#05 1つ下の妹

 


 どうにも彼女のミキばかりに疑いの眼を向けてしまっていたが、犯人の可能性がある人間は彼女以外にも居る。



 俺には妹が二人居るのだが、俺の1つ下で今年高校を卒業し国立大学へ進学した『秋山ヒトミ』と、5歳下で中学3年で高校受験を控えた『秋山マユミ』

 中3のマユミは実家暮らしで俺が暮らすワンルームには来たことがないので流石にありえないけど、上の妹のヒトミは進学先が俺と同じA県A市内にある国立C大学で、実家を出て今は同じ市内で一人暮らしをしており、今週用事があって一人でウチに来ている。


 なので、状況的にはヒトミにも俺の眼を盗んで部屋から物を持ち出すことが可能だったハズだ。


 それと、俺とヒトミの兄妹仲はちょっと微妙で、今は普通に戻りつつあるが、以前少しこじれていた時期があった。

 俺がまだ高校生で実家に居た頃で、憎しみ合って喧嘩したとかでは無いのだけど、家に居ても会話らしい会話が無く、間に壁が出来てた感じで、俺が実家を出て物理的に距離が離れてから、ようやく兄妹仲が少しづつ修復出来て、ヒトミが第一志望の国立大学に合格した時に合格祝いに最新型のワイヤレスイヤホンを買って送ってあげると、珍しくヒトミの方から電話がかかって来てお礼を言われ、それを切っ掛けに一人暮らしの部屋探しなんかの相談もして貰えるようになっていたし、ヒトミの引っ越しにも手伝いに行ったりした。


 因みに当初両親からは、ヒトミの一人暮らしが心配だからと俺に今のワンルームからヒトミの大学近くの賃貸マンションを借りて、ヒトミと一緒に二人で同居して欲しいと打診されたが、そうなると彼女のミキを部屋に呼び込めなくなる俺は全力でお断りし、ヒトミの方も憧れの一人暮らしが台無しになると思ったのか、流石に拒否していた。


 そんな感じで、ヒトミとは今現在は兄妹仲がそこそこ改善されきていたと思っていたので、今週になり、俺が実家を出て以来ヒトミが初めて俺の部屋に訪ねて来てくれて色々話すことが出来たことが、俺としては結構嬉しかった。





 先週日曜の昼前、俺の部屋で前日から泊まっているミキとまったりしていると、ヒトミから電話がかかって来た。


『兄ちゃんに渡したい物があるんだけど、今から行ってもいい?』


『ああ、母さんから食料とか送って来たのか』


『うん。兄ちゃんの分も一緒にまとめて送って来たから』


 ヒトミは国立C大学近くのワンルームに住んでおり、自転車なら俺のワンルームまで飛ばせば10分程度で来れる距離で、今からとなれば直ぐに来てしまうので、ミキと鉢合わせてしまう。


