第11話

 さて、聖女としてチチェスター王国に迎えられ、約1ヶ月。

 私は、王城の私に与えられた区画にある庭の片隅で膝を抱え、死にたくなっていた。


 いや、皆親切だしとても大切にされているんだけどさ。

 それはもう、一周回ってこちらも緊張してしまう程丁重に丁寧に丹念にもてなされている。

 だからこそ、いたたまれないというか。


 ドレスでもワンピースでもズボンでもローブでも、好きな服を好きに着れば良いとなんでも用意してくれるし、用意してくれる物は全て豪華で着心地も良い。

 毎食日本食とはいかないようで詫びられたが、この国の料理も洗練されていて普通にめちゃくちゃおいしい。

 日本食、よく似た物がこの世界になくはないのだけれど、この国だと米と調味料が貴重なのだそうだ。でも私のために輸入を増やすから、来年あたりには安定して出せるとか言われた。別にそこまでしてくれなくていいと言っておいた。

 お城、お城なだけにとても豪華だしどこも清潔だし、普通に水もお湯もじゃぶじゃぶ使えるし、トイレも水洗だった。

 広すぎて落ち着かないは落ち着かないし、そもそも城の中に住むこと自体緊張するのだけれど、警備上の都合もあると言われては、慣れていくしかないだろうと思っている。


 衣食住すべて問題ない、どころか快適過ぎてダメになりそうな程だ。

 頼まれていた3箇所の【穢れ】の浄化もバージルさんが空を飛んで連れて行ってくれて、浄化自体は秒で、移動を入れても全部1日で終わった。

 私の望みを叶えたくて仕方がない! とばかりにキラキラ顔面の王子王女とそれらに仕えている人々が周囲を取り囲んでいた時期もあったが、私がそういうのを喜べない性質であることを察したらしく、すぐに手紙など陰な私に優しい交流に切り替えてくれた。


 実に順風満帆な異世界生活、と思いきや。


「なんで私、歴代の聖女様たちみたいに魔法を使うことができないんだろう……」


 そう、これが、私の今抱えている唯一の問題で、私が死にたくなっている原因だった。


 歴代の聖女は、回復や補助、バリアの魔法が得意だったらしい。

 特に回復魔法に関しては他の追随を許さず、本来魔法でもどうにもできないはずの怪我や病でも、生きてさえいればどころか死んで数分以内ならどうにかできたとか。

 そこまで際立ってはいないものの、補助やバリアだって規格外なレベルで、聖女1人いればどんな絶望的な戦況だってひっくり返せる、はず、なんだけど。


「ごく簡単な魔法すら、発動させることができない……。というか、どうやって魔法を発動させたら良いのかわかんない……」


 なんか、魔力の中心あるいは塊とかいうのが、心臓のあたりにある、らしい。

 普通は、そこから魔力をぐーっと手のひらのあたりにまで持ってきて、手のひらから外に出す。

 その外に出た自分の魔力に命令? する感じで? 呪文を詠唱したり、魔法陣を描いたり、なんか流派によっては忍者の如く手を組み合わせて印を結んだりして魔法を発動させる、らしいのだけれども。


 なんでか、初期段階の、『魔力をぐーっと手のひらのあたりにまで持ってきて』が、できないんだよなぁ……。

 なんとなーく、あ、これが魔力? みたいなのは、あるのがわかるようになったし、実際浄化ができたからには垂れ流しにしているっぽいから、魔力なしってわけじゃないのだろうけど……。

 手のひらにむかって、動かせないんだが? 微動だにしないが? 本当に動くのこれ? みんなどうやって動かしているの?

『ぐーっと』ですか。なにも伝わってこないわ。


 そこでコケている。


「魔法、使えるようになりたいんだけどなぁ……。でもみんな、浄化はできているんだからそれで十分だとか、別に私が魔法使えないままでも良いとか言うし……」


 そう。

 元々こちらの世界の人々は、バージルさん以外みんな、聖女なしで今回の魔王をどうにかするつもりだったので。

 自分たちでもできることは、自分たちでやればいいと考えているらしい。

 というか、先代の啓蒙によって感じるようになった聖女への罪悪感から、できれば私にはあまり仕事をさせたくないらしい。


 だから、むしろ、私は魔法は使えないままで良い、みたいな。

 魔王が出現しても私がこのままじゃ、たくさん犠牲が出ちゃうと思うんだけど。でも元々いないはずだったし、浄化できているだけ御の字でしょ、みたいな。

 そんな雰囲気だ。


「でも、もっと役に立ちたい。こんなに良くしてもらっているんだし、そうでなくても誰一人死なせたくないし怪我させたくないし、万が一があったら治したい。……それに、先代の決めた法律をひっくり返すなら、私も同じくらいの実績を積まないと……」


