2-20 誰かの未来のために



 二年に一度行われる鳳凰の儀は、の宗主と朱雀の神子みこに選ばれた舞人まいびとが、四神朱雀に舞を捧げる儀式。かつての神子が行っていた四神の巡礼が元になった儀式であるが、いつの頃からかその目的が別のものへと形を変えていった。


 それは、次の宗主の座を巡る、別名、"神子みこ争奪戦"。最後に朱雀の神子みこと共に立っていた者が、次の宗主に選ばれるというのもだ。


 鳳凰の儀の始まりを告げる、宗主と朱雀の神子が舞う鳳凰舞。本来は転生を繰り返していた神子が、四神である朱雀との契約を結び直すために行ったのが始まりである。


 その後、二年に一度、朱雀の陣を強化するために行われており、朱雀と共に舞を舞うことで、陣の効力を保っていた。


 しかし神子が晦冥崗かいめいこうでの大戦以降、転生しなくなってしまったため、その儀式自体が簡易的なものとなっていく。


 そんな中、ある代の血気盛んなの一族の宗主が始めた祭。それが現在の、下剋上あり、宗主交代ありの、大乱闘"神子みこ争奪戦"へと姿を変えてしまったのだ。


 朱雀、老陽ろうようは、もはや勝手にしてくれと言わんばかりに、それに関して干渉することはなかった。

 そもそも誰もその姿を認識できないので、なにを言ったところで無駄だろう。


「私の神子みこ、無理は禁物だよ」


 花嫁衣裳の上に纏っている、金の糸で描かれた鳳凰と美しい花の模様の赤い羽織をそっと整えて、愛しい神子みこが無理をしないようにと、言葉をかける。


 鳳凰の儀の前に、朱雀を祀る炎帝えんてい堂に姿を見せた、無明むみょう蓉緋ゆうひ

 これは長年続く儀式的なもので、今まで老陽ろうようがこのように声をかけることなどなかった。


 それはもちろん、その姿が見える者がいなかったことと、本来の鳳凰の儀ではないものに関わる義務もなかったからだ。だが、今回は違う。


「うん、俺、頑張るよ。本来の鳳凰の儀を再現してみせる。でも一番の見せ場はやっぱり四神である朱雀だから、老陽ろうよう様も一緒に頑張ろうね!」


「ああ、君が望むようにしよう」


 妖艶で美しい老陽ろうようは、慈愛に満ちた表情で自分の主を見下ろしていた。この神子みこが望むなら、どんなことでも叶えてやりたい。


 そう、老陽ろうようは思っている。なんなら、鳳凰の儀がどんな形になろうと特に興味はなかった。神子みこが目の前にいる。

 それだけでも、数百年ここで待ち続けていた甲斐があった。それはどの四神も同じ気持ちだろう。


 あの日からずっと、自分たちの主が目覚めるのを、待っていた。


蓉緋ゆうひ、だったか。神子みこを頼んだよ。無論、私たちも力は貸すが、実際に守れるのはお前しかいないのだから」


 華守はなもりである白笶びゃくやに関しては見ている事しかできず、他の四神たちも間接的に力は貸せるが、それも無明むみょう次第なのだ。

 無明むみょうが望まなければ力は貸せず、間接的にも直接的にも守ることは叶わない。


 蓉緋ゆうひは丁寧に拱手礼をし、この地の守護聖獣である朱雀に敬意を示す。


 直視することすら恐れ多い存在であるのに、隣にいる無明むみょうがあまりにも友好的な態度なので、ふたりの認識にはかなりの高低差がある。


「はい、全力を尽くします。これは都合の良い話かもしれませんが····朱雀、老陽ろうよう様、どうかこれを機に、この地を、我々を再びお守りください」


「そのつもりだ。それが神子みこの望みだからな、」


 無明むみょうの方へ視線を送り、老陽ろうようは当然のことだとでも言うように頷く。


 それくらい、神子みこである無明むみょうの存在が、四神たちにとってはすべての中心であり、逆に神子みこがこの国を憎むようなことになれば、彼らは守るどころかすべてを滅ぼしかねない存在であることを、改めて思い知る。


無明むみょうがそんなことになるとは思えないが、紅鏡こうきょうでの彼の扱いを考えると、よくこんな真っすぐな子に育ったものだ)


 話には聞いていたが、紅鏡こうきょうの第四公子としての無明むみょうの噂は散々なもので、姜燈きょうひ夫人がその元凶のようだった。


 けして良いとは言えない噂もあり、そういう印象が強かったため、四神奉納祭でのあの登場の仕方は、確かに強烈だった。


(まさか、正真正銘のあの神子みこで、自分が関わることになるとは思いもしなかったわけだが、)


 しかも、こんな感情を抱くことになるとは、自分自身予想だにしなかった。すでに断られているので希望はないが、この儀式の間だけは自分だけのものなのだ。鳳凰の儀が成功すれば、この地を離れ、次の地へと旅立つだろう。逆に、成功以外の結果は赦されない。


蓉緋ゆうひ様?」


 老陽ろうようとの簡単な挨拶を済ませ、炎帝えんてい堂を後にした無明むみょうたちは、鳳凰の儀が行われる舞台へと向かっていた。


 朱雀宮の中に設けられているその広い舞台は、遠くからでもよく見え、ひとが大勢集まっている様子が窺えた。この儀式の時だけは、光焔こうえんに住む民たちにも開放されるのだ。


「前にあそこに立った時は、俺がこの地を一族を根本から変えてやろうと思っていた。くだらない争いを抑え込んで、そのせいで苦しんでいる民たちを救いたかった。自分たちのような行き場のない子供が、少しでも減らせたらと思っていた」


 うん、と無明むみょう蓉緋ゆうひを見上げて相槌を打つ。彼がここに立つまでの過去の話を聞いたからこそ、その気持ちは十分に理解できた。

 それが蓉緋ゆうひの本音だろう。


「今は······そうだな。これから変わっていくだろう一族の未来を、君に見せたいと思っている。どう転ぶかはわからないが、この鳳凰の儀を本来の儀式に戻し、朱雀の存在をこの地に住む者たちの希望にしたい。一族が本来守るべき者たちを守れるよう、民が俺たちを遠慮なく頼れるよう、これを礎として築いていきたい」


 そう言って、市井しせいの方を見つめる蓉緋ゆうひに、うん、と再び無明むみょうは頷く。それが、宗主である蓉緋ゆうひの望む未来。それを叶えるためにも、儀式を成功させなくてはならないだろう。


「俺も、そんな蓉緋ゆうひ様の夢を守りたい。術士同士で戦うのは、ちょっと怖いけど····俺、頑張る!」


「怖くなどないさ。俺がいるからな」


 ふっと口の端を上げて、いつもの嫌味っぽい笑みを浮かべる蓉緋ゆうひに、少し緊張していた無明むみょうは肩の力が抜けるようだった。


「では、そろそろ行こうか」


「うん、行こう!」


 蓉緋ゆうひは自分の左側に立つ無明むみょうの右手を取って、歩き出す。

 ここから先は、頼れるのはお互いだけ。

 鳳凰舞を舞った後、それは始まるのだ。



 そして、それぞれの思惑を胸に、待ちに待った舞台の幕が上がる――――。



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