3

「あの女は病気で長くは保たない。だから、女の両親が苦しんで死ぬよりも辛くてもいいから楽に死にたい、と雇われてな。お前に懐くとは想定外だったがまぁいい。ご苦労」


 思いっきり陽祐に腹を蹴られ、爪先が深々とめり込む。セクトはナイフの痛みと腹部の痛みが耐えかねその場に倒れると駿が「酔っぱらいのふりしてたの俺だしー。あの時殴られたからお返ししないと」と強引にカッターナイフが引き抜く。馬乗りになるや「末っ子なんだからさ」と嫌みたっぷりな声と顔で何度も振り下ろした。

 肌に刃が何度も刺さる。引き裂かれ、火傷のような痛みに声が漏れ、それをケラケラと悪魔のように駿が笑う。


「陽にぃー殺してい?」


 ジャケットやYシャツから滲み出る血。血溜まりとは呼べないがセクトの周囲にカッターナイフを引き抜いたときに飛んだと思われる血飛沫がいくつもあった。


「そこまで。行くぞ。契約期限は今日。構ってられない」


「えー」


「満身創痍だ。動けまい」


「んー。じゃあ、エイッ」


 セクトの左腹部にちょうど骨盤の上辺り。そこに遠慮なしにナイフを突き立てるや蹴りつけ駿は立ち上がる。


「アハハッじゃーねぇー。報酬は此方持ちだからバイバイ」


 駿の言葉に腹が立つもセクトは意識を失う。真っ暗な視界に一人。寂しげに佇んでいると「起きろ、バカ!!」と乱暴な声にうっすらと光が差した。


「おい!!」


 揺さぶられ、うっすら目を開くと必死に声かけるリキの姿。優しく抱き抱え、失血を圧迫しつつ呼び掛ける。


「ぬ……て」


「聞こえねーよ。はっきり言え!!」


 口に広がる鉄の味。顔を横に向け、思わず血を唾と一緒に吐き捨て――苛立ちが込み上げつつ言い返す。


「抜け!!」


 苦しげに噎せながら怒鳴ったため驚いたか。「わ、分かった」と戸惑いながらも「我慢しろよ」とリキは傷口を強く押さえつつカッターナイフを引き抜く。


「グッ……」


 血がじんわりと滲み、真っ白なYシャツを真っ赤に汚す。セクトさ痛みに顔を歪ませながらリキの肩に手を乗せなんとか立ち上がる。


「バカッ無理すんな!!」


 びっこ引きながら歩くセクトにリキは駆け寄り肩を貸す。しかし、一人で歩きたいのか振りほどこうと動かす彼に「なぁ、これ」指輪を見せる。それを見たセクトは目を丸くし黙り込む。


「多分、あの子。お前のこと大好きなんだよ。話はあの子から聞いた。病気で死ぬのは分かってて、それでもいいから気になる人のそばに居たかったって。親がロクデナシでも相手が殺し屋でも。お前になら殺されたいと思って、あんな危ない場所来てたんじゃねーの? お前の兄弟振りきってずっとお前が振り向いてくれるの待ってたって。だから、今まで付き合ってくれた“お礼”だって。良いのか、それで。悔しくないのかよ」


 リキの言葉に彼女との思い出が蘇る。さりげなく血に濡れた手で指輪に触れ、左手の薬指に填め、街灯に照らすと「彼女がそんなこと……」と力が抜けたかリキが必死に受け止める。


「『人殺しに懐いちゃダメだ』ってあんなに言ったのに……あの子ったら何してんだか」


 嬉しいの。か嫌なのか分からない感情。ソッと血で指輪を汚すとリキが「ほら、礼も言わずに消えんのも、胸くそ悪いだろ。だったら、忘れたもん取りに行かないと、な」と腰を掴み無理矢理立たせる。

 支えながら一歩ずつ歩くと「待って」とセクトはポケットから包帯と固定テープを取り出し治療。服を捲り、傷口をテープで押さえ付けるように貼り付け、包帯で簡単に巻く。応急措置にしかなってないが、痛みが弱まり、なんとか一人で歩く。


「大丈夫か?」


「NOと言ったら怒るでしょ」


 腹部を押さえ、苦しそうに時より立ち止まるも歯を食い縛る。


「まぁな。お前、本当に偉いよな。兄貴にボコられて、刺されても立ち向かうそのタマ」


「家族に刺されたのは、これが初めてじゃない。結構ヤられたことあるから」


「こえっ」


「なんてね」


「ハッ冗談かよ!!」


「いいや、冗談じゃない。これでもまだ可愛い方だよ」


 園内を探すも姿はなく、駐車場に行き車を探す。


「アイツらどこ行った」


「園外。駐輪場で見覚えのあるバイクがあったけどない。確か、車で数分の展望台あったからそこかな。海近いから見渡せて綺麗だって有名でしたし、自殺の名所としての名もある」


「へぇ、じゃあそこ行くか」


「え?」


「俺、バイク出来た」とリキ。


「あ、そうなの。俺さ、普通の一人なりきろうと電車出来ちゃった」と笑うセクト。


「もし、ヤバイことになったら移動手段必要だと思ってさ。だから、別々に向かったんだよ。まさか、役立つとは」


 リキは黒いバイクに股がり、セクトはヘルメットを受け取るや後ろに乗り込む。軽く腕を腰に回すと「振り落とされんなよ」とリキはエンジンをかけアクセルを握る。駐輪場とゲートを抜け、車を避けながら我先にと危険だと分かってて進む。高速に乗り替え限界まで跳ばしてはすぐに降り、ピカピカッと光放つ展望台へ。

 目的地に着きバイクを停めると不自然に止まるバイク。耳を澄ますと展望台付近から声が聴こえる。階段を掛け上がり、足元に注意しながら進むとザザーッと暗闇から聴こえる波の音。そして、岩にぶつかる叩き付けられる激しい音。

 自殺の名所でもあるため、少し明かりが点っているが見えるとは言えない。崖だと思われる場所のフェンスは切り裂かれ、その下にピンクの可愛らしいハンカチ。多分、彼女の物だろう。

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