第二話(03) 実際変なことが起こるなんて……


 * * *



「キューくん! おはよー! 私服のキューくん、すぐわかるかなぁと思ったけど、傘差してるからすぐ気付いちゃった!」

「目堂さん、その格好、どうしたの……」


 『狐月山の迷い道』が気になる、と話したところ、土曜日に早速行くことになった。あまりにもさくっと決まってしまった。怪異調査というよりも、完全に肝試しに行く、そんな感じだった。夜ではないけれども。


 ……『狐月山の迷い道』が気になる、というのは、決して好奇心からではない。小学生の頃のつまらなかった思い出を救いたいわけじゃない。

 単純に近場であり、かつ他の生徒が来なさそうな場所だからだ。目堂さんの変な調査に付き合うとしたら、いろいろと一番楽な場所だと考えた。


 そんなこんなで、土曜日の昼過ぎ。狐月山の入り口で待ち合わせをしたのだが。


「……ゴスロリ?」

「それっぽいでしょ~?」


 目堂さんは、ゴスロリ風の服装で来ていた。黒いブーツは、可愛さと厳つさを兼ね揃えている。黒いワンピースも威圧的だけれども、レースやリボンでバランスをとっている。頭には何もつけていない、蛇がいるためだからかもしれない。それでも黒くて艶やかな髪は、服装と相まって完成している。


「……まあ、確かに」


 なんとなく魔女っぽくて、目堂さんには良く似合っていた。蛇が髪の毛から顔を出しているが「それっぽい」服装なので、飾りに見えなくもない。


 それにしても、ちょっと意外だった。目堂さんの服の趣味が、こんなだったとは。てっきり、もっと落ち着いた感じや、シンプルな感じで来るかと思っていた。

 思い返せば、普段学校で見ている目堂さんと、いまの目堂さんは結構違う。学校では大人しく、上品かつミステリアスに笑う彼女。けれどもいまは、無邪気そのものだ……「興奮すると蛇が出る」と言っていたから、実は普段、かなり抑え込んでいるんじゃないだろうか。


「それじゃあ、行くわよ!」


 声だって、学校でこんなに張り上げているのを聞いたことがない。『関係者以外立ち入り禁止』の看板を素通りしてずんずん山道に入っていく様も、まるで彼女とは思えない。


 ……軽々入っていったな。ノートには『立ち入り禁止のため未調査』と、真面目なことが書いてあったのに。


「キューくん、早く早く! 妖怪がいるかもしれないんだからっ!」

「でもさぁ、妖怪が本当にいたとしても、どうするの?」

「友達になるに決まってるじゃない。それで、他の妖怪や、人間以外の何かについて、話を聞くの! 仲間をいっぱい見つけなくちゃいけないから!」


 目堂さんを追って、僕も山道に入る。山道と言っても、きつい坂道だったり、荒れ果てていたりはしない。


 目堂さんは本当に子供のように先を急ぐ。そんなに「他の仲間」に会いたいのだろうか。一体どうしてなのだろうか。

 ノートだってあんなに作って、どうしてそんなに頑張っているんだろう。

 ふと、思う。僕がいままで「仲間を見つけよう」なんて思ったことがないからか?


 僕達は先へ進む。山の中、というよりも、森の中という気持ちだった。坂道ではあるものの、そんなにきつくないし、危なさそうな場所もない。道もはっきりしているから、ちゃんと沿って歩けば迷うこともなさそうだった。特に変わったことのない道で、迷子になるような要素は一つもなかった。風が吹けば木々が揺れて、色鮮やかな花も揺れている、穏やかだ。


 けれど、ある程度進んだところで、木々が濃く茂り始めた。見えていた青空は隠され、僕は傘なしでも歩けるようになっていた。日陰ばかりだからか、空気は少し冷たくなって、地面も湿っているように思える。

 先を行っていたはずの目堂さんは、いつの間にか僕の後ろにいた。


「なんか……怖くなってきたね」

「目堂さん、もしかして、結構怖がり?」


 目堂さんはきょろきょろと見回している。蛇も警戒しているように、舌を頻繁にちろちろ出している。

 もしかすると、目堂さんは怖くて調査できない場所が多かったのかもしれない。


「きゅ、キューくん、置いてかないでね? 迷子になるときは一緒よ?」

「どうして迷子になる前提なの……」

「だってここ『迷い道』よ!」

「いまのところ、変わった様子はなさそうだけど」


 噂のようなことは、今のところ一つも起きていないように思える。緩やかな坂道を、僕達は登っていく。初めて来たけれども、もうそろそろゴールなんじゃないかと思う。たしか、山の上にはぼろぼろの鳥居があって、そこがいつも肝試しのゴールとなっているはずなのだ。

 少し、坂道が急になってきた。


「そろそろ頂上じゃない? 目堂さん、大丈夫?」

「……キューくん、もしかして、結構運動できる人?」


 目堂は息を乱していた。額には汗をかすかに浮かべて、蛇はと言えば、目堂さんの頭の上に顎を置いていた。目堂さんの格好が、山道を登るのに適していないというのも、あるかもしれない。

 思い返せばそれなりの距離を休憩なしで歩いてきたと、僕は思い出す。全然疲れないから気付かなかった。


「ていうか……いつも体育、お休みしてたわね……虚弱? だからってぇ……」

「あー……それは逆だから休んでた」


 本当は、運動はよくできる方だ。身体をさっと動かせるし、目もよくてボールの動きも見えるし、遠くもよく見える。重いものも、それなりに持ち運べる。

 吸血鬼の血を引いているから、身体能力自体は高いのだ。きっと「こいつ人間じゃない」とばれかねないくらいに。


「でも、虚弱って言うのは半分本当だよ、だって校庭、傘なしじゃ出られないし」


 日が照っている場所では完全に一般人以下だ。僕は極端だった。


「あれ? ここ、見覚えある……」


 そこで僕は、立ち止まった。変に枝が折れた樹に、目が留まったのだ。憶えている。さっき見た樹だ。

 おかしい。僕達は、道に沿って歩いてきたはずなのに。


 どこかで間違えた? でも一本道だった。

 ということは、どこかで本当の道を見逃して、変な道に入って一周した?


「……目堂さん、なんか僕達、道を間違えたみたい――」


 そう振り返ろうとして、振り返る前に気付く。

 ――目堂さんの気配が、ない。


「目堂さん?」


 分厚い前髪の下で瞬きして、いや勘違いだろうと自分の目で確かめた。


 誰もいない。誰もいなかった。

 緩やかに下っていく山道だけが伸びていて、樹から離れた葉っぱが、ひらひらと落ちていった。冷たい風が、足元を這うように吹いて、その葉っぱを舞いあげてどこかへ飛ばしてしまった。


「目堂さん!」


 まるで幻のように消えてしまった。見回しても、目堂さんの姿は見えない。道をそれて探してみるが、それでも見つからないし、返事もない。鳥の声も聞こえない。


 思い出して、僕はスマホを取り出した。


 ――圏外だった。

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