第9話

「……正直、行き詰っていたのです。これまでに発生した【淀み】とそこに残った【穢れ】は、今回浄化していただいた箇所以外に3箇所ございます。これまで、国を挙げそれらの浄化に挑んではきたものの、良くなるどころかじわじわと広がっているようでして……。心苦しいのですが、お願いいたします聖女様、これらを……」

 王女様は涙を心配になるほど雑に拭いながらそう言って、頭を下げようとする。


「わかりました。浄化、引き受けます。その3箇所も、今後発生した場合も、全部私が浄化します。あの、バージルさん、浄化って、私がただそこに行くだけで大丈夫なんでしたっけ?」

 王女様にまたも頭を下げさせる前に先走ってそう応えてから、傍らのバージルさんに尋ねた。


 確か、なんかさっきそんな感じのこと言っていたよね?

 でも、降り立っただけで浄化できたのって、聖女召喚の副産物あるいは初回特別サービスみたいなもので、次回から浄化するには特別な手順が必要だったりする?


 不安になって上目遣いでうかがったバージルさんは、はっきりとしっかりと頷いてくれる。

「ああそうだ。リアは穢れている場に行くだけで良い。お前が呼吸をするだけで自然に垂れ流している純粋で圧倒的な聖女の聖魔力によって、瞬時に浄化は完了するだろう」


 なんだそのものすごくものすごい備長炭みたいな性質は。

 バージルさんの返答に、私は内心頭を抱えた。


 いや、うん、そこに行って呼吸しているだけで他の人にできない仕事ができるというのは嬉しいのだけれど。

 思ったより簡単そうで、安心したはしたのだけれど。

 魔力なんてない世界から来た身としては、知らぬ間に自身がそんな面白体質人間になっていたというのが、とても複雑な気分なわけで。


「あ、ありがとうございます……。本当に、心より、感謝申し上げます……!」


 うん、王女様がこんなに笑顔になってくれたなら、面白体質人間でも良いか。いや良かったよ、私が面白体質人間で。

 王女様が実に嬉しそうに感謝を述べてくれたので、なんかもう、万事オッケーな気がしてきた。


「えっと、その【穢れ】って、全部チチェスター王国の中にあるんですか?」


 自分の体質は一旦棚上げにして尋ねると、王女様とバージルさん、迫力美形2人が揃って頷く。


「はい。ただ、国内ではあるのですが、地域がバラバラに散ってしまっていて、聖女様にはかなり移動していただくことになりますね。今回の魔王、まだ、現段階ではなりかけなのですが、そやつはどうもそれなりの機動力を有しているようです」


「これまでの魔王の中には、縄張りからそう動かないものから、地を駆けるもの地中を移動するもの空を飛ぶもの、あるいは海を回遊しているものなんかもいたらしい。今回は、今のところまだチチェスター王国内におさまっているが、空を飛んだ可能性が高い程度にはそれぞれ離れた箇所に短期間で【淀み】が発生している」


 ふーむ。今回の魔王は空を飛ぶっぽいのか。それはまた、強敵な感じがするなあ。高所を取られるのはやりづらい。

 まあ、元々世界最強なんだから、強くて当たり前なんだろうけど。

 浄化しに行くのに遠出するのは別にかまわないんだけど、いやこの世界移動手段馬車っぽいなお尻いたくなるかも大変かもやっぱりかまう。かまうんだけど、まあそんな程度だ。


「だけど、敵が空を飛ぶとなると、次の【淀み】がものすごく遠くにできて、私が駆けつけるのに手間取って、そのせいで被害を防げなかったりしたら困りますね……」


 私の指摘に、バージルさんと王女様はちらちらとアイコンタクトを交わす。


「一応、魔法使いの中には、空を飛べるやつも多少いる。ただ、他人まで連れて飛べるのは……、我が国に何人おりましたか、王女殿下」

「……聖女様にご移動していただくとすると、護衛と、できれば世話役を複数名つけたいところね。飛んでいる最中の安全確保のことも考えると……、私が知る限り、バージル・ザヴィアー卿が唯一の適任よ……」

 実に気まずそうに、とてもとても言いづらそうに、バージルさんと王女様はそう言った。


 わあ、バージルさん有能。

 やっぱりこの人死なせちゃいけなくない?


