悪役令嬢は婚約を破棄される~そして計画は始まりを告げる~

「マリアンヌ。今日この時を持ってお前との婚約の破棄を宣言する。これは決して覆すことの出来ない決定事項だ。もう既にお前の父親にも我が父である国王にも正式な書類を送ってある」

 学園で行われた創立記念パーティー会場にて第二王子カイセルが婚約者である。否、婚約者であった、この国を支える公爵家の娘にして世代交代が続きかなり薄くはあるが王家の正当なる血を引く公爵令嬢マリアンヌに対してそう残酷な言葉を告げた。


 この創立記念パーティーでは学園に通うほぼ全ての貴族が参加しており、皆、学生という身分ではあるもののほぼ全員が将来の貴族または貴族候補、中にはもう既に貴族として爵位を親から継承している者もいた。

 そんな場所での発言というのは大きな意味と決して覆すことの出来ない力を持っていた。

 

 当たり前の話ではあるが第二王子と公爵令嬢であるマリアンヌの結婚というのは政治的に大きな意味を持つ物であり、決して第二王子が一人で勝手に婚約を破棄していいものではなかった。

 なのに創立記念パーティーという、非常に大きな力を持った場所で第二王子カイセルはそんな愚か極まりない行動をしたのだ。

 恐ろしい程に非常識で愚かで、控えめに言って頭が完璧に狂った馬鹿としかいいようがないレベルの愚か極まりない行動である。

 そんな最悪の愚者である第二王子・カイセルの隣には小柄な少女が抱き着くように寄り添っていた。


 その少女の名前はマリア。

 元は孤児であったが、その身に宿る膨大な聖なる魔力を見込まれ、学園に特待生として入学した100年に1度の美少女と言っても過言じゃない文字通り神から愛された少女であった。

 そんなマリアは小柄で儚げで男心をくすぐる動作であっという間に第二王子や騎士団長の息子、魔導士団長の息子に取り入り、魅了していった。

 元は孤児という身分でありながらも、逆ハーレムを築きあげ、下手な貴族以上の権力を持ってしまっている。

 もちろん、そんなマリアをよく思ない人間は非常に多い。その為毎日のように嫌がらせが行われ、遂には暴漢に襲われた。

 もし、そうもし偶然、偶々、運が良くあの場所に第二王子とその護衛達がいなかったらマリアは汚され犯され売られるか殺されていただろう。

 そんな暴漢に襲われるという衝撃的な事件は、何故か都合よく見つかる様々な状況証拠とマリアの証言から、その主犯として今婚約を破棄されたマリアンヌが挙げられた。

 ただあくまで挙げられただけであり、明確な証拠は一切ない。ただの一つも存在していない。

 だけどマリアに恋をする男どもにとってはマリアンヌの仕業であるというのは確定であり、証拠の有無などはさして関係なかった。

 マリアンヌという自分の愛しているマリアを傷つけた悪魔に罪を償わせようとしていたのだ。


 そしてマリアンヌは第二王子の手によって婚約破棄されると共に、マリアに盲目に恋する男どもの手によって証拠も何もない罪を償わせられようとしていたのであった。


「どうしてですか?カイセル様、私は何故婚約破棄をされるのでしょうか?」

 マリアンヌはさも当然のようにそう言い放った。一切の反省も言い訳もせず。自分に最大の自信を持ち言い放ったのだ。

 まるで自分は何もやってない、もしくはやっていたとしても証拠を完璧に消して自分が犯人だと絶対にバレない自信があるかのようだ。


 その余りの不遜な態度はもちろんカイセルの逆鱗に触れた。


「何故、何故?といったか?ふざけているのか、お前が今までマリアに行ってきた様々な嫌がらせやってないとは言わせないぞ」

 カイセルは怒鳴った。それはもう顔を真っ赤にして激しく唾を飛ばしながら怒鳴った。


 マリアを愛したカイセルにとってマリアンヌは婚約者というマリアの愛を邪魔する障害であり、マリアに嫌がらせを、ひいてはマリアを殺そうとした最低最悪の悪女であったからだ。

 そして今ここに婚約を破棄された女性は涼しい顔をしてるのに婚約を破棄した王子が血管を浮かび上がらせて顔を真っ赤にして怒鳴るという何とも不思議な現象が起きていた。


 それをマリアを愛する一部を除いた学生たちが見る。見る。見る。見る。見ていた。

 ある者は興味を抱きながら、ある者は楽しさを抱きながら、ある者は王子に嫌悪感を抱きながら、ある者は今後の政治についてを考えながら、ある者は親への報告文を考えながら、ある者は今後起こるである展開をほくそ笑みながら。

 ただ、一つ共通していることがあるとすれば、第二王子カイセルという男を心の底から馬鹿で愚者で愚か極まりないアホだと思ったということであった。

 

「いいや、やっていませんわ。何度でも言ってあげましょう。私はやっていませんわ」

 カイセルに怒鳴られてもなおマリアンヌは一切動じることなくそう言い切った。


 その余りにも堂々とした態度はその場にいた人から見れば、マリアンヌは無実ではないかと思ってしまう程のものだった。実際にほとんどの生徒がマリアンヌは無実だと考えていた。

 

