第5話【発覚】

 ベンダーマン(自動販売機補充員)の仕事は、朝8時出勤と学校並に早い。

 一日に回る自動販売機の台数は、一人辺り約20〜30台。月末になると40台を超えることだってざらにある。


 今日がその月末なのだが......そういう時に限って補助アルバイトの有坂さんが急な怪我で欠席とは、本当に朝からついていない。

 これは家に帰れるのは午前様直前になりそうだな......。


「藤原さん、お疲れ様です。今日は大変でしたね」


 ぴったり40件目でなんとか目標売り上げを達成し、クタクタになって支店に帰ってきた俺を、内務社員の米倉さんがデスクで出迎えた。


「お疲れ様。いや参ったよ。有坂さん、月末に休まれると俺がキツいの分かってるはずなんだけどな」

「このタイミングで腰痛の為に欠席というのは、多分アレ......ですよね?」

「しかないでしょ」


 米倉さんが恥ずかしそうに頬を赤らめ訊ねるとは、すなわち夜の営みのこと。

 世間の厳しい子育ての現実を知り、子作りに躊躇していた旦那さんを説得できたのかは知らないが、もうちょっとタイミングを考えてほしいものだ。


「以前から思っていたのですが、有坂さんは我社で働く人間に相応しくないと思います。見た目や服装もとても品があるとは言い難いですし」


「それを言われちゃうと何も返せないな」


 確かに米倉さんの言いたいことは分かる。

 今の時期だとTシャツにジーパン姿という、ラフな出で立ちが定番の仕事着となる有坂さん。

 社員はもちろん会社の制服での作業が義務付けられているが、社長の方針でアルバイトさんに関しては派手過ぎなければ基本服装は自由とされている。業界としては珍しい。


「有坂さん、髪色もあんなだし勘違いされるけど、意外と仕事もできるからさ。それにお客さんウケも結構いいし」


「なんですかウケって。飲料の販売・補充にそういうのは必要ないと思いますが」 

「米倉さんも現場に出ればわかるよ」


 目を細め真面目な表情で意見を述べる彼女を軽くたしなめ、俺は自分のデスクのある方へと向った。

 案の定、支店内は俺を含めた数名しか残っておらず、我がグループの部下たちも一人を除いて他は皆上がっている。

『売り上げを達成するまで帰ってくるな!』と、朝の朝礼で吠えていた支店長はとっくに帰ったらしい。

 どうせまた問屋を使って、他支店の管理する地区に破格の条件で卸した商品を飛ばし無理矢理売り上げを達成したのだろう。

 さすが、社内で『将軍様』と揶揄されている嫌われ者だけはある。


「良かったらこのあと、二人で呑みに行きませんか?」


 事務処理を終え、ロッカールームから出てきた俺に、同じくこれから駅まで歩いて帰ろうとしている米倉さんが小さく声をかけてきた。


「ごめん。今日はちょっと勘弁してもらえる? 久しぶりに月末一人で回ったから疲れちゃって」

「ですよね.......私の方こそ、申し訳ありません」

「なんかあった?」

「いえ、そんなことは」


 有坂さんや他の支店内のメンバーには面倒くさいのでほとんど話していないが、俺と米倉さんはたまに仕事帰りに二人で飲みに行ったりしている。

 いつもは次の日が休みの華の金曜夜に行われることが多いんだが、随分急な誘いの上に彼女の断られた時の曇った表情が妙に気になり訊き返してみた。


「そっか。また例によって金曜日だったら大丈夫だから」

「はい。ありがとうございます。それではお先に失礼します」

「あ、お疲れ......」


 良ければ駅までの間に話しを聞こうか? と言葉をかける間もなく、米倉さんは三編みハーフアップの頭でお辞儀をするなり一人そそくさと帰ってしまった。


 ***


 自宅がある最寄り駅に着いたのは夜10時半過ぎ。

 朝の段階ではもっと帰りは遅くなるものだと覚悟はしていたが、とりあえず日付が変わる前に帰って来れて良かった。


 家までの道すがら、疲れた脳味噌で夕飯をどうしようかと思案していると、一軒の和食チェーン店が目に付き足を止めた。

 まだ先月オープンしたばかりのそこは、おかずや味噌汁だけでなくお米の種類まで自分好みに選択できるという。

 栄養がどうしても偏りがちになる一人暮らしの人間には、とてもありがたい存在だ。

 いい加減コンビニ飯や牛丼も飽き飽きだったので、そろそろ新しい夕飯の選択肢を追加したいところだったので丁度良い。


 店内に入ってみれば、こんな時間帯だというのにそこそこのお客さんで賑わっている。

 すぐ近所にパチンコ屋が数軒あるから、その帰りに一杯引っかけたくてやってくる人間が一定層いるのかもな。

 仕事柄、つい日常でもどういったロケーションなのかを分析してしまうのは完全に社畜の証。

 そりゃあ10年近くもこの仕事やってれば嫌でも癖が付くわな。

 自嘲気味に鼻を鳴らし『俺が選んだ最強の和食のおかずたち!』を均等に味わって食していると、横から気分の悪くなる声が耳に届いた。


「相変わらずお前、さば味噌大好きだな」


 振り向かずとも分かる。

 俺がこの世でもっとも嫌いな人間にして俺の元父親――藤原圭一郎ふじわらけいいちろうがそこにいた。


「なんでここにいるんだよ」

「決まってんだろ。お前と同様夕飯食べに来たんだよ。娘を連れて」

「は? 娘.........!?」


 咀嚼しながら奴のいる方向を振り返り、俺は驚いて思わず咽ってしまった。

 圭一郎の娘だと紹介された女性――それは、真白彼方だった――。

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