第6話 6人目 ~毒入りケーキ~

「す、すみません。ルールについては追々、でしたわね」


 現状に至るまでの暴力的な経緯を思い出し、生流琉の表情は少し陰る。


「あの、では別の話を──ずっと気になっていたのですけど」


 そしてそれを振り払うように不安そうにテーブルを見渡すと、尋ねた。


「皆様、『ネオ・ラグナロク』をお読みになったことが無いのですか?」


「うむ、私は無いな」


「私も、読者じゃないわね」


 帰ってきた二つの返事に対して、生流琉は露骨に肩を落とした。そのまま赤糸の方を見たが、流石に怖かったのか尋ねることはせず、当然気絶中の青月からも回答は得られない。だが彼女にとっては相当気になる話題らしく、矛先は今まで無言を貫いてきた六人目に向いた。


「あの、あなたはどうですの?」


((聞いた!))


 影木、雄々原両名は心の中で同じ驚きの声を上げた。六人目──小さくて可愛らしい、童話の中から飛び出してきたかのような少女だった。リボン付きフリフリのドレスを着ており、三つ編みにした赤毛に緑色の瞳をしている。

 だが、その在り様は歪を超え、まさに異様の一言に尽きる。少女の座る椅子の後ろには、非常に大きな丸いリュックが置かれている。少女が持ち込んだものだった。そしてそこから取り出された物々が今彼女の前、机の上に置かれていた。


 ──積み上げられた大量のお菓子である。


 そして、彼女はそれを次から次へと口に放り込み貪っていた。『貪る』という表現は正確で、少女がやっていることは暴食そのものだ。どうも青月が気絶した騒動のどさくさに紛れて始まったようで、気付いた時には既に、今更指摘できない程に堂々と、そうしていたのである。だから実の所、影木が口火を切るまでの沈黙の時間は、静寂の時間ではなかった。

 バリボリムシャムシャ、彼女がお菓子を食べるメルヘンさの欠片もない音が延々響く時間だった。この状況で何故一言も喋らずに一人お菓子パーティを開催している。明らかに、異常。だがここまで意味が解らないと、かえって誰も言及できない。影木も雄々原も、もう座敷童的な存在なのかと思い始めていた頃だった。そんな少女に、今、生流琉は声をかけた。

 だから影木と雄々原は気持ち同じく、固唾を飲んで様子を見守る。いよいよ、謎に包まれた少女の正体が明かされるかもしれない。


 だが、いくら待っても返答は無かった。

 彼女の前に積まれたお菓子は、一見して全て甘味だ。スナック菓子の類はなく、クッキーやバウムクーヘン、チョコレートや団子という風に、とにかく甘いものが集められている。

 そして積み上がったお菓子の山に対し、その所有者である少女自身は非常に小柄だった。サイズの差は大きく、例えば、間に一人分を挟む雄々原や生流琉の位置などからは、少女の姿が積み上げられた菓子の山に完全に隠れて見えなくなってしまっている程である。

 しかし、周りの声が聞こえないということは無いだろう。彼女は明らかに聞こえた上で、生流琉の質問をスルーしていた。


(それはそうでしょうね。ここで返事するくらいなら、もうとっくに何か喋っているでしょう)


 結局、六人目の少女については何もわかりそうにない。だが生流琉は諦めないつもりらしく、お菓子の山まで歩み寄る一歩を踏み出した。「あら、よくやるわ」と、自分の椅子の後ろを通る生流琉に思わず影木が呟く。すると、生流琉はポンとその肩を叩き、グッと親指を立てた。

 その指は震えている。

(──大丈夫かしら)と、影木が向ける視線は期待から不安に変わった。それでも、お菓子を食べる少女の傍らまで到着した生流琉は、少し上ずった声で精いっぱい友好的に話しかける。


「美味しそうなお菓子ですわね! 一つ戴いても?」


 無言。


「へ、返事してくれませんと勝手に食べちゃいますわよ」


 その一瞬、ピタっと少女の手が止まる。生流琉の喉が緊張で鳴った。影木と雄々原も、思わず生唾を飲み込む。クソラグくんまでもが少し身を震わせた、ように見えた。だが、少女は煩わしそうに生流琉を一瞥しただけで、すぐ食事を再開する。沈黙がよく訪れる部屋だった。

 徹底した無反応は、明らかな拒絶の姿勢だった。だが、ここまで来ては生流琉も引けない。そして有言実行、意を決したように机の上に置かれたクッキーの一つに手を伸ばす。そして、生流琉がそれを一つ掴んだ瞬間、少女は動いた。生流琉の腕を掴み、強引にそのクッキーを奪い返すと、大口を開け放り込む。

 バリ、ボリ。クッキーを豪快に噛み砕きながら、少女は眉間に皺寄せ生流琉を睨む。


「最悪、手汗でちょっと塩辛いんですケド」


 流暢な日本語で、ちくりと嫌なことを言い放った。


「わ、私手汗なんて掻きませんわ! あと食べながら話すのは行儀が悪いですわよ!」


「掻かないワケないでしょ。あのさ、私の舌は敏感なの。あとヒトのモン勝手に食べようとしたあんたに行儀がどうとか言われたく無いんだケド」


「それは! コ、コミュニケーションの一環ですし、あなたが私を無視するから──」


「無視ってか、あんなの答えるワケないじゃん。髪型だけじゃなく頭ん中までクルクルパーかっての。なんで私があんたにそんなこと教えてやんなきゃいけないワケ? 敵同士でしょ、馬鹿正直に答えている連中の方がおかしくない?」


 さっきまでお菓子を貪る為だけに動いていた口から、今まで黙っていられたのが不思議な程にスラスラと罵倒が吐き出されていく。一度話し始めると止まらないのは先の生流琉もそうだったとはいえ、もうこの口論の勝敗は明らかだった。


「え、えっと、ですが」


「うっざい、喋んな。どっかいってよ語りたがりクソオタク。人の物盗るのがコミュニケーションって正気? あんた友達いないでしょ」


「ひぇっ」


 生流琉はそこで完全に戦意を喪失する。とても高校生には見えない幼げな暴食の少女との一幕は、新たに饒舌かつ毒舌であるという情報だけが明らかとなり、見ようによっては更に謎が深まった形で幕を閉じる。


 ハニータルト・バターアップル。愛称はタルト──それが、その六人目の少女の名であった。

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