ラブコメはティータイムの後で。-借金返済のために、美女姉妹の喫茶店に住み込みで働くことになりました-
若宮
第1話 その声がする方へ歩き出す
「ただいま……って、誰もいねぇか」
平日の夜十時。
両親は三日帰ってこないことも珍しくなく、家で留守番をしていると、強面の男の人がドアを叩いていることもよくあった。
「……ん?」
すると、冬弥はあることに気がつく。テレビや椅子などの家具類がごっそり消えていたのだ。貴重品の棚を開けると、母が大事にしていた宝石類も無くなっている。
「──はは、冗談きついぜ」
冬弥は震えた声でそう呟いてから、テーブルの上に一枚の手紙が置いてあるのを見つけた。
そこには適当に殴り書きしたような文字で、こう書いてあった。
【父さんと母さんは、一攫千金を狙って海外に行きます。ちょっとだけ借金があるから、頑張って返済よろしくね】
冬弥はその手紙を読み終わった瞬間、あんぐりと口を開けた。しばらく、手紙と誰もいないリビングを交互に見る。
「ど……どういうことだよ! 一攫千金なら日本でもできるだろ!」
思わず手紙の内容にツッコんだ後、冬弥は頭を抱え込んだ。こんなことが現実にあっていいはずがない。だって自分はまだ高校生だ。これから青春真っ盛りだってのに、どうしていきなり両親がいなくなるんだ。
「この畜生が……なんて奴らだ! 俺のことなんてどうでもいいんだろ……!!」
冬弥はひとしきり叫んだ後、やがて諦めたように大きなため息をついた。自分は無責任な両親に逃げられ、ついでに借金を背負わされた。そして今、一人ぽつんとマンションの部屋にいる。誰に相談すればいいのかわからない。また、相談してどうにかなるとも思えない。
「……あっ」
手紙の横に、通帳が置いてあるのを見つけた。なんだろう。もしかして、借金の額が載っているのだろうか。たしかに親が借金を抱えているというのは何となく分かってはいたが、具体的な金額までは知らない。
冬弥はおそるおそる、通帳を手に取ってみる。
「…………ご、五千万!? 五百万の間違いじゃないのか……?」
冬弥は通帳の額を見て、引きつった笑いを浮かべた。それはとても高校生には支払えない、多額の借金だった。両親は自分たちの不始末を息子一人に押し付けて、海外のどこかに旅立ったのだという。冬弥はあまりに理不尽すぎる現実に、めまいを覚えた。
「あぁもう! なんなんだよ……!」
『プルルル……プルルル……』
部屋の片隅にある電話が鳴っていた。どうせ借金返済の催促だろう──。
「……っ」
冬弥は半分やけくそで、その受話器を取った。
「もしもし……」
『君が、冬弥くんかね』
聞こえてきたのは、知らない男の声だった。おそらく中年男性であろう。低く抑えの利いた声で、受話器越しに威圧感さえ感じられる。
「そ、そうですけど……」
『私は君のお父さんとかつて友人だった者だ。つい先程、彼から連絡があった。「金を稼ぐために海外に行く。しばらく戻らない──息子は置いていく」とね』
冬弥は驚いた。自分の知らないうちに、そんなやり取りが行われていただなんて。
『だからこうして、私が連絡をしたのだ』
「えっと、あなたは……」
『ああ、申し遅れたな。私は
若宮と名乗る男は、そこで一度言葉を切った。そして、続ける。
『親が行方不明、また死亡した場合は家族に請求権が行く、ということは君も知っているだろう。つまり五千万円の借金は君が返済しなければならなくなったわけだが……こちらも学生が親の借金を押し付けられているのを見過ごす訳には行かない。よって、この私が借金を肩代わりすることに決めた』
冬弥にとって、それは願ってもない提案だった。
「ほ、本当ですか!?」
『ただし』
だがその喜びも束の間、若宮の一言によってかき消される。
『条件がある』
「じょ、条件?」
『そうだ。一年前、私の娘が札幌に喫茶店をオープンしてね。学生に大人気だが、それゆえに人手が足りていないらしい』