『そっか。でもすまんが、いま人来てるから別の日にしてほしい』


『うーん、分かった。 じゃあ明日(月曜日)の午後か夕方空いてない?』


『夕方はバイトあるから無理だけど、午後は授業取ってないし昼からバイトの時間までの間なら何時でもいいよ』


『じゃあお昼頃にお邪魔するね』


『了解』


『じゃあね』


『あいよ』



 通話を終えると、ミキに通話相手のことを聞かれた。


「妹さんから?」


「うん。上の妹のヒトミ。渡したい物があるからって言われたけど、明日にして貰ったよ」


「えー、今日来てもらえば良かったのに。一度直接会って挨拶したかったなぁ」


 ミキには妹が二人居ることも、上の妹が国立のC大学に入学して、この春から同じ市内で一人暮らしをしていることも話していたが、会わせたことは無い。

 そしてヒトミには、俺に彼女が居ることは話していない。というか、少し事情があって妹と恋愛の話題は避ける様にしていた。

 その事情と言うのが以前妹との仲が拗れた原因にもなっているので、俺としてはミキとヒトミをしばらくは会わせるつもりは無かった。


 だから、兄妹の間の事情をミキに話す気になれなかったので、ミキに対しては誤魔化すようにした。



「いや、妹に自分の彼女会わせるとか気不味過ぎて無理だし。もし逆に妹から彼氏紹介したいとか言われても、全力で遠慮しちゃうぞ、俺」


「そう?ウチにも弟居るけど、弟に彼女出来たらめっちゃ会ってみたいけど? 『生意気だけど、弟のことよろしくね』とか言って弟の反応見てみたい」


「その弟くんにしてみたら、地獄だな。ウチじゃありえないよ」


「それくらいは普通だよぉ。妹さんだってお兄ちゃんの恋人に興味あるはずだよ?」


「興味あろうが、ミキとの時間を邪魔されたくないの! 週末くらいしかこうしていちゃいちゃ出来ないんだし、今日は良いでしょ?」


 妙に妹のことに喰いつくので、そう言って強引に抱き着いてイチャイチャ誤魔化す様にして妹の話題は無理矢理終わらせた。




 ◇




 ヒトミと約束していた月曜日のお昼。

 午前中の授業が終わると、いつもだったら大学の学食で友達と昼飯を食べて、午後授業が無ければそのまま友達とお喋りしたり遊びに行ったりするのだが、この日は用事があるからと学食には行かずに友達たちと別れて、一人自宅に帰って部屋の掃除をしながら妹が来るのを待っていた。


 ヒトミは、13時少し前にリュックを背負ってやってきた。

 久しぶりに見た妹は、女子大生らしくメイクはしているが、ドコか垢抜けしきれてないような、ちょっと微妙は服装で来た。 まぁ、男友達や彼氏と遊ぶ訳じゃないし、兄貴相手にお洒落はしないだろうけど。


「いらっしゃい。 ご苦労さま」


「兄ちゃん、久しぶり。 お邪魔します」


 妹を室内へ案内すると、床にリュックを降ろして座り、リュックの中からレトルトやインスタントに缶詰などの食料品を取り出して、ローテーブルに並べだした。


「結構な量あるな?重かっただろ」


「ダンボール一杯に送って来たから、半分持ってきた。ここまで運ぶのキツかったよ」


「そっか悪かったな。でも助かるよ」


「ホントだよ。 今度からは私のところじゃなくて、兄ちゃんに送るように言うし」


「ははは、多分言ってもダメだろうな。俺、いい加減だと思われてるし、ヒトミの方に送った方のが安心なんだろ」


 GWはヒトミは実家に帰省していたらしいが俺は帰省しなかったので、ヒトミがコチラに引っ越した日以来で会うのは2カ月ぶりだったが、毎日顔を会わせていた実家時代よりも、久しぶりの方が気軽に話しやすかった。



 持ってきてくれた食料品を受け取りキッチンで片付けをしていると、ヒトミは室内を物色し始め、脱衣所を覗いては「へ~結構綺麗にしてるんだね」と言い出し、俺も「コラコラ、勝手に見るんじゃないよ」と、兄妹らしい距離感の会話がなんだか嬉しかった。


 そんな感じでやり取りを続けていると、ヒトミの方も俺の態度に安心したのか「お腹空いた~」と言い出しお昼がまだだと言うので、昼飯を作ってあげることにした。


 ウチの両親は共働きだったので、実家では俺が中2くらいまでは簡単な物だけどメシを俺が作って妹二人に食べされることがちょくちょくあったが、中3になって受験勉強が本格的に始まると作ってあげることは無くなっていたので、手料理を食べさせるのは5年ぶりだった。


 焼きそばを二人前作り、小さいローテーブルに向かい合って座り食べ始めると、ヒトミは機嫌が良いのか、饒舌じょうぜつに話し始めた。


 

「兄ちゃんの焼きそば、すごい久しぶり。 味付けも昔と全然変わって無いし、なんか懐かしいね」


「そうだな。昔は焼きそばとか炒飯とかこんなんしか作れなかったしな」


「そういえば、キッチンの道具とかも色々揃ってるし、今も料理してるんだ」


「ああ、節約したいから、なるべく自分で作って食べてるよ」


「へー、私も頑張らないとなぁ」


「一人暮らしの方は、もう慣れたのか?」


「うん。学校もバイトもちゃんと行ってるよ」


「そっか。ヒトミは俺よりしっかりしてるし心配はしてないけど、なんか困ったこと有れば言えよ」


「うん、ありがと…」


 久しぶりによく喋るヒトミを前にして、少し調子にのって兄貴らしいことを言うと、ヒトミは急にトーンダウンして、箸を持ったまま物思いにふける様な表情をした。

 まだ大学に入学して2カ月半ほどで、慣れない学校と一人暮らしで色々と疲れているのだろうと思い、あまり突っ込んだ事は聞かない方が良いだろうと、俺もそれ以上は要らないことを言わずに大人しく焼きそばを食べていると、ヒトミが箸を置いて、俺の顔を見て話し始めた。



「兄ちゃん、ミドリちゃんのことだけど…」


「ぶほっ!?」


 ヒトミの口から出て来た不意打ちの名前に、口の中の物を吹き出しそうになって、思いっきりせてしまった。









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