第3話


「聖女召喚は重罪だ。お前をこちらの世界へ攫ってきた憎き敵である俺は、死刑が確定している。お前に聖女なんていう重すぎる運命を背負わせた俺は、必ず遠からず死ぬ。好きなだけ憎め。心行くまで罵れ。できる限りの苦痛を与えたいと望むならそれも受け入れよう。俺が死んだ暁には、ざまあみろと笑うといい。その程度は覚悟して、俺はお前を呼び出した」


 そう言って彼は、凄絶に嫣然と笑った。

 その笑顔と声音のあまりの晴れやかさと美しさと、だからこそ際立つあまりに物騒な発言。

 混乱と困惑で固まる私に、彼は更に一歩、ずいと迫って、どこか恍惚と告げる。

 

「――ようこそ、聖女サマ。この世界の全てはお前を歓迎し、祝福し、敬愛し、感謝を捧げるだろう。俺の命と引き換えに、どうかこの世界を救ってくれ」


 異世界人覚悟ガンギマリ過ぎてこわい。


 思い浮かんだのは、召喚されたことへの恨みなんてものではなく、聖女と見出されたことへの歓喜でもなく、これだけだった。


 後に師匠と仰ぐことになる偉大な魔法使い、それはもう聖女召喚なんていうとんでもない魔法をたった1人で成し遂げた程偉大な魔法使いバージル・ザヴィアーとのファーストインプレッション。

 私はただただ、彼のあまりの覚悟キマリっぷりへの恐怖で、カタカタと震えることしかできなかった。



 ――――



 織名しきな 莉愛りあ


 私は私のこの名前が、あまり好きではない。

 苗字はまあ、どうでも良い。織を識と間違われることはたまにあるけれど、そこまで気にしていない。


 問題は名前。

 莉愛。現代ならそこまで浮く程ではなく、とてもかわいらしい名前じゃないかと、普通ならそういう評価だろう。

 ところがここに、『私の生みの母の名は茉莉まつりです』と足すと、あらふしぎ。


 私の名前に、こんな意味が生まれる。

 茉莉ラブ。


 こんなクソみたいなメッセージ、人の名前に込めないで欲しい。

 いや、クソかどうかの問題ではないな。

 子どもの名前に、親のメッセージを込めるな。


 名前を付けられた子ども当人へのメッセージならわかる。

 健康に育って欲しいとか美しくなりますようにとか、楽しく生きてねとか。そういうのはとてもステキだ。

 他者へのメッセージを託すな。メッセージカードじゃないんだから。

 妻への愛なぞ、花言葉にでも込めるのが妥当だろう。記念日の度に花束でも鉢植えでも適宜贈ればいい。

 どうしても人名に込めたいのなら、お前の名前を改名しろ。


 とはいえ、母への愛を私が抱けていれば、名は体を表すということで納得できていたかもしれない。

 母がどんな人か直接知っていれば、『茉莉のように愛らしい子に』的な意味を自分の名前に見出して、誇りに思えたかもしれない。


 ところが、そうではなかったから。


 私にこの名を与えた父は、母を愛しているのだそうだ。

 愛していたではない。

 私が生まれた直後から17年も会っていないらしいのに、過去から現在そして未来もきっと、ずっと愛しているのだそうだ。

 それはもう、娘にこんな名前を与える程に。

 そして、母はそんな父のあまりの愛の重さと愛由来の束縛ぶりに、こいつはヤバいと逃げたらしい。

 足かせ=赤子だった私を父に押し付けて。


 もっと早くに逃げておけよ!

 子を産む前に気づいてくれよ!

 捨てて行かれた子としては、そう思うばかりだ。


 いや、『結婚したし子ども(=足かせ)もできたし、もう逃げられないよね』と判断した瞬間に、父がそれまで隠していた本性を現したのかもしれないけれど。

 十中八九それだけど。

 わが父は本当に母にしか興味がない人で、わが父ながらヤバいやつだなと節々で感じるので、母ばかりを責められはしないのだけれど。


 そう、我が父はヤバい人なのだ。

 愛情執着興味関心その全てをたった1人私の産みの母に向けていて、他は人として大人として社会人として気にすべきことすらも気にかけないタイプ。

 私の事なんて、母が戻って来た時に彼女の足かせとなってくれるかもしれない存在としか思っていない。

 そうはっきりと、面と向かって言われたことがある。幾度も。


 そんな人だから、私は彼に完全放置され、父方の祖父母に引き取られ育ててもらった。

 どこか腫れ物扱いだったけど、警察や児童相談所の出番がない程度には無難に。

 しかし、祖母は2年前に、それから急激に弱っていった祖父は長患いの後につい1ヶ月前に、どちらも亡くなってしまった。

 一応保護者のはずの父は、やはり私と(というか、母以外の誰とも)住む気はないようで、祖父の葬儀以後顔も見ていない。

 父方の親戚にも、ヤバ父の訳あり子であるところの私は避けられているらしく、葬儀にいた人らも、誰が誰でどこに住んでいてどういう続柄なのか教えてもらえなかった。

 母方の祖父母や親戚と元々絶縁していたのは、母諸共父から逃げたということだろう。父が鬼のように母の行方を問い詰めたりしたのかも。やりそう。


 だから、家族と引き離されてと言われても、私としては、あちらに私の家族と呼べる存在があったか疑問なのだが。


 祖母の後輩になりたくて無理して入った名門女子高では、落ちこぼれつつあったし。

 祖父母の入院だのなんだので忙しくするうちに、友だちと呼べるほど親しい人は思い浮かばないようになっていたし。

 そんな状態で恋人なんてもちろんいるはずもなく。


 だから、異世界に召喚されても、それほど問題はなかったと思うのだけれど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る