第13話

 ※この話に関連して、10話を微妙に改稿しました。(前のままだと聖女召喚しないで【誓約】だけすれば良かったのでは? となってしまうので)



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「全然わかっていない様子だな、リア。まあ、詳しい話の前に、とりあえずここから出ようか。いるだけで気が滅入るだろ、こんなところ。まったく、俺に用があるなら俺を呼び出せばいいのに、地下牢に聖女を連れて来るとかなにを考えてるんだか……」

 バージルさんはぶつぶつとそんなことを言いながら、ひゅっ、ひょいっと指先を踊らせた。それだけの動作で、鉄格子がまるで何もなかったかのように元へと戻り、護衛の人たちが宙に浮いてすたすたと歩くバージルさんに連れられて行く。


 いや自由だな死刑囚。なぜ当たり前のように場を仕切っているんだ死刑囚。どうして死刑囚の仕切りで場所を変えられるんだ死刑囚。


 バージルさんを先頭に地下牢を出て、時折出会う人にぎょっとされたり果敢にもバージルさんを止めようとした人がまたもガクンからの後ろに浮いている人の仲間入りを果たしたりする中、殿下に手を引かれるままに進む。

 階段をあがり、廊下を抜け、やがてたどり着いたのは城の庭園。花よりは樹木の印象が強い静かで落ち着いた雰囲気の一画に、白を基調とした愛らしいガゼボがあった。備え付けの、こちらも白いガーデンテーブルとガーデンチェアは、よく手入れされているようで綺麗だ。


 わあステキ。よくこんなところを知ってましたね死刑囚。あ、殿下もエスコートありがとうございます。いや死刑囚をこんな自由にさせておいて良いんですかね王太子殿下。

 まあ、止めようがない気がするはするんですけども。

 芝生の上にそっと転がされた、バージルさんを止めようと挑みそして気絶させられた方々を横目に、そんなことを考える。

 まあ無理だよなぁ。止めようとしたらこうだもんなぁ。みんな呼吸はしているようなので、ただ眠らされているだけだとは思うけど。


「バージル、久しぶりに君のいれてくれるハーブティーが飲みたいな。さすがに菓子までは出せないかな?」

「はいよ。どれも豪勢にとはいかないが多少なら用意できるから安心しろ。リア、苦手なハーブとかあるか?」

 私の隣に腰掛けた王太子殿下はニコニコとそんなリクエストをして、その対面に腰掛けたバージルさんは当たり前のようにそれに応じ、私に問いかけた。


「いや、なんでも大丈夫、ですけど……?」

 まだ全然事態が呑み込めていない私がぎこちなくそう答えると、バージルさんは軽く頷き、くるり、ひょいっと指先を踊らせる。

「そうか。まあ試してみて好きじゃなかったら言えば良い。変える」


 テーブルクロスが、ポットが、お湯が、種々のハーブが、ティーカップが、クッキーが、チョコレートが、お皿が、スプーンが、他にも用途や名称がよくわからない色々が。ぽんぽんぽんと現れ、幻想的に宙を舞って、やがて机上に整えられた。

 そうして瞬く間に用意されたのは、夢のようなお茶会。わあ、テンションあがるー。

 ……いや、思わず関心しちゃったけど、この死刑囚ずいぶん自由だな!! そりゃ、ここまで魔法でなんでもできるなら、地下牢で暮らしていても美貌が衰えないはずだよ! くたびれようがないよ!


「さすがだね、バージル」

 殿下はそれを見て満足そうに褒めたたえけれど、バージルさんはまだ納得がいっていないのか憮然とした表情で返す。

「さすがに生菓子はないけどな。あ、果物ならまだ多少ストックが……」


「いや大丈夫です! バージルさんの貴重なストックをわざわざ放出していただかなくとも! ちゃんと、3食プラスオヤツをいただいているので!」

 さらに果物まで出そうとしたらしい死刑囚バージルさんを、慌てて止めた。あなた一応囚われの身でしょうよ。ストックというからには限りがあって、囚人がそう補充できるわけではないでしょうよ。


 バージルさんは小首を傾げ、ふむ、と仕上がりを確認するように机の上を見渡す。

「そうか? 別に貴重って程ではないんだが……。まあとりあえずこんなもので良いか。さ、どうぞ。ああ、毒見がいるか?」

「や、大丈夫です。バージルさんのことは信じているので。い、いただきます……」

 むしろ王太子殿下の毒見役のつもりで、そう宣言した私は1番先にティーカップに口を付ける。


 一口飲んだところで、ほう、と吐息が漏れ出た。ハーブのことはよくわからないけれど、甘い良い香りがしていて、とても落ち着く。

 王太子殿下とバージルさんも軽くお茶に口を付け、場の空気がどことなく緩んだ。


 バージルさんはかちゃりとカップを置くと、穏やかな声音で言う。

「さて、リアが魔法が使えないという話だったな。謝る必要はない。別に良いんだよ、お前は魔法なんか使わなくても。リアは垂れ流している魔力だけでも十分な仕事をしてくれている。まあ、使ってみたいというなら教えるが」


