第11話 勇気を出して、雨宿り

「…………」


 部活からの帰り道。灯織は雨が降りしきる中、傘を差しながら遊歩道を歩いていた。


 天気が悪いと気分も悪くなる人が多いが、灯織は雨が好きだった。


 センチメンタルな感じとか、心に寄り添ってくれる感じとか。晴れには、そういうのないから。


「って────ええ!?」


 灯織は目を見開いた。大雨の中、傘も差さずに長い髪を振り乱して、こちらに向かって爆走してくる女の子がいたからだ。


「な、何してるんですか!?」

「……!」


 びしょ濡れの女の子は、今にも泣きそうな顔で叫んだ。


「失恋したのよおおおおおおお!!!」

「……はい!?」


 金色の髪から水を滴らせ、彼女はその場を走り去ろうとした。灯織は思わず、道を通せんぼする。


「い、一旦雨宿りしましょう……! か、風引いちゃいますから……」

「うぅ〜…………………………」


 灯織はずぶ濡れの女の子を連れて、近くにあったバス停の小屋に避難した。


 小屋は読んで字のごとく小さかったが、隅々までよく清掃が行き届いており、まして座るだけならば何の不自由もなかった。


「……タオル、使います?」


 灯織は心配そうに女の子の顔を覗き込む。すると、彼女は絶望した表情で佇んでいた。


「こんな思いをするなら、花や草に生まれたかった──」

「そこまで思い詰めなくても! と、とにかく顔を拭きましょう……!」


 灯織は無理やりハンドタオルを持たせた。堪忍したのか、彼女はそれで顔を拭き始める。


「バッグも結構濡れちゃってますね……」

「ご、ごめんなさい。別にいいのに」


 大丈夫ですよ、と言いながら灯織は別のタオルでバッグを拭いていた。


「その、部活でよくタオルを忘れる子がいるので。何個も持ち歩いてるんです」


 灯織は彼女と話しながら、すごく綺麗な子だと思った。ハーフなのだろうか。白い肌は、思わず触れてみたくなるほど綺麗だった。私服を着ているが、おそらく学生だろう。


「……ふふ。そうなのね」


 そう言って、彼女は微かな笑みを浮かべた。


 そうだ。あの時は取り乱してしまったが、まだ失恋したと決まったわけじゃない。それに自分自身、まだ彼のことを好いているのかわからなかった。


 でも、もう一度会えたその喜びだけは……本物だと信じたい。


「うわ、すごい雨だわ」


 雨はさらに勢いを強める。地面に打ちつけられる音が、彼女らの喋っている声をかき消すほどだった。


「…………なんか、怒っているみたい」

「えっ、何か言った?」


 彼女は灯織の方を振り返る。大雨のせいで、何も聞こえていなかった。


「い、いえ! なんでもないです」


 そう言って、灯織は俯く。それを見かねた女の子は座ったまま、灯織に近づいた。


「ごめんなさい。外がうるさくて」

「す、すみません。わたしの声が小さくて──」


 そう話しているうちに、一瞬のゲリラ豪雨のようなものはさすがに止み、次第に落ち着いてきた。


「ううん、アナタのせいじゃないわ。大体、雨がうるさすぎるのよ!」


 限度ってもんがあるでしょ! と彼女は言葉の節々に怒りをにじませる。灯織も深く頷いた。


「……ねぇ」


 一通り雨を罵倒した後、彼女は灯織の方にくるっと振り返った。


「さっき部活帰りって言ってたけど、何の部活をやってるの?」

「わ、わたしですか? えっと、バドミントンです」


 灯織がそう言うと、彼女は顔をパーッと明るくした。


「バドミントン……! いいわね、羽根をバーンって打ち返すやつ! スマッシュだったかしら? あれ、超カッコイイわよね! できる!?」

「い、一応は……」


 彼女はラケットを振るジェスチャーをしながら問い掛ける。怒涛の畳みかけに、灯織は苦笑いを浮かべるばかりだった。


「えっと……そちらは学生さんですか?」

「うん。アナタと同じ海北かいほく生よ」

「い、一緒だったんですね……!」


 灯織は少しびっくりした。すると、彼女は灯織が着ている青色のジャージを指さす。


「ええ。だってそのジャージ、ワタシも同じ色の持ってるもの!」

「そうだったんですか……え、ということは、同い年?」

「ええ。だから、敬語なんてやめなさい!」


 彼女の笑顔に、灯織も思わずつられた。冬弥と同じだ。自分には無いものを持っている。


「おっ、雨止んできたんじゃないかしら」


 外を見ると、さっきまでザーザー降っていた雨が弱まっていた。たしかに、これなら傘を差さなくても帰れそう──。


「そうですね。……それじゃあ、私はこれで」


 灯織はさりげなくその場を去ろうとした。自分から見知らぬ人に声をかけて、一緒に雨宿りまでしてしまうなんて。


 わたし、頑張った……! と灯織は心の中で呟き、小さく拳を作る。


「待って──」


 灯織が踵を返した瞬間、後ろから手を掴まれた。


「ワタシ、二階堂エマ。あなたは?」

「えっ、名前?」


 ええ、と言ってエマは頷く。その目は、小さな女の子のようにキラキラしていた。


「お友達になりましょう! せっかくの機会だし!」

「!?」


 灯織は少したじろいだ。しかし向こうから名乗ってくれたのに、こちらが名前を言わない訳にも行かない。それに目の前の彼女はいい人だから、ぞんざいに扱う気にもならなかった。


「……わ、若宮灯織です。灯すって字に、織田信長の織って書いて、灯織って読むんだけど……」


 蚊の鳴くような声でそう言うと、エマは繰り返した。


「灯織──灯織ね! いい名前だわ。じゃあ、そろそろ行くから! ん? どこかで聞いたような──まぁいいや!」


 また会いましょうー! と叫んで、エマはその場を後にした。


 灯織もまた小さく手を振り返す。部活やクラスメイト以外で、自分に友達ができる日が来るとは。


「……ふふん♪」


 灯織はご機嫌に鼻歌を歌いながら、帰路に着くのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る