悪役令嬢は公爵家当主となる

 メイドが医者を呼びに行ってから10分程が経過した後、医者が到着する。

 慌てて走って来たのか、少し息を切らしながらも医者は公爵様の所に駆け寄り診断を開始した。


 ・・・・・・・・・・


「どうですか、お医者様。お父様はお父様は助かりますか」

 マリアンヌは涙を浮かべて医者に質問した。

 その姿は心の底から父親の身を案じる心優しい娘そのものであった。もちろん全部演技であり心の中では悪態をつき、ざまあみろとしか思っていなかったが。

 悪女ここに極まれりである。


「こ、公爵様は、公爵様は、もうすでに、・・・亡くなっております・・・」

 医者は公爵の脈を眼を身体の状態を確認してそう告げた。


 深刻な空気が流れる。


「そんな、お父様が、お父様が・・・う・・・う・・・う・・・」

 それを聞いてマリアンヌは下を向き更に泣き出す。もちろん演技である。

 実際の所は自分の手で本当に死んでいるかどうか脈を確認しており、確実に死んでいると分かっていたのだ。その上で同情を誘うためにわざと泣いているのだ。


「何を泣いているのですか、マリアンヌ様。先ほど公爵様からもしも自分に何かあればこの公爵家を託すと言われたではありませんか」

 そう、セリカがマリアンヌに強く言った。

 もちろん嘘である。公爵はそんな事一言も言っていないし、もし生きていたとしても、あの公爵が、娘を道具としか考えていない差別主義者の色狂いの公爵がそんなことを言うはずはない。

 しかし、その事実を知るのは、マリアンヌとセリカのみである。もちろん賢い者は薄々二人が嘘をついていることに勘づくだろうが、だからこそ逆に差別主義者の色狂いよりも、まだカリスマ性を持ち王妃になる為にそれこそ血の滲むような努力を行い、それ相応の実力を持ったマリアンヌが公爵家を継ぐ方が良いと判断をする。

 つまり、何が言いたいかというとこの場においてその嘘は真実となるということであった。


「そうね、セリカ、そうだわ。私はお父様からこの公爵家を託されたわ。お父様亡き今、お父様の後を継いでこの公爵家を守れるのは私だけだわ。私はお父様の後を継いでこの公爵家の当主となるわ」

 涙をぬぐい、マリアンヌはそう高らかに宣言した。


 その姿は他の人からしてみれば、父の死を乗り越えてより強く成長し。公爵として父の後を継ぐ素晴らしい姿であった。

 ただ、実際は父を嵌めて毒殺し、自分が公爵家の当主になる為にひたすらに猫を被った。恐るべき悪女の姿であった。


 そして悪女はニヤリとほほ笑む。


 計画通り。


 と。



――――――――――――――――


 マリアンヌが公爵家を継ぐと宣言して一日後。


 マリアンヌは正式に公爵家を継ぐことを認められた。もちろん、普通はそんな早く認められはしない。


 じゃあ何故こんなにも速く認められたか?それに3つの理由があった。


 まず最初にいきなり公爵が死んだ為、引継ぎとか一切行われていないので、今すぐにでも仕事が出来る公爵家当主が欲しかったという理由だ。

 今回、死んでしまった公爵には娘が8人息子が3人いたが、マリアンヌ以外は全員8歳以下と幼く、到底公爵の仕事が行えるような年齢ではなかった。

 もちろん3人の息子の方が男という点で一部家臣やその息子を母に持った家に支持はされていたがしかし、やはりまだ仕事を出来る年齢ではないというのは今すぐにても公爵としての資格を持った仕事が出来る存在が必要な現状においては致命的であった為、却下された。


 というわけで、今現在、仕事が出来るだけの能力を持った公爵の血を引く者がマリアンヌ以外いなかったというわけである。これが一つ目の理由であり、最も大きな理由であった。


 二つ目は、マリアンヌが公爵家の後を継ぐというのに正式な決定権を持つ王家があの婚約破棄騒動でマリアンヌに多少の負い目と理由を求めていたためである。

 当たり前の話ではあるが新しい公爵を任命できる権利を持っているのは公爵家よりも上の存在である王家のみである。

 だから王家が認めさえすればそこまで支持されていなくても、無理やり公爵家当主になることは可能であるし、逆に言えば大きな支持を得ていても王家が認めなければ公爵家当主にはなることは出来ないのである。

 そんな王家は今現在、第二王子の起こした、あの婚約破棄騒動で上から下までてんやわんやであった。それはそうだという話である。

 10年以上も前から取り決めていた重要な王家と公爵家との結びつきであり、様々な思惑と利権が介入している、王子と公爵令嬢の婚約を一方的に勝手に王子が、たかが平民の為に婚約破棄をしたのだから。

 それはもうめちゃくちゃだ。てんやわんやになるわけである。更に言えばこれは余りにも王家にとって汚点過ぎるし、外聞が悪い。

 だって考えても見て欲しい、王子が平民と結婚する為に公爵令嬢に冤罪を突き付けて悪女呼ばわりした上で一方的に婚約破棄しました。

 どう頑張ってみても王子クソじゃんって感想に至る状況だ。

 だからこそ、その婚約破棄の理由を公爵家当主が病により亡くなった為にマリアンヌが新しい公爵家当主となるからという理由にして、今回の婚約破棄の件は王家は悪くないという風に王家としてはしたかったというわけである。

 といっても、その場にいて婚約破棄騒動を見ていた者に情報収集の早い人、賢い者はそれが嘘であるとすぐに気が付きはする。でもそれに気が付く程、聡い者は気が付いたからと言ってわざわざそれを変に指摘をして王家に目を付けられるリスクすら気が付かない程愚かではない。

 つまりどういうことかというとその嘘が本当になるということである。

 だから王家は、否、国王はすぐさまマリアンヌが公爵家当主になることを許可して王家の威厳を保ったのである。

 

 そして最後の三つ目はマリアンヌが公爵家の当主になることに非常に積極的であり、公爵が遺言としてマリアンヌに後を継がせると言っていたからである。

 もちろん最後の遺言は真っ赤な嘘である。だがしかしそれを証明出来る物は誰もいないし、証明をしようとも思わない。結果として遺言は真実として受け入れられ、マリアンヌが公爵家当主となるにあたっての大きな後ろ盾となった。

 

 以上の理由で本来は1ヶ月程度、下手をすれば1年以上かかる当主交代が1日で行われた。

 かくしてマリアンヌの計画は第三計画に移行する。

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