 だから、正直焦っているのだけれど。

 今日も私の魔力は、心臓のあたりからぴくりとも動かない。

 

「バージルさん、今頃どうしているんだろう。バージルさんが教えてくれないかな、魔法の使い方。国で1番すごい魔法使いなんだから。いやでも、天才過ぎてできない理由がわかんないとか言うかな……。でも、あの人なら、少なくとも私を変に甘やかすことはない気がする。私に魔王倒してもらうために呼んだんだし……」


 そう思うのだが、バージルさんとは、召喚された日の翌々日(翌日は休めと言われた)にいっしょに【穢れ】の浄化に行って以来会えていない。


 なぜなら、彼は囚人なので。死刑囚なので。


 一応目論見通りに彼の死刑の執行は延期できたけど、彼を牢獄の外に出すにはそれなりの理由と煩雑な手続きがいる、らしい。

 基本的に、魔王か魔物関連で何かがない限り、彼は外には出られないそうだ。彼に仕事をさせる時だけ、監視と拘束付きでの外出が許可される。

 といっても、稀代の天才魔法使いである彼を封じておける牢獄など存在し得ないので、彼が彼の意志でそこにいてくれているだけらしいのだが。


「バージルさん、私の講師として外に呼べないかなぁ……。私に与えられたこの区画、無駄に広いし部屋も余っているし、こっちに住めば良いのに。……いや、たぶんこの建前では通らないな……。恨みを晴らすの一環で、ここの庭に犬小屋作ってそこに住まわせるとか言えばいけるかな……?」


 もちろん、本当に犬小屋に住まわせるつもりはない。

 だって、彼には感謝しているのだ。

 私は、あのままあちらにいては、こんな贅沢な生活はできなかった。

 祖父母がいなくなってから、私を必要としてくれる人どころか、私がそこにいることを意識している人すらいた気がしない。

 嫌われていたわけじゃない。いじめられていたわけじゃない。そんな負の反応すら得られないくらいに、誰も私に興味がなかった。

 透明人間みたいな気分を、日々味わっていた。


 みんなに必要としてもらえて、私にしかできないことがあって、感謝されて、大事にされて、ここは、すごく居心地がいい。

 バージルさんが、私のことを見つけてくれたから。ここに呼んでくれたから。彼のおかげで、私は聖女になれた。

 だからこそ。


「もっと、役に立ちたい。できることを、増やしたい。私は、私の居場所を失いたくないし、もっと確たるものにしたい。私のために」

 そう。どこまでも自分のためだ。私は私の価値と地位を高めたいだけ。

 だから魔法を……、と、思うのに。


「なにさ、ぐーっとって。みんな、私に仕事をさせないために、魔法を覚えさせないために、わざとわかりにくい教え方をしてるんじゃないの?」

 そんな風に拗ねてしまうくらい、ぐーっととやらがわからない。

 こっちの世界の人にとっては、手足を動かすようにわざわざ意識したり考えたりしないでできる動作らしいのだけれど。

 魔力のない世界から来た身としては、理論立てて教えて欲しいところだ。


「やっぱり、どうにかバージルさんに会わせてもらおう。それで、魔法の使い方を教えてもらおう。あの人の命と引き換えにしてまで呼んだ聖女がこの様じゃ、怒られるかもしれないけれど。でも、むしろ……」

 こんな不甲斐ない私の事、怒って欲しい。


 なんで魔法が使えないんだって、こんなのでどうやって魔王を倒すのかって、これじゃなんのためにバージルさんが命をかけてまで聖女を呼んだのかって、怒って欲しい。

 彼は、彼だけは、そうして良いはずだ。


 そしてだからこそ、彼ならば唯一私に厳しくしてくれるだろうと確信しているからこそ、私はバージルさんに会いたい。会いに行こう。

 きっと、それが今の私に必要なことだと思うから。

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