第2話 春

 令和時代の物語。


 彼を思い出すのは、後ろ姿だった。

 必ず男友達と喋っていて、楽しそうな姿。

 伊藤 春いとう はるは、それを邪魔したくて、自分を見てもらいたくて、机の下に潜って、足にしがみついた。


「どうしたの?春ちゃん?お絵描き飽きたかい?」


「春も一緒にお話する!」


 春が、三歳児で発せられる言葉は然程、多くはない。

 彼が抱き上げると、春はお姫様の様な気がするのだ。


「遊ぼう、遊ぼう。プリンセスごっこがいい。お洋服着せて。青いの。」


 彼は何時もの場所からシンデレラの服を出した。お絵描きセットを片手で片付けると、春をソファーの上に立たせる。


「今日はシンデレラの気分なのかい?」


「悪い魔女がいるから、いいの!」


「その話しだと、俺が魔女かよ。」


 先程まで彼が座っていたダイニングテーブルの方から声がする。

 伊藤 晴いとう はるが顔を、しかめている。紅と同じ年齢の男性。仲がよく彼が遊びにくる春の家には、必ず居る晴。

 こいつは嫌いだ。私の彼と必ず一緒にいる。はっきり言ってお邪魔虫だ。


「お友達とは仲良くよ。春。」


「ママ。晴はお友達ない。」


 扉を開くと春の母親、伊藤 節いとう せつが入ってきた。籠に洗濯物をいれて、部屋を通過している。


「俺だけ幼児扱いかよ。」


こうくんを取り合っている。何んて、同次元よ。」


「まあ、まあ。」


 晴に伊藤 秋継いとう あきつぐが、お茶を入れ直して出している。春の父親である。


「秋継叔父さん。子供か我儘に育つよ。」


「紅や晴が居ないと聞き分けが良い。良い子だよ。口が達者で困っている位だ。」


「じゃあ。節さんに似たんだね。秋継叔父さん。雄弁では無いもの。」


「娘はどちらにも似てないよ。」


 秋継が悲しそうな顔をした。


「それどう言う意味?」


 晴が紅から視線を戻して、秋継を見た。表情は曇っている。

 ソファーの上の春は、洋服を着替えて満足げに、紅の側に座った。


「春ちゃんは、春ちゃんだもの。誰に似てなくったって、可愛いよ。ね、先生。」


紅が春を膝の上に乗せた。春は、満面の笑みで微笑んでいる。


「ああ、そうだな。春は娘だ……。」


 秋継が声を出した。微笑んでいる様な複雑な顔をしている。

 庭に洗濯物を干した節が帰ってきた。


「雨が降りそうだから、春に厚着させてくれる。紅くん。」


「はい。節さん。春ちゃん。お散歩にでも行くかい?」


紅は何時もの様に春にコートを掛けた。


「だっこ。だっこ。紅。だっこ。」


 当たり前の様に紅はお姫様抱っこをした。

 春が彼に抱っこをせがむ時は、お姫様だっこなのだ。他の男や父なら腰に抱える立て抱っこしかさせなかった。


「はい。はい。お姫様。」


「春!それじゃあ。散歩にならないでしょうが!歩きなさい。紅くんにも迷惑だわ。」


 紅にしがみ付いて春は頭を振った。


「イヤ!」


「大丈夫ですよ。節さん。また、外にでれば、歩きたくなるだろうし……。外が雨になる前に帰ってきます。」


「じゃ。俺も行くよ。傘持ってくるから、玄関で待ってて。」


「何時も悪いわね。ありがとう。紅くんと晴くん。」


 二人は微笑んだ。

 春は暖かな腕の中を独占出来るのが嬉しかった。

 だから、晴が付いてくるのに気が付かなかった。

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