若宮は淡々と言った。それを聞いて、冬弥は冷や汗をかく。
「ま、まさか……」
『そうだ。借金返済の見返りとして君には、娘が経営する喫茶店に住み込みで働いてもらう。私が「いい」と言うまでだ。どうだね?』
冬弥は絶句した。喫茶店に住み込みで、働く……だと。それも、知らない街で。
『既に娘と話はつけてある。どうだ?』
冬弥は唇をぎゅっと噛んだ。あまりに突然の展開で、上手く頭の整理がつかない。今ある生活や友人関係をかなぐり捨てて、まったく別の環境に飛び込むのはかなり勇気がいることだろう。
しかし、それで借金を肩代わりして貰えるのならやるしかない。現にこの男の人は何も持っていないはずの自分に手を差し伸べようとしているのだ。その手を掴まない理由はない。
冬弥は唾を飲み込んでから、言った。
「や、やります! ぜひ働かせて下さい!!」
『ふむ、そうか』
男性は相変わらずの低い声で答えた。しかし、どこか上擦っているようにも聞こえる。
『では、明日から頼むぞ。まず君の家から荷物をまとめて、羽田空港に行きなさい。それから、空港のカスタマーセンターで──』
「は、はいはい……!」
冬弥はその話を聞きながら、必死にチラシの空いているところにメモをした。
そして、『家までの経路を送っておくよ』と言ってFAXが送られてきた。目の前に吐き出された紙を、冬弥は手に取る。
「あ、ありがとうございます──」
『そういうことだ。じゃあ、よろしく』
冬弥は受話器越しに何度も頭を下げ、電話が切れたあとも、感謝の気持ちで胸がいっぱいであった。
「そうと決まれば、早く荷物をまとめないと……!」
冬弥はそうつぶやくと、急いで旅行鞄に荷物を詰め込んだ。
しかし、いくら何でも急すぎる。両親が突然いなくなったかと思えば、借金を押し付けられ、さらに見知らぬ土地で働くことになるとは。こんな人間はおそらく後にも先にも自分だけだろう。
そんなことを考えながら、冬弥はキャリーケースに荷物を詰め込み始めた。そこには未来への不安と、新生活への微かな希望があった。
☆
「ここが、俺の新しい家か……」
翌日、冬弥はスーツケースを引きずって、喫茶店の前に着いた。早朝の便に乗り、東京から札幌に到着。寒さに凍えながら、空港から電車で30分移動。琴似駅で降りて、数分歩くとその店はあった。
「喫茶店『ワカミヤ』……ねぇ」
冬弥は呟く。建物の外観は綺麗で、新築の雰囲気を感じさせる。それでいて木の質感が色濃く出ていた。
いかにも喫茶店、と言った感じである。
「うっ、寒っ……!」
時々吹き抜ける突風に北の大地の寒さを肌で感じながら、思わずそんなことを口にした。今すぐにでも店の中に入ってしまいたいが、なかなか勇気が出ない。
しかしもう、ここまで来てしまったからには引き返せないのだ。冬弥は覚悟を決めると、ドアを開けた。カランカラン……とベルの音が鳴る。
「いらっしゃいませーっ! 少々お待ちください!」
いきなり、元気な声に出迎えられる。聞くだけで元気が出るようなかわいい声だったが、声の主は見当たらなかった。
冬弥は辺りを見渡した。全体的に落ち着いた雰囲気だ。街中ではありえないほど広くて、窓から差し込む光が眩しい。そして、暖房が利いていてあったかい。
「────って、あぁ。キミか」
しばらく感傷に浸っていると、奥の方から女性が出てきた。
「……!」
あまりの女性の麗しさに、冬弥は目を奪われた。小さな顔と、抜群のプロポーション。すらりと伸びた脚は、まるでモデルのようだった。
「……えっと、水澄冬弥くんだよね?」
「は、はい! おはようございます!」
冬弥はエプロン姿の女性に顔をのぞき込まれ、慌てて挨拶をした。
「そう。私、
そう言って、紅色髪の女性は笑った。頬が熱くなったのは、店の暖房が利きすぎているせいだろう。今はそういうことにする。
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