第四話 燃え上がり、止められず

 ――天空二輪車。


 ドワーフ族の機械技術が生み出した、空を飛ぶ乗り物。戦の常識を変えるかと思われたそれは、あまりにあっけなく廃れた。

 小回りが利かず、魔法の的だったり。少し飛ばすだけでも大量の燃料が必要だったり。量産できず、壊れやすかったり。さまざまな欠点が露わになり歴史の彼方に消えた代物だ。


「メルのために、ボクはここへ来たよ!」


 そう言って楽し気に笑う少女、サフランは、天空二輪車にまたがって空から下りてきた。


「サフラン。……なんで、こんな事……」

「んー。なんで?」


 サフランは、不思議そうに首をかしげる。当たり前の事を聞かれてビックリしている様子だった。


「楽しいじゃん。油断してる奴らに、上から奇襲したら……どんな楽しい光景になるかな? こんな楽しい事せずにいられないね」

「……そう。そっか」


 サフランはそういう少女だ。戦いが大好きな戦闘狂、あるいは快楽を求める刹那主義者。

 こんな危険な作戦を躊躇せずに実行できる狂人と言えばよいか。その幼さに見合わない狂気を秘めている。だがサフランはそれだけではない。


「それにね、メルと誰にも邪魔されずに戦うにはこれしかないって思ったんだ。ボクにとってはこっちが本命かな。メル、愛し合おうよ殺し合おうよ


 サフランにとって戦争と同じぐらい大好きなのがメル様だ。戦場で会えば付きまとわれ、愛を囁かれるとメル様は愚痴っていた。

 メル様が好きな理由は、唯一自分と対等に戦えるから。殺し合えるからこそ、愛するという訳の分からない歪んだ愛だ。


「はぁ……。バルト、下がって」

「はい」


 サフランの強さは、メル様も認める。戦えばその余波で俺も無事ではすまないだろう。故にメル様は俺を下がらせる。しかしサフランは目敏かった。


「ん~。なにそれ」

「…………」

「人間だよね? 三年前に絶滅したんじゃなかったっけ?」

「どうでも、良いでしょ」

「だ~め! なんで人間がいるのさあ! しかも男! メルをそれは大事なの?」

「…………」


 メル様は答えない。しかしサフランにとって、沈黙こそが答えだった。


「ふ~ん。メルの大切なものか……」


 そう言ってサフランはあまりに楽しそうな笑みを浮かべた。


「それを壊せば、メルはどうなっちゃうんだろうね」

「っ……!」


 メル様は異空間から武器を取り出す。その顔には僅かに怒りを滲ませ、サフランを射抜いていた。

 それに対してもサフランは歓喜した。


「そう! 最高だよメル! ボクと楽しいデート殺し合いをしよう」


 そう叫んでサフランも背中に背負った大きなハンマーを取り出す。

 空からは爆弾が降り、あちこちから悲鳴が聞こえる。だが二人はそれを無視して武器を打ち合った。


「っ――」

「あははっ」


 剣と大槌はぶつかり合う。その余波で、俺はゆれた。

 たった一合だがそれだけで弱者が立つフィールドではないと理解してしまう。あの場に立てるのは英雄のみ――。


「もっとだよ! 本気でやろうよメル! そうしないと、ボク以外のドワーフがエルフ達を殺しつくす! そしてその人間も、殺してやる!」

「させないっ――!!」


 メルさまから立ち上る覇気が一段と強くなる。もうその打ち合いは見えない。

 神域の戦いは止まらない。


「そうっ! メル、もっとボク達の夜を燃え上がらせよう!」

「うるさいっ」

「あはは。その人間を殺せば、もっと熱くなるかなっ!」

「くぅ――『バリア』」


 サフランは急に打ち合いをやめ、後方に隠れていた俺を目掛けて跳んでくる。

 そうしてハンマーが俺の頭を潰そうと襲い掛かり、寸での所で止まった。


「……メル様、ありがとうございます」

「ふーん。人間のくせに、度胸あるじゃん」


 ギリギリで展開されたバリアが俺を守る。

 そして俺が恐怖も出さないせいか、サフランはつまらなそうに鼻を鳴らした。


「バルトにっ、何をしている!」

「んん! ほんとに、この人間が大事なんだね」


