第23話 Side真白⑤

 駅周辺を回った後、最後はゆったりを求めてカフェで時間を過ごした二人。


 楽しかったお出かけも終わり、“今日は一限しか入れていなかった”真白は、そのことを遊斗に教えずに大学まで付き添い、自宅に帰宅していた。

 バッグの中からノートパソコンや水筒、教科書を取り出し、明日の講義を受ける準備を終わらせながらすることは一つ。


「自分を甘やかしちゃったな……本当に」

 そんな声を漏らしながら、アーロンチェアに座ってイラストを描く機材——液晶タブレットに向かい合う真白。

 一年の始まりから講義を詰めないというのはそうそうすることではないが、これは仕事のことを考慮した上で時間割を組んでいる。

 つまり、一限後はすぐに帰宅してイラストに着手するというのが本来の予定だった。


(こんなこと……初めてしちゃったなあ)

 仕事がある場合にはどんな時にも仕事を優先。

 スケジュール通りに進め、絶対に仕事は後回しにはしない。

 それが普段から真白が行っていること。


 だが、今日はプライベートを優先させてしまった。

 仕事が残っているのに遊斗を誘い、楽しかったばかりに昼食時間とは言えないほどの長いお昼を過ごしてしまった。


(もっとプロとしての自覚をもっと持たないと……)

 Twittoツイットのフォロワー数を30万人近く持つ真白には、さまざまな仕事の依頼が届く。

 なんでも引き受けるわけではなく、その中から仕事を選んで大きな報酬ややり甲斐を得ているのだ。

 先に引き受けた仕事を後回しにして、プライベートを優先するのは示しがつかない。

 真面目な真白だから反省することで、身を引き締めながら一人仕事を進めていく。


 いつもは集中して数時間は手を動かし続ける真白。できるだけ早く進捗をさせて自由な時間を作るようにしている。

 今日も今日とて5分、10分と当たり前にその道を辿ろうとするが——。

「——遊斗お兄さんとのお出かけ本当に楽しかったな……」

 無意識にこんな声が出てしまう。

 気を引き締めていたものの、先ほどの時間はそれだけ充実していたもので、宝物と言えるような時だったのだ。


(私の大好きなものを覚えてくれていたことも、バッグを持ってくれたことも、なにより今でも家族だと思ってくれていて……)

 感情がどんどん昂っていく。嬉しげに目を細めれば、無意識に手が止まってしまう。

 思い返せば思い返すだけ、感じることがある。


「お仕事を優先していないのは本当にいけないけど……遊斗お兄さんを誘えてよかったね、私っ!」

 締め切りが絶対に間に合わないというレベルではない。計画的に進めているだけに、まだまだ余裕はある。

 だからこそ……にんまあと表情を蕩けさせる真白がいた。

 その顔は間違いなく、仕事中にするような顔ではない。


「って、いけないいけない……」

 ギリギリのギリギリで自制が勝つ。

 首を左右に振って再び集中する。……が、それはずっと続くものではない。むしろ早すぎる終わりを迎える。


(美結と心々乃には内緒にしなきゃ……)

 羨ましがることはわかっている。もしかしたら頬を引っ張れるなどの攻撃を受けてしまうかもしれない。

 一緒に講義を受けただけではなく、二人きりでお出かけをしたのだから独り占めしたのだから。

 こればかりは胸の内に留めておかなければならないこと。


(それにしても、遊斗さんはやっぱり大きかったな……)

 昨日から思っていたことだが、今日その詳細を教えてもらった。


「だって、足の大きさが27センチで……」

 22センチくらいの自分の(小さな)素足を見る真白は、その大きさを実感する。


「手の大きさが20センチで……」

 自分の手を見ながら目の端に映るのは、液晶タブレットで使う定規。

 真白はその定規を手に取り、あの時のことを再現するように自分の手に重ねるのだ。


「本当にこのくらい大きかったなあ、遊斗お兄さんのおてて……」

 自分と手を繋いだのなら、包み込まれてしまうほどの大きさ。

 高校時代から仕事に集中していた三姉妹で、

『顔が似てるんだから三人の誰かと付き合えたらいいや』なんて告白に嫌な思いをしたからこそ、いろいろな経験もないのだ。


「も、もう男性オトナなんだもんね……遊斗お兄さんも……」

『二人きり』だと自分が言った時から、ふとそう思った。

 家族であるにもかかわらず、異性として見ていたことに気づいてしまった。


(べ、別に……うん。遊斗お兄さんのことが異性として好きになったわけじゃないけど、こんな風になっても仕方ないもんね……?)

「昔からずっと私たちのことを優しくしてくれた人で、今も全然変わってないお兄さんなんだもん……」

 本当に意外なのは、意味がわからないのは彼に彼女もいなければ、モテてもいないということ。

『誰も狙わないのなら、私が独り占めしちゃう……からね?』そう思ってしまう。


「次は、いつ遊斗お兄さんとお出かけできるかな……」

 デスクに置いていたスマホに手を伸ばし、安定させるために両手で持つ。

 別れ際、『またいつでも誘ってね』と言ってもらったが、遠慮をせずに甘えてしまえば必ず迷惑をかけてしまうだろう。

 優しい彼だから、無理矢理にでも時間を作ろうとしてくれるのはわかっているのだから。


「……」

 それがわかっているばかりに、次の予定のメールを送ることができない。

(こ、ここは自制しないとだよね。もっと遊斗さんと関わる時間はたくさんあるんだから。お仕事もあるんだから。私は子どもじゃないんだから……)

 そう噛み締めて、スマホをデスクに戻そうした矢先、通知音が鳴った。


 美結からか、心々乃からか、友達からか、仕事先からか、すぐに液晶を見てみれば——。

「——っ」

 そこには予想もしていなかった人物から、こんなメールが入っていた。


『真白さん、今日は本当にありがとう。すごく楽しかったよ。また真白さんの都合が合えば来週か再来週、同じようにお出かけしてくれたら嬉しいな』

 送り主は『遊斗お兄さん』である。


「ふふっ、まったくもう。なんでこんなことができちゃうんですか……」

 まるでこちらが困っていることを、予め困ることがわかっていたようなタイミング。

 普通ならば別れてからすぐに送るようなメールを、時間を置いて送っているのだから……。


「本当に……遊斗お兄さんったら……」

 真白は頬を赤らめ、足先をもじもじと動かしながら丁寧にメールを打っていく。

 自分の中で義兄という彼の存在は、異性として大きく映り始めていた。



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