ゼロから始める農業生活 (3)

 さて、前回からの続きですが、役所側の対応に激おこな自分がとった最終手段、すなわち、「先生、お願いします!」作戦。要は、議員の先生に陳情することでした。


 ここで重要なのが、議員先生との顔繫ぎであり、その場になったのが“神社の奉賛会”だったのです。


 神社の奉賛会は先が見えていました。なにしろ、所属メンバーは60、70歳の高齢者ばかりで、その下の世代がいないのです。十年もすれば、もう誰もいなくなるのでは、といういずれ潰えることが決まっている状態でした。


 そこへ他所からの移住者がやって来て、いきなり加入を申し出てきたのです。40、50をすっ飛ばして、30代の若手が入ってきたのです。


 当然、若い労働力が入ってきたのですから、色々と駆り出されましたし、その点は事前に覚悟していたので気にもしませんでした。神社境内の掃除に、祭りの際はその設営、年末年始の神事の手伝いなど、それは多岐にわたりました。


 しかし、それ以上のリターンがありました。


 農業を始めるという話はすでに広めておいたので、自分の使っていない畑を使うか? という申し出が奉賛会メンバーから提案があったり、あるいは親戚筋から畑の話を持ってきてくれたりと、農業する上で必須であった農地の確保ができたわけです。


 労働力の提供に加え、最強の交流スキル《飲みニケーション》発動! 自分の保有スキル《調理》が加わり、効果はさらにドン! 倍増!


 奉賛会の料理番という立ち位置も確保し、メンバーの好感度を稼いできました。これがメンバーからの紹介が加速していった理由です。


 こうして紹介された畑は放置していた土地も多く、荒れ地になっている場所も多々ありましたが、そこはしっかりと草を刈り取り、親方からトラクターを借りるなどして耕し、使い物になるようにと土地改良していきました。


 そして、そんなメンバーの中に議員先生もいたわけです。先生には土地の紹介だけでなく、後の話にもなりますが、人を雇い入れる際にはパートさんを紹介してくれたりと、色々と面倒見ていただきました。


 無論、こちらとしても労働力を対価として支払ったわけですから、持ちつ持たれつではあります。そうした関係を築けた点は、奉賛会加入の最大の報酬ではないだろうか。


 そうしたことが最大の力を発揮したのが、この騒動での一幕でした。


 議員先生に事情を話し、どうにかならないものかと相談したところ、即決で動いていただけました。


 そして、すぐに役場の関係者が自分の家まですっ飛んできました。それも平役人ではなく、役職持ちの上司がである。


 申し訳ありませんでした、と頭下げられました。


 うん、はっきり言いますと、私自身も驚きました。



 議員先生、つおい! 超つおい!



 正直な感想だと、これです。本当に田舎の議員や顔役の権力って、地域限定ですけど、強力極まりないことを見せつけられました。


 まあ、議員先生にしても、事情を知ったからには動かざるを得なかったのではありますが。


 私的には、ようやく手に入った“若い労働力”を手放すわけにはいかず、公的には、市が勧めている“移住プロジェクト”が頓挫しかねない大ポカを、役場の担当部署がやらかしたのですから、さっさと処理しないと、市政全体に影響が出かねないという事情があったのでしょう。


 実際、自分は破産しようものなら本気で訴訟起こすつもりでいましたし、議員先生にもその旨は伝えてましたので、妙な所に飛び火する前に動いたと言ったところでしょうか。


 なにしろ、市側には不利な材料が揃っていました。こちらも建設予定地には実際に担当者を案内して、確認を取っていましたし、その後の他部署への伝達不足もあって、工事直前になって不備が発覚するという始末。


 しかも、その状態でありながら議会で審議をかけ、それが通過して予算も確保され、市長の署名捺印までなされた企画だったのです。議会を通過し、市長が判を押した企画が、何の価値もない紙切れに成り下がったらどうなるか、市全体の信用問題にかかわることです。


 これを素早く察した議員先生と、能天気な担当窓口との温度差が、一連の機敏な動きになって現れたのだと思います。担当部署の役員が血相変えて自分に謝りに来たのも、そのまずい事情を議員先生に諭されて、ようやく遅きに失しながら気付いたというわけです。


 また、時系列的には少し後のことになりますが、この問題の解決策をいくつか提案し、議員先生を介して議会に提出したりもしました。


 大半はコストを理由に却下されましたが、それでも担当部署に“農業に倉庫は必須!”という認識を植え付けることには成功し、自分の後からやって来た新規就農者には、倉庫ないしその建設用地の確保は担当部署の必須案件となりました。


 まあ、自分の身に降りかかった大失態も、一応活かされた格好になって、その点では後輩の役には立ったかなと自負しています。


 そして、担当部署のこちらへの対応が、“極めて”丁寧なものへと変化しました。


 まあ、言ってしまえば、よそ者だと思って軽くあしらっていた相手が、《議員先生召喚》というとんでもスキルの持ち主で、強烈な反撃を繰り出してきたという感じでしょうか。


 挙げ句、議員先生を介して議会に議案を提出し、担当部署がやり玉に挙げられる始末。とんでもない行動力の相手を敵に回してしまったというわけです。


 わざわざ都会から田舎に引っ越してきて農業始めるって人間の意気込みを、現地民が甘く見た報いってやつですな。


 なろうでありがちな、ざまぁ系の展開をリアルで実施してしまうとは、自分でも驚きです。


 ちなみに、その後もやらかしはありましたが、担当部署とは現在、極めて良好な関係ですよ。


 現在の担当者が“若くて可愛い若い女性”に変わったからとか、そういうのではないですからね! 本当ですよ!


 若手だからこそ、学ぶ姿勢を持って、こちらと相対してくれたというわけです。


 結局、年期うんぬんよりも、学ぶ姿勢の有無が重要だったというわけです。なにしろ、役場の人間なんぞ、農業の現場を知らない素人ですから、知る、学ぶの姿勢の方が大事なんです。


 しかし、これで補助金の復活が確約しましたが、まだそれを発動するには手札が足りていません。なぜならどうあがこうとも、“建築法”に引っかかるため、新規での倉庫と作業場の建設ができない状態なことには変わらないからです。


 まあ、言ってしまえば、倉庫が立つことを前提にした補助金の受け取りはできても、倉庫が建つのはいつになるのか、という状態です。


 倉庫、作業場はどうやって建てたのか、そのお話は次回を待ってね♪


 

           ~ 次話に続く ~

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る