 気を取り直すように、王女様はこほんと1つ咳ばらいをする。

「いえ、よく考えれば、聖女様にそこまで負担を強いる必要など、そもそも無いのです。【淀み】の発生直後の、危険な現場になど行っていただくわけにはいきません。浄化は確かに聖女様にお願いしたいところではありますが、それは急務ではありません。安全に確実に陸路を行っていただきましょう」

「で、でもっ、その【淀み】の対応にだって、凶悪な魔物との戦いにだって、聖女がいれば被害が少なくて済むのではないですか? ……歴代の聖女は、そうして人を護って救ってきたのではないのですか?」

 私が食い下がると、王女様は困ったように眉を下げた。


「そうですね。ええ、それは事実です。けれど、それは。そう認められたのです。私どもでもできることは、私どもこの世界の住人でします。本来ならば、聖女様に浄化を依頼することすらも、恥ずべき事。むしろ、少しでもお力を借りる以上、聖女召喚の罪も、王家がその責を負わなくては……」

「国が取るべき責任の取り方なんて、金一択でしょうよ。末代まで遊んで暮らせるくらい、金貨を積めば良い。憎くもない王族の首なんぞ差し出されたところで、聖女サマにとって迷惑なだけです」

 なんだかどんどんと暗い表情に変わり、どこまでも後ろ向きな発言をしようとした王女様を遮って、バージルさんの呆れたような指摘が飛んだ。


 え、いや、え?

 さっきの王女様を放っておいたら、誰かの首を差し出す話になっていたの?

 迷惑とまでは言わないけど、すごく困るよ? だいぶ嫌だよ? 他国を納得させるためにどうしても必要だとか言われても、私は受け取り拒否する次第だよ?

 いや末代まで遊んで暮らせる金貨とやらも、トラブルの元になりそうで怖いからもっと少なくていいけど。でも王族の首よりは金貨の方がよほど欲しい。


 そんな思いを込めて、私はバージルさんに同意を示すようにうんうんとカクカクと首を縦に振る。


 その時バージルさんが、何かに気が付いたような表情をすると、私に視線を寄越してニヤリと笑う。

「ああ、ただ、先代に倣って、王女だろうと王子だろうと、リアが望むなら好きにしていいとは思うぞ? 王族というのはそのくらいの覚悟はある生き物だし、聖女に望まれることに、よろこびを感じない人間なんてこの世界にはいない。誰もが喜んでお前に侍るだろうさ」

「そうですね。私には兄が2人弟が1人、妹が1人おります。もちろん私含め、気に入る者がいれば幾人でも、好きなように扱ってくださいませ。伴侶にするも利用するも愛玩するも、どうぞお望みのままに」


 バージルさんはまだ冗談混じりのニュアンスがあったけれど、王女様の方はどこまでも真剣に、それが当然だとばかりに言い放った。

 もうやだこわい。異世界人覚悟ガンギマリ過ぎる。


「王女様ご自身を軽く扱うのもどうかと思うんですけど、王女様自身のことだからまだ良いです。けれど、勝手にごきょうだいを差し出したらさすがにダメでしょうよ……」

 もそもそと反論してみたものの、王女様はまったく響いた風はなく、はっきりときっぱりとそれを否定する。

「いいえ。ザヴィアーの言った通り、王族は皆、国のため世界のためとなるならば、わが身わが命を捧げる覚悟を持って生きております。それに、私は国王よりそのくらいの権限は託されてこの場に来ておりますから」


「……マジですか」

「ええ。聖女様のご降臨とあらば、本来は王家総出で出迎えるのが筋なのです。ただ、あまりに急なことで、王や王妃や王太子を外に出せる程の警備を用意をしている時間はないと。そこで、私が国王に全権を委任され参った次第にございます」

 思わず漏れてしまった雑な言葉に、王女様は生真面目にそう応えた。


 全権委任されてたかぁ。

 今この場この時に限りとかの制限はあるのだろうけど、国王と同権て。

 そりゃ王子や王女の結婚を決めることくらいはできる、のかな?


