2 少女は夜逃けする

「お父様、お母様、私、スキルのおかげで料理が出来ます。今日は私が料理をいたしますので……」


「ならん、【料理】スキルを持つコックがいるのに厨房にも立った事のないお前の飯など食べるか!(物凄く食べてみたいが、包丁で怪我しないかお父さん心配……ボソッ)」


 ノルンが言い切る前に大公に拒否された。

 父が言うのももっともだろう、仕方ない。とノルンは心の中で頷く。


「この子ももう少し頭が良かったらねえ……お茶会にも参加せず閉じこもってばかり……お料理もしっかり食べないから背も低いまま……素材は物凄く良いのに残念だわ。(でも……かわいいノルンをどこの家にも出さなくて済むのなら……ボソッ)」


 母はなにかにつけて、ノルンを小馬鹿にしてくる。

 昨日までのノルンなら小馬鹿にしてるとは思ったりもしなかっただろう。

 男が多い兄妹の中で育ち、大公国君主、大公爵家で最初の姫なのだ、花よ蝶よとはいったものの所詮しょせんは政治の道具。とノルンは思っている。

 母は可愛がって育ててくれた方だろう。ただノルンは食事などにおいては言うことも聞かずにこの歳まで育った為か、呆れられ今では小馬鹿にされている……と思っている。


 それにノルンにとって、この世界の料理は不味すぎた。

 前世の影響があったのかはわからない。でも彼女は幼少期から味覚の合わなさ故に偏食を拗らせ成長が遅い。素の果物や野菜を食べる事の方が多い。

 比べ何人かいる妹達の方が姫としては優秀だしノルンより背が高い。今では率直なところ腫れ物の様な存在となっている……とノルンは思っている。


 ちなみに婚約者がいないのはノルンだけ、それも当然の話だった。


 なぜならば――

 母の言う通り、お茶会や社交の場にも参加せずご飯もろくに食べず背が低い。

 この世界で男性は背の高い女性を好む。更に社交界に出ない為、婚約者など出来るはずもない。この世界には珍しく恋愛を優先させるこの国においてもだ。


 実際、ノルン自身が男性にそういった感情をもたなかったこともあったし、そもそも恋愛や結婚する意味が本当にわからなかった事の方が大きい。


「お前には、婚約者を用意した明日来るぞ」


「お父様……それは……あの……その……あの」


(いやーーーーー!!!!)


 嫌です、とは言えない


 これは今まで高慢ではないにしろ身勝手にこの歳まで生きてきたツケなのだろう……この歳まで生かしてもらったこともあり強くはでられない。


「不老不死のスキルがあるといったら飛び付いてきてな?隣の国の侯爵だ。俺より歳上だがまあ学者で同じ錬金術をもってる。解剖ばかりしてるらしいがな。それにお前くらいの背丈の侍女ばかりいるらしいがな……まあ……(体裁としてだが、まあノルンは嫌がるだろうな……これでウチのかわいいノルンを嫁に出さなくて済む……ボソッ)」


(ヒ……!!それ絶対にダメなやつ〜〜!!!)


「あら、いいわね!そこなら悪くないわね!そういう趣味なのね!(それならかわいいノルンを嫁に出さずに済むわね……ボソッ)」


(母ちゃんテメー!そういう趣味なのね!じゃねー!)


 ノルンはなにも言い返せず父と母の下からとぼとぼ後にしようとした


「ふん、逃げるなよ?まあひきこもりにそんな気概はないか……(お父さんに任せておけ……どっちにしろ断るから……ボソッ)」


 彼女は「はい」とだけ応え、自室に戻り――直ぐに部屋から侍女を追い出した!


 ――よし!逃げよう!!絶対に解剖される!


 もうそれしか考えられなくなっていた。やはり嫌なものは嫌なのだ。


 親にここまで育てていただいた恩などはある。それに応えるべきだろうという思いも彼女にも多少はあった。


 ――昨日までのお馬鹿な私であれば…………!!でも無理〜〜!


 彼女はこういった縁談を危惧し、前世の知識を使った料理無双で「お前は嫁には出せん!国の為に残ってくれ」作戦をしようとしたが失敗。地球でいう中世レベルの文明において知識無双出来るだろうが、城の中では誰も話を聞いてくれないだろう。


 聴こえなくていいことは聴こえ、聴こえた方がいいことは聴こえないノルン。貴族特有のどこか裏腹でわかりにくい両親。故に会話が噛み合わず、自尊心が低い彼女は両親の思惑にまでは辿り着けず、ただただ思考のベクトルが外れていくだけだった。


 残された道は逃げるのみ、彼女はそんなことしか考えられなくなっていた。


 あいにく大公王家生まれであったのと、この世界においては変人とされる彼女だからなのか?どこぞの錬金術士が作ったといわれる『腰掛けカバンだけど荷物が沢山収納できるマジックバック』だったり『そこそこ防御力高そうなマジックローブ』や『多少足が速くなるブーツ』がある。他にもテントやらなにやら!