「で、でも、私は、魔王を倒さなくちゃいけない、んですよね? バージルさんは、そのために私を呼んだはずです。それには、やっぱり魔法が使えなくちゃ……」


「いや、魔王戦は、リアが指揮を執ってくれればそれで十分だ。と断言しよう」

 いやさすがにそんなことはないのでは、と思うのに。

 バージルさんはそれが自明の理とばかりに堂々と断言し、王太子殿下までそれに同意する。

「聖女様がいてくれるだけで、士気がこの上なく高まるでしょうからね。それだけでも、大変ありがたいことですよ」


「まあ……、そういうこと、かな」


 なんだか歯切れの悪いバージルさんに、一瞬違和感を感じたものの。

 つい、と彼の視線がこちらに向き、そのあまりの真剣さに、私は硬直する。


「いいか、リア、勘違いするなよ。元よりお前に、この世界を救う義理などない。まあ、聖女がいるからには、助力を希う奴らは少なからずいるだろう。しかし、それに応じなかったところで、お膳立てや交渉に失敗した俺たちこっちの世界の住人が悪いだけだ。罪悪感を感じる必要はない」


「その通り。最悪世界が滅びることまで、我々は想定して覚悟して備えてきました。聖女召喚が禁止になったというのは、そういうことです。聖女様の存在は、想定外の僥倖。力を貸してくれなどととても言えませんし、現状でも十二分にありがたいことです」


 すかさずこちらも真剣に王太子殿下はそう述べた。

 そんな彼を、バージルさんは冷ややかに睨みつける。


「だというのに、聖女にわざわざ地下牢に足を運ばせるなんてなにをやっているんだか。リアは1ヶ月くらい、ただダラダラしてて良かっただろ。こっちの生活に慣れてないんだから。魔法が使えないって、むしろなぜ魔法を使おうとしたのか。もっと遊び惚けさせておけよ王子。挙句思い悩み、死刑囚なんかに頭下げるまで放っておくとか……」


「不甲斐ないとは思っているよ。だから、君の拳を避けなかったんじゃないか。……申し訳ございません、聖女様」

「いや、そんな、謝っていただくようなことではないかと……!」

 バージルさんに拗ねたように返してから、こちらに頭を下げようとする殿下を、慌てて止めた。


「その、皆さんが悪いわけじゃなくて、勝手に私が、私のために魔法を使いたいだけ、なんです。ぶっちゃけ、現状が心地良いので、絶対にこの地位にしがみつきたい、というか。魔法が使えたら安泰だろう、みたいな。そういう、下心的な感じでですね」


 思い切って打ち明けてみたのに、バージルさんは『わかってないな』とばかりにため息を吐く。


「そう思わせたのが王子サマたちの失敗って話なんだよな……。魔法なんかなくても、お前の地位は安泰だよ。こんな短期間でどうにかなるはずもない。なー、お前の母親、この国の王妃、嫁いですぐの時期、環境の変化に体が付いていかず、臥せっていた時期あったらしいな? あれはどれくらいだったんだ?」


「ああ、母はいつでも温暖で乾燥した国の出身だからね。嫁いできたのが秋だったせいもあって、寒くなるにつれ体調を崩して、春になって持ち直したかと思ったら長雨でやはり体調を崩して、10ヶ月近くろくに公務に出られなかったそうだよ」


「ほらな。異国出身の王妃でこれなんだから、別の世界から来た聖女なんて、もっと休んで良いはずだ。タダメシ上等。リアは、もっと食って眠って遊んでダラダラしろ。王子サマにのぼせ上って夢見心地で静養に励め」


 お、おおう。関係あるんだかないんだか、いやたぶんない前例を出されて、怠惰を勧められてしまった。

 王妃様が嫁いできた時期がどうだったか知らないけど、今は魔王が出るの出ないのという緊急時なんだし。魔法使えない聖女とか、聖女名乗っていていいのか疑問だし。

 ちょっと違うんじゃないかなと思いながらもなんとなくはあ、と頷いた私が怠惰の勧めを了承したと捉えたのか。

 バージルさんはうんうんと頷くと、席を立って私の横へと移動する。


「ま、心置きなくダラダラするためには、気づいてしまった悩みの解消は必要だな。魔法は使えるように指導してやろう。本来は、そんなことに気が付かないくらい夢見心地で過ごしているべき時期なんだが」


 私の傍らに立ったバージルさんに、私も正面を向けて立とう、としたらそれは手のひらを向けて止められた。立ったままのバージルさんと、椅子に座ったままの私はとりあえず向かい合ってはいる。


「ただし、魔法をこの世界の住人のために使ってやる義理なんざないことも、ちゃんとセットで覚えておけよ。使ってほしかったら対価を寄越せと言ってやれ。もっと傲慢になれ。お前は世界で1番偉いんだ」


 そう言ってニヤリと笑ったバージルさんは、この人こそが1番偉い人なんじゃないかなと思うくらいに自信満々で、かっこよくて。


「死刑囚なんぞと接近するのは複雑な気分だろうが、1回で成功させるから少しだけ我慢してくれ。俺と手のひらを重ねろ。お前の魔力を探って、動かしてやる」


 そう言って差し出された手のひらに自分のそれを重ねるとき、私はただひたすらにドキドキしていた。


 べ、別に長時間になってもかまいませんけど? 死刑囚云々とか、ここまで自由に振る舞っておいて今更かと? だいたい、1回の指導で成功なんて、いくらバージルさんでも、この1ヶ月を思うにないんじゃないかなー? なんて。

 いやそんな、バージルさんといつまでも手を重ねていたいとか、そんな下心では。そんなそんな。えへ。

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