 首を傾げる私ににこりと美しく微笑んで、王女様は続ける。

「聖女様は女性であることが多く、あるいは男性であったとしても、比較的年若い方が来られることが多いので、威圧感の少ない私が適任だろうと決まったのです。けれど、父からの委任がなかったとしても、家族のことですからわかりますわ。皆、絶対に、よろこんで聖女様に身も心も捧げます」


「い、いやぁ、さすがに皆さん、婚約者とかいるんじゃないですか? そういう、略奪? みたいなの、趣味じゃないですし。誰かの恨みとかも買いたくないので、そういうのは謹んで遠慮します……」

「いいえ。私どもきょうだいに、婚約者などおりませんわ」

 私の心からのノーサンキューにも、王女様の微笑みは崩れなかった。さらりとそう言い切られてしまった。


 えー。嘘だよー。絶対いるでしょー。もしやこの世界意外と結婚適齢期遅いのかもしれないけどさー。

 さすがに王太子とかいう人にはいるでしょー。その妃って早くから教育されてるもんなんじゃないのー?

 さっきバージルさんが言っていたように、『聖女が言えば、カラスも白とする』ってやつなんじゃないのー? 私の希望次第で、最初からいなかったことになるってことじゃないのー?

 それで悪役令嬢で婚約破棄で悪役令嬢が起死回生の一手を打って逆に聖女がざまあされて死ぬやつだよ。死亡フラグ見えたよ。浮気とか不誠実なことする方が悪いんだよ。悪いことはできないんだよ。正義は勝つんだよ。悪役令嬢ってあくまでも悪の役(に仕立て上げられている)で本当にどうしょうもなく悪な悪役令嬢ってあんまりいないよね。本物の貴族のご令嬢の本気とか絶対こわいやつだよ。対立したくなーい。胃が痛ーい。


「あの、本当に、なんの含みもなくそのままの意味で、私どもきょうだいには婚約者やそれに類する者がいないのです。これは王家だけの話ではなく、この世代の貴族は皆だいたいそうですわ」

 完全にネガティブに振り切った思考に沈んでいたところに、王女様が改めてそう述べてきた。


「え。なんで……?」

 またも反射的に雑に訊き返してしまったが、王女様は気にした様子もなく、どこまでも丁寧に語る。

「私どもの世代は、魔王の出現の時期と結婚適齢期が、重なっていますでしょう? まして今回は、聖女召喚が禁じられた上でこの時期を迎えることになりましたから。誰が死ぬかあるいは大きな功績をあげるかなど事前にはわかりませんので、婚約を結ぶわけにはいかなかったのです」


 ああ。魔王の出現が100年周期だから、あらかじめだいたい〇歳くらいの時に魔王が出そうって、わかるのか。

 結婚のことは魔王倒した後で考えた方がよさそうだな的な見通しが、かなり早い段階で立てられていたと。

 魔王あるいは【淀み】産の魔物の討伐で功績をあげて成り上がればもっといい条件の人と結婚できるかも、と考えて、婚約を結ぶのは時期尚早と考える家が多かったのかな。あるいは、功績をあげて実力を示した人を選びたかったとか。

 いや待って。功績をあげるはともかく、死ぬ可能性まで考慮に入れてたって? 貴族王族が? ノブレス・オブリージュとかいうやつ?


 異世界人って、まさか全員覚悟ガンギマリなのかな?

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