 まるでこうなることを予見していたかの様に!


 貧弱なステータス故に歩くのが遅いノルン。彼女の履く靴には大体そんな便利機能がついていて、漸く普通よりちょっと遅いくらいに歩けていた。


 それにノルンがこういったものを集める趣味も前世がオタクだからなのだろう、今ではそう考えていた。だか素直に錬金術スキル自体は嬉しがっていた。

 ちなみにこの世界では錬金術スキルを持つものに変人が多かったりする


 部屋にはアイテムコレクションはあるが服などは別だ。彼女はひとまず侍女に服や靴を衣装部屋から運んでもらった。貴金属、宝石なども全て。


 どこかで売ろう!ノルンはそんなことしか考えられなくなっていた。


「またノルン様おかしなこと始めて……(かわいい……ボソッ)」


 などと侍女にも言われていた。

 特段仲が良いわけではないのだが馬鹿にされているのだろう。とノルンは思っている。


 ノルンとしてはいつも通りに見えるのならば好都合とさえ思っていた。


――私は夜逃げの準備をしているのだ!あばよ!


 侍女には世話になったお礼に貴金属の類をプレゼントした。どうやら病気の家族がいるらしく働いていたらしい。辞表を出して田舎に帰るそうだ。涙を流しギュッとハグされたがノルンは手のひら返しとは現金な奴だな、と白い目で見ていた。


 お気づきの通り、ノルンは捻くれていた――


 ――次の日に来た婚約者はもう想像通りに無理でノエルは青筋を浮かべていた。


「不老不死なら切っても治るのかな?ちょっと切っても?」

 などと言われた恐怖にガクブルする日を送っていた。父がそれとなく断っていたが流石に家での流血沙汰は勘弁だったのだろう……とノルンはそう考えていた――


 ――侍女が辞め故郷に返ったのを確認した数日後、とある日のこと


 夜も更けた宵闇時、空は深い紺色だが公都の街はまだ明るい。

 ここ連日公都では女神に纏わる祭が開催され朝まで飲んだくれが楽しそうに騒いでいる。その為か自宅の警備はザルになっている。いつもザルだけどいつもよりザルだ。マジックアイテムに頼った警備故に外からの侵入は難しい!だが内から出るのは容易だ。ノルンは少ない警備を慎重に慎重に、1時間くらいかけ掻い潜り、大公王の屋敷、もとい城を飛び出した。


 ローブのフードを深く被り、彼女は街の人ごみに溶ける。15年育った街だ、若干名残り惜しくはあるけど仕方がない。

 きっかけは逃げる為、ただそれだけの事かもしれない。何を目的として何の為に、その答を探す為に彼女は長く永い旅に出る。


「さようなら、父様、母様、みんな……」


 振り返りもせずただただ公都を背に……


 逃げた!!


――――――――


 ――不老不死であるノルンは長く永い時間を生き抜き、錬金術を極めた。


「今思うと不老不死と錬金術って相性良いと思わない?クーちゃん」

「でもおねえちゃん……昔からそうなんだね」

「な、なによ……」


 ノルンと話をしているのはノルンから頭2つ分小さくしたくらいの背丈でノルンをそのまま小さくした様なよく似ている妹、クーフィー。

 ノルンと同じく真紅をベースに朱く緋く煌めき輝く髪色。ノルンと違うのは背丈と髪のボリューム感だけだろう。ノルンが言うにはフッサフサでモフリたくなる様な妹だ。、実妹より血の繋がりも縁も濃い。


「でもおね〜ちゃん、ここ……どこ?」

「う〜ん、どこかしらね……」


 ノルンは宙をみて雲の切れ間から観える星から場所を特定しようとした。


「クーちゃん……どこかわかんないわね……いや、あれ?まじで?まさか……ね?」

「本当だ〜、星の並びに見覚えないね〜」


 少しだけ静寂が続き、夜風が時を運ぶ。やがて叢雲で覆われていた空は裂け、惑星の衛星が檸檬色に煌めく。


「おね〜ちゃん、光ってるのなんかいつものと違う」

「うん……そうね……まじか……クーちゃんは見覚えない?」

「ん〜あるような?ないような?やっぱりある?」


 見上げた先で輝るそれは、ノルンが前世で暮らしていた地球でよく目にしていたものだった。


「地球の月じゃん?」



〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ここまで読んでくださりありがとうございます!


ノルンとクーフィーの活躍をもっと見たいぞ!


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