第3話

1週間後、僕は親父が話していた物を確認するために実家に帰った。

正月に泊まったばかりだったので、母親と弟の要は何事だと言わんばかりの表情をしていた。


リビングでひと息ついた後、親父の寝室に行き箪笥の中を開けてみた。開戸ひらきどをいくつか開けたが中はほとんど空になっていた。次に引出しを開けていき、くまなく探っていくと、2段目の引出しがなかなか開かなかった。


弟を呼び、力ずくで引っ張ってみると、左奥の隙間に何かが引っかかっていたので、ゆっくり引き出していった。


床に置いて中を見てみると、そこにはたくさんの手紙が混ざるように入っていた。

手紙は母親や僕ら兄弟にしたためたもので、親父が仕事の合間に書いたものだった。

書道も習っていた事もあり、字体はやや達筆よりの綺麗で読みやすい言葉が添えられいた。


「母さん宛の手紙が多いね」

「要にも結構書いてあるな」


内容は母や弟へのその時どきの出来事を記してあった。確かに僕宛のものはあまりない。

生前も親父と話す時間も歳を取るごとに減っていった。


そうだ、弟が生まれてから家族間の会話が少なくなったんだった。溢れ出す手紙を片付けていると、ある封書が出てきた。


写真が1枚添えらていた。親父と2歳くらいの頃の僕が写っていた。


"一哉と遊園地へ行く"

写真の裏にそう書いてあった。


「兄貴。なんか文章が書いてある」


弟が気づいて僕に声をかけその手紙を読み上げた。


「15歳の君へ。高校入学おめでとう。勉強や部活、他にもたくさんやりたいこともあると思うが、どうか自分が元気で楽しく、人に対しても優しく接して高校生活を送ってください。父より」


「なんか、気取った感じだね」

「あの人らしくて良いんじゃないか?そうか、だからこれを見つけて欲しかったんだ」

「何?」

「何でもない」


少しだけ寂しさを感じたが、きっと親父も言葉を色々と選びながら綴っていったに違いない。


僕は箪笥を片付け終えた後、母親に手紙を渡して家を後にした。

19時、もうこんな時間になっていたのか。

帰宅途中にあの公園の公衆電話を思い出した。

今歩いている方向ならこのまま行ける。


僕は走り出して電車に乗って学校のある駅に着き、暗い路地を歩いて行った。

先日と同じように公園には誰もおらず、透き通るような青白い光が電話ボックスを照らしていた。


「お電話ありがとうございます。若林様でございますね。少々お待ちください」

「もしもし?親父?一哉です」

「あの手紙を読んでくれたのか。見つけるのが早かったな」

「あの手紙…読んで欲しかったんだね」


「一哉」


唐突に名前を呼ばれた瞬間、不意に涙が溢れてきて言葉に詰まり声が出しづらくなった。


「あまり…一緒に話をする時間を取れなくてすまなかった。でもな、今こうしてお前と2人で話す事が出来て本当に嬉しい。お前が産まれてくる時、母さん陣痛が2日くらい続いていてなかなか産まれてこなくて。このままだと帝王切開になるかと話していたんだ。でもその後やっと無事にこの世に出てきてくれて…俺らの誇りなんだよ、お前はさ」


親父は懐かしそうに語っていった。


「できるなら…あんたの事を抱きしめてあげたいくらいだ。」

「何を言う。でもそのくらい俺のことを考えてくれていたんだな。やっぱり長男だな」

「また電話をしたい。今度母さんを連れてくる。だから一緒に話してやって欲しいんだ」

「悪いがそれはできない」

「どうして?」

「この電話はお前の教え子から密かに聞いただろう?もし他の人に知れ渡ったら、もう2度と繋がらなくなってしまうらしいんだ」

「親父は…皆んなと話したくないの?」

「話したいさ。だが掟は掟だ。こうして俺の場所とお前たちの住む場所を繋ぐ唯一の手段。もう少し辛抱してくれ」


そうして親父はまた電話を切った。


コールセンターらしき人物もまた後日かけてくれと言っていた。

その日は少し肩を落として自宅へと帰っていった。

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