 ただここで、皆が気が付いてない真実として面白いのがマリアンヌがマリアを虐めたというのは本当であったということである。

 部下に命じて水をかけるや物を破壊する等の嫌がらせを日常的に行わせたのもマリアンヌであり、暴漢を雇ってマリアを襲わせたのもマリアンヌであった。

 ようはカイセルは何一つ間違っていないのだ。

 ただ、マリアンヌが巧みに自分に繋がりそうな証拠を消しているだけであった。

 もちろんカイセルはその事実を知らないが、ただカイセルにとってマリアンヌが犯人だと断定しているので、事実を知った所でさして意味はなかった。


 というわけで当たり前だがカイセルにとって今のマリアンヌの堂々とした態度と堂々とした嘘は今の自分の燃え盛る激しい怒りに油を注いだ上で炭を投げるような真似であった。


「ええい、ふざけるな、ふざけるな。しらばくれおって、この悪女めが、おい騎士よ。何をしているあの悪女を取り押さえよ」

 カイセルが頭に血管を浮かべて怒鳴る。かなり広いパーティー会場にそれはもう大きく響き渡る程の声で怒鳴った。


 だがしかし、騎士は誰も動こうとしない。

 それもそのはずだ、一般の騎士には公爵令嬢であるマリアンヌを取り押さえる権限など持ち合わせていないからだ。

 もしも下手をして怪我をさせた終いには首が物理的に飛んでしまうと騎士達は分かっていたからだ。

 公爵令嬢であり元とはいえ王子の婚約者であった女性、非常に薄くなってしまっているとはいえ王家の血をその身に宿している女性。それがマリアンヌである。

 それ即ち一介の騎士には触れることすら恐れ多い高貴な存在ということだ。

 だから騎士は一切動かないし動けない。


「何をしている、騎士よ、動け、動け。あの悪女を取り押さえろ」

 カイセルが怒鳴り散らすがやはり騎士は誰も動かない。


 そう、騎士は動かなかった。代わりに動いたのは学生であり騎士見習いであり騎士団長の息子であるマッシュだった。

 彼もまたマリアに恋する一人。マリアが虐められてると知りマリアンヌに対して怒り心頭な人物であった。


「騎士いや、お前ら無能共が動かないのであれば、俺が動こう」

 マッシュはそう言い放つと、大股でマリアンヌに近づいた。

 そして、マリアンヌを拘束するために腕を掴もうとした時だった。


 ドン


 マリアンヌが元々かなり近くにいたマッシュに身体が密着するぐらい近寄って身体を密着させるとマッシュの胸を思いっ切り突き飛ばした。

 もちろん、身体を鍛えているマッシュにとってはマリアンヌという身体を鍛えていないか弱い令嬢の細腕に突き飛ばされるほどやわではない。

 むしろ突き飛ばそうとしたマリアンヌの方が反動で後ろに倒れた。


 そう、倒れたのだ。


 ゴツン


 と鈍い音を立てて床に頭を打ち付けるマリアンヌ。

 もちろん床にはカーペットがしいてあるがそれなりに硬い。

 ただ、床に頭を打ち付けたマリアンヌは実は風魔法を使い威力を殺しており、頭をぶつけた音も風魔法の応用でそう聞こえる様にしただけであった。

 つまり、マリアンヌは一切ダメージを受けていなかったということである。

 しかしその事実を知るのは、今この場におていマリアンヌだけであった。

 そしてマリアンヌは奥歯に仕込んでおいた、気絶薬を噛み砕き、敢えて、そう敢えてわざと気絶をした。


 ――――――――――


 さて冷静に状況を第三者視点で判断してみよう。


 今、第二王子・カイセルが婚約者であり公爵令嬢のマリアンヌに対して、平民の娘に嫌がらせをしたという理由で婚約破棄をした。

 その上で平民の娘に嫌がらせをしたから捕まえろと護衛の騎士に命令をした。


 しかし、当たり前であるが護衛の騎士は動かなかった。

 だから、騎士団長の息子であり見習いながらも騎士である、マッシュがマリアンヌを捕まえようと動いた。


 マッシュはマリアンヌを捕まえようと迫った後、嫌がるようにしているマリアンヌに身体を密着させた。

 それを抵抗する為に手を突き出したマリアンヌを逆に突き飛ばして身体を床に叩きつけて気絶させた。


 こんな状況を見て、誰がマリアンヌが悪いと思う?


 平民に対する差別意識の強い貴族達にとってみれば、むしろ、平民の娘ごときで非常に重要である婚約を勝手に破棄して、平民の娘ごときで公爵令嬢を捕まえようとした。罪人にしようとした。

 最後は曲がりなりにも騎士見習いであるマッシュが第二王子という立場のカイセルに命令されてか弱い公爵令嬢に怪我をさせた。


 誰がどっからどう頑張ってみても悪は完全に完璧に第二王子側であった。

 そうなると第二王子・カイセルの派閥はどうなる?信頼ががた落ちだ。逆に公爵令嬢であるマリアンヌは同情される、優しくして貰える。そして、第二王子を含む王家に対して怨みを持つ家の一つとなる。


 そう、それこそが悪役令嬢・マリアンヌの計画だった。

 計画第一段階・婚約破棄され、同情を集めるとともに、第二王子派閥の信頼を削ぐ。

 そして計画は第二段階に移行する。


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