第23話 2ー春3 練習風景

「なので、3日で上巻を読んでくるように」


 伊藤春と末摘花がクラスに入ると、演劇部顧問が話ている。

 冊子状になっている台本を膝の上に乗せて女子生徒に数名が文庫本をばらぱらと捲っている。

 教室の机と椅子は後ろに下げられ半円を描いて数席の椅子が置いてある。その上に、若紫役、空蝉役、夕顔役、が座っている。春と末摘花で文芸部の部員は以上だ。


「あたしは既に宇治十帖も読んでいます。また、読まないとあかんどすか? 」


 京都の方言を話す若紫役が感情的に聞いた。


「翻訳者は誰? 」


「瀬戸内寂聴です」


「なら、駄目です。きちんと当時の風潮を知る切っ掛けですので、コチラを読んでください」


 お硬い文庫の表紙を見る3人。


「遅れました!」


 末摘花が割って入ると、空いてる席に座った。空いた席に座る空席が一つ残る。


「誰の席ですか? 」


 生徒は首を傾げた。文芸部は5人しかいない。

 演劇部顧問が苦笑いをした。


「いや、なに……。花宴はなのえんの朗読を入れようかと……」


 源氏物語を読んでいない若紫以外が不思議な顔をしている。何故、この4場面が選ばれたかも意味が解らないからだ。その上、新しい場面追加など余計に、意味が解らない。


「その他のナレーションは文芸部顧問がやるとして……」


「いいえ、私は聞いてませんよ。演劇部顧問の一朗先生にお願いします」


 女性の文芸部顧問と、男性の演劇部顧問が諍いを始めている。

 生徒は黙って、文庫を捲った。

 春は重い文体にしかめっ面をした。末摘花は普通に読んでいるようだった。他の部員も読んでいる。若紫だけが本に手を付けていない。

 若紫と春が目が合った。直に若紫が首を振るように視線を反らした。

 春は苦笑いをした。若紫には敵視されているようだ。初めから彼女とは反りが合わない気がしていたから仕方ない。


「私は読んでないから読むわ。面白そうだし、古典は読んだ事、教科書だけだもの……」


 夕顔が微笑んだ。


「私は飛ばし読みでいいかな? 」


 空蝉が本の文字を追っている。


「自分が出てる場所だけでいいわ。お腹いっぱい」


 末摘花が嫌な顔して笑った。


「光源氏は? 」


「春!私は春。それ以外では返事はしないよ。気に入ってるんだから、名前。でも、私も読まないわ」


「英語の先生の伊藤先生なら、読ませるんじゃない?勉強させようとするし……。晴先生ならどうよ? 」


「父の伊藤先生なら読ませそうだけど……。叔父の晴の事は解らないわよ。仲良くないし……。」


 晴は紅の事を話さなかった。「元気にしてる」とだけ伝えるのみだった。余計、春には情報を隠す晴が気に食わない。


「伊藤先生なら英文にさせる作業までさせそう……」


 空蝉が英語嫌いな話をしている。


「父ならやるわね……。末摘花は内緒にしててよ」


「自分の箇所しか読まないんだから、云うわけないでしょ……。毎朝、家に迎え行って感想聞かれたらたまったものじゃないわよ」


「伊藤先生ならやるわね……。光源氏には勉強熱心だから……」


 空蝉が答える。


「だから、光源氏って呼んでも答えないわよ」


 先生方が春達の方を向く。


「ちゃんと読みなさい。面白いから! 」


「だって先生。不倫の話でしょ?時代遅れ。女遊びする男がモテるのは前世紀だわ」


 空蝉が答える。


「長過ぎる」


 末摘花が源氏物語第一部を開きながら答える。そこで、すっと若紫が本に目を通し応える。


「この巻は光源氏誕生から栄華を極めた繁栄期を描いている。その他に、衰退期の若紫が亡くなるまでが2部。雲隠という光源氏が亡くなる様子が描かれたと言う名前しかない3部。そして、私の好きな宇治拾遺物語の4部。でも、光源氏の女好きは一貫しているわ。」


 若紫が視線を落とした侭話す。


「彼女を見習いなさい。文芸部には学年トップがいるんだからね。」


「文芸部と成績関係ない〜〜」


 空蝉が手を挙げた。


「理数科だけなら春はいいトコいってるじゃないの? 」


 夕顔が答える。


「英語嫌いな娘で悪かったわね」


「晴先生は数学教師でしょうが……。身内に科目強いの居て良いじゃないよ? 」


 末摘花が応える。


「来年は受験生なのよ。真剣に……、まあ、今は文化祭の催しを成功させるわよ。私がナレーションや他をやるから貴方達はその章をきちんと噛まないようにね」


 女の文芸部顧問が笑った。先生同士の押し問答は終わったようだ。


「で、不倫は文化祭の題目として良い訳? 」


 空蝉が吠える。


 先生同士が困惑しているが、古典顧問の女教師が話し始めた。


「平安時代の結婚は通い婚だったのは知っている?性にも開放的で確かに不倫を文芸にしたものだわ。でもね、光源氏は帝を中心とした政治的歴史的で平安時代の日常を描いているの。本を読んで貰えば解るわ」


「女性が財産を継ぎ家系を守っていたそうよ。通い婚は3日男が女の家に通い露顕ところあらましの儀をして漸く、結婚になったのよ。3日何があっても通うの時代的に大変だったと思うわ。それに、直に同居とはならなかったみたい」


「良く知ってるわね。若紫役の学年トップは……」


 空蝉が皮肉を吐いた。


「でも、場面は光源氏の不貞行為ばかりの場面ですよ。先生方」


 夕顔が呟いた。


「人気がある場面は有名なのよ。だから、若紫の出会い。夕顔。空蝉。末摘花が最も有名ね。だから、戯曲にしたの」


「じゃ、なんで花宴が入る訳?源氏物語はタイトルが女の名前になってる話しばかりじゃないの? 」


 生徒がザワッいた。


「何故、追加したのかは、朧月夜が出てくるシーンだからだよ。彼女は敵、右大臣の娘で皇太子妃の話が白紙になってしまうんだ。初めての光源氏の苦悩だから、やりたかった」


「必要なくない?文芸部に? 」


「悪くないわよ。花宴……」


 若紫が答える。空蝉が溜息を吐く。


「で、部員が一人足りないのはどうすんのよ。先生方」


 末摘花が呆れている。


「探してこい……。友達とか女子ならいっぱいいるだろうが……」


「文芸部に陽キャいないし、その上、朗読人前で出来る奴は少ないって……」


「探すだけ探してみましょうよ。私も話掛けるしね」


「夕顔は良い人すぎるよ。光源氏は心当たりは……?」


 末摘花が春を見ると、無視しているのが分かる。


「春さん…以外にも声掛けはしてみましょう……。」


 ひとり狼の若紫が言葉を吐いた。

 春は答えなかった。

 そして、文化祭一人参加するミッションが追加されたのだった。

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