしか思いつかなくて、本当にすみませんでした」


「んーごめん。話がいまいち見えないんだけど、俺のことは置いておいて。 鈴木のことが怖いって最近何かされてるの?まさか暴力とか?」


「暴力は無いです。 リュウヘイくんは、私に向かって怒ったり怒鳴ったりもしないです。 だけど、いつもニコニコした笑顔で根掘り葉掘り聞いて来るんです。「今日はドコに行ってたの?」「授業は何時に終わったの?」「誰と会ってたの?」って毎日毎日。今ではその笑顔を見ると、自分でも体が緊張するのが分るくらいで…。 他にも、スマホのメッセージを頻繁に送ってくるんですが、直ぐに返事を返さないと着信掛かってくるようになったし、とにかく束縛するようになったんです」


「なるほど…今までそんな素振りなかったのがそんな風に変わったら、確かに怖くなるな」


 実際に、話を聞いてる間にもちょくちょくメッセージが送られてきている様子で、その度に「すみません」と断ってからスマホをいじることが数回あった。


 鈴木の心情を察することは出来るが、まさかそんな風に暴走しているとは思ってもいなかった。



「過去の自分の行いのせいで、リュウヘイくんの信頼を失ったことは自業自得だと分かってるんですが、でもこのままだとリュウヘイくんも私もダメになってしまいそうで」


「そもそもの話なんだけど、鈴木と別れたくない理由は何? 付き合いもそんなに長く無いし、合わないようなら別れるのも一つの解決策だよ?」


「それは…」



 山根ミドリはそれっきり、俯いて黙ってしまった。



 沈黙のまま数分時間が過ぎると、それまで発言せずに黙って聞くだけだったミキが声を掛けた。


「山根さん、もしかしてだけど、過去のことが影響してるのかな?」


 ミキの助け舟を聞いて俺も察することが出来て、「俺のこと気にせず、正直に話してくれれば良いよ」と伝えた。



 俺から許可が出たからなのか、それとも覚悟が決まったのかは分からないが、山根ミドリはボツボツと話し始めた。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る