恋バナ

 結局私はシズさんと一緒に眠ることになってしまった。まぁ、別に嫌というほどのこともないけど、ライバル……いや、何だったら天敵と呼んでもいいこの人と一緒に眠るとなると、私の中に眠る闘争心が噴火して、ついつい殴ってしまいそうになる。


 まぁ、殴ったら確実に負けるけど……。


「……なぁ、ヒロシ」


 シズさんが唐突に先輩の名前を呼ぶが、返答はなかった。静寂よりも静かな静寂が流れた後、シズさんはほっと息をついて、私の方に寝返りを打った。


「なんで急に先輩を呼んだんですか?」

「いや、ちょっと話したいことがあってな……」


 シズさんの表情は神妙なもので、何か困っていることがあるのは、私にも明らかだった。


 最も、異世界から来たというのなら、それはもう悩み事や困りごとのオンパレードではあるだろう。それでも、今日一日二人を見て、そんなに困りごとがあるようには見えなかった。


 だから、考えられる悩みとしては……。それこそ恋とか?


 シズさん、恋愛からはかなり縁遠い人だったっぽいし、その可能性は十分にあり得る。


 頼みます! お願いだから先輩がその恋の矛先になっていませんように!


「最近、なんだか変なのだ」


 あー……、これあれだ。自分の恋心に気づいてないタイプだぁー。


「ヒロシを見ているとこう……、居ても立っても居られないというか……」

「ふぅ~ん」


 もうそれは完全に好きじゃないですかー! やだーもー!


 今まではライバルがいなかったからこんなにゆっくりしていてもよかったけど……。そうじゃなくなる。


 まぁ、ここ最近はゆっくりなんてしてなかったけど……。


 何が嫌だって、シズさんは普通にめちゃくちゃ可愛いってこと! それこそ可愛さでごり押しをしたら、私が負ける可能性の方が高い!


 そんでもってこのスタイル! もはや黄金比なんじゃないかと疑うほどのスタイル……。残念ながら私には人に誇れるほどのスタイルは持っていない。


 シズさんの全身をくまなく観察していると、何もわかっていないような顔のシズさんが続けた。


「ヒロシのために何か役立ちたいと思うようになってしまったんだ……」

「……それは」


 さぁてどうする? シズさんに本当のことを言うべきなのだろうか? でも、恋を自覚した女の子がどれだけ行動力にあふれているかは、私は知っている。


 けれど、そんなずるをして得た先輩は、本当に私が欲した先輩? そもそも、先輩はそんなことをした私を好きになってくれるの?


 そんな疑念が出ると同時に、私の心の中で、恰好は完全に天使なのに、歪曲したまがまがしい角を持ついかにも悪魔な奴が語り掛けてくる。


「でも、恋愛は残酷なんだよ?」


 た、確かに。恋愛は残酷だ。素直にぶつかるほうが馬鹿を見るんだ。


 だけど、だけどね? たとえそれが間違いなんかじゃなくても、ただの残酷なだけだったとしても……。


 だとしても私が納得できない残酷は、やっぱり嫌だ。


「それは、多分先輩のことが好きなんだと思う……」


 決死の思い出告げた、私にとって残酷な真実。しかし、シズさんはまたきょとんと何も分かってないような顔をしていた。


「……な、何を言っている! 私がヒロシのことを好き? そんな馬鹿な!」


 シズさんはなるべく先輩には聞こえないように静かに、されど噴火したような剣幕で否定をしてくる。しかしその勢いこそが、先輩への強い思いを表しているといってもよかった。


「……よくそんなに強く否定できますね。あんなに先輩のことを見ていたり、しかも帰って早々抱き着いて……」

「そ、それは……!」


 そう言いかけて、シズさんは口を止めた。何やら意味ありげな様子だった。


「……ヒロシは、私を殺した男とうり二つなのだ」

「え……」


 衝撃の言葉だった。


 でも、納得もした。なるほど、確かにそんな相手に恋心を抱くというのは、思うところがあって当然かもしれない。


「で、でもそれならなんで帰ってきたときに抱き着いたりなんて……」


 そう聞くと、シズさんは顔を赤らめてもじもじし始めた。


 なるほど……。認めたくないけど、好きなのはなんとなく分かってたんだ。


「と、とにかく、それは好きってことです!」

「……分かった。それで、ここからが相談なんだけど……」


 え? え? え? ふつうここで終わりじゃない? そうでもない? そうですかすいません。


「な、なに?」

「私はどうすればいいんだ?」

「……何もしないほうがいいですよ」


 私は笑顔で答えてやった。なんと言われてもいい。これ以上は流石に真っ向勝負が過ぎる。


 大体、私とてどうすればいいのか答えを出しあぐねているんだし、下手なことを言うべきではない。


 そう自分を納得させて、何とか眠りにつくことができた。


 これが私の人生で初めての恋バナになった。

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