 背後から切りかかるメル様にも余裕で対処してサフランは笑う。

 すぐさまメル様は俺にかけよると、守る様に前に立った。


「……バルトを傷つけるやつは、許さない!」

「じゃあそれを壊した時は、本気のメルと戦えるかな!」


 二人の戦いは過熱する――。

 サフランはハンマーを器用に振り回し、メル様からの剣を防ぎきる。

 剣と共に降り注ぐ魔法すら物ともせず、それすら楽しんでいた。


「『火炎』――っ」

「良いね。それ!」


 メル様は隙を見つけると一気に後ろに跳び、サフラン一人丸ごと包むほど大きな火球を放つ。

 どんな敵兵も丸ごと焼き尽くす魔法であるが、サフランはハンマーの一振りで掻き消した。


「あー、楽しいな。ボクの心が満たされていくよ」

「私は、嫌いっ」

「そっか。うん。でも楽しい時間は長くないなぁ」


 サフランは何かを気にする様に、空を見た。

 上空では十人程度のドワーフが爆弾を放り投げ、エルフを殺戮していく。酔いつぶれ、油断しきっていたエルフはそれに対応できずただ殺されるだけだ。


「これは、ボク個人の作戦じゃないからさ。もっと楽しみたいけど、そろそろ終わりかな」

「どういう事……?」

「爆弾が尽きたら帰らなきゃ、って事」


 サフランがそういうと同時に爆撃が止んだ。

 布の天幕は燃え、エルフ達はもがき苦しみ、血と死体が散乱する地獄絵図。だがそれを作った爆弾も無限ではなく、これ以上爆撃が続く事はなかった。


「っおいサフランっ! 最後の仕込みも終わった、作戦終了だ!」


 上空からドワーフが降りてきてサフランに怒鳴る。それに対してつまらなそうにサフランは顔をしかめた。


「良いとこだったのになー」

「この無茶な作戦で何人死んだと思ってる。もう下手な事はしねえ、帰るぞ!」

「はーい。そーゆー事だから、また遊ぼメル!」

「逃がすとでも……?」

「あはは。ボク達にかまってる暇はないよ。結界石、壊したから」

「えっ――」


 メル様はその言葉に絶句し、わずかに動きを止める。その隙を逃さずサフランとドワーフは天空二輪車に跨り夜空へ姿を消した。

 残ったのはエルフ達の苦しむ地獄と……死者アンデット達の声だ。


「メル様……結界石が壊れると」

「うん。死者アンデットが入ってくる。早く止めないと」


 もうエルフ達に反撃する余力はない。今死者アンデットに襲われた全滅確定だ。さらなる地獄絵図ができあがる事だろう。


「結界石を直しにいくと、バルトを置いてく事になるし……」

「俺は大丈夫ですよ。それより、メル様行ってください。この状況は、もうメル様しか解決できません」

「……うん。『バリア』――。すぐ戻ってくる、そこで待ってて」

「はい……」


 メル様は俺の周囲にバリアを張ってくれる。もの凄い強度であり、サフランの攻撃すら数秒は耐えそうだ。

 最大の防御を張ってくれるたメル様は、東を睨む。


死者アンデットの声は、あっちから聞こえる。絶対、そこ動かないでね」

「もちろんです。速く、行ってください」

「……うん」


 心配そうに俺を見てメル様は駆けだした。火の海と死体の山を越え、これ以上惨状が広がらない様に決意しながら。

 遠くから死者アンデット達の声がする。それを聞きながら俺は呟いた。


「……メル様は、優しすぎますよ」


 俺の言葉は誰にも届かない。メル様の姿はもうなく、迫りくる死者アンデット達に対処しようと孤軍奮闘している事だろう。


「さて……行くか」


 俺はメル様の言いつけを破り・・・・・・・・・・・、バリアの外に出る。

 燃える天幕、響く悲鳴。その光景が俺の心を揺らした。


「懐かしい、景色だ」


 無き故郷を思う。燃え上がり消えたあの日の事を忘れはしないだろう。全てが始まった日だ。

 あの日した約束の日のために、俺も動き出そう。


「メル様。……あなた以外のエルフは、いらない――」

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