本番。

 一週間が経って、いよいよ本番がやってきた。一応この一週間で教えられるだけの常識は教えたが……。それはそれで話題に苦心しそうなんだよなぁ……。


 そんな心配があって結局デートの様子を見守ることに……。亜衣さんがいい人を連れてきたというから、まぁ、大丈夫だとは思うが……。


 事前にどこで待ち合わせかだけは聞いていたので、マスクとサングラスをして、普段は着ないような服を着て、シズさんのことを待ち伏せした。


 シズさんもまた、以前からは想像できないさわやかな服装を装っていた。


 シズさんは挙動不審だと疑われるぐらいに周りをきょろきょろと見渡していた。怪しい……。俺が言うことではないのは確かだが、めちゃくちゃ怪しく見える。


 と、しばらくそわそわと落ち着かない様子のシズさんを見ていると、奥の方からさわやかな男性がやってきた。


「あの、シズさんですか?」

「あ、あぁ……」


 なるほど、見た感じは確かに悪い人ではなさそうだ。だが、心配はここからだ、シズさんの非常識発言にどれだけ対応できるか……。


「僕は、上村一樹といいます」

「わ、私はシズという。今日はよろしく頼む」

「は、はい……」


 うむ……。やはり節々から感じられる少しお堅い雰囲気に、相手の男も多少引き気味だ。


「と、とりあえず、昼食を取りに、喫茶店に行きましょう」

「う、うむ……」


 ぎこちないが、とりあえず大きな問題はない。そのまま近くの喫茶店に向かった。


 そこで気が付いた。誰か、俺以外にもついてきている奴がいる。誰だ? 俺よりも一歩引いたところで二人のデートの行く末を見ている人は……。


 まさか、この短い期間でシズさんにストーカーができたのか⁉ どの口が言う状態だが……。


 俺も恐る恐る喫茶店に入ると、相席にマスクをし、黒い恰好をした人が座った。


 おそらくこの人が、さっきシズさんたちをストーカーしていた人だ!


「お客様、ご注文はいかがいたしますか?」


 店員が静かに声をかけ、メニュー表を俺たちの前に広げた。


「コーヒーブラックのホットで」

「そちらのお客様は?」

「私は、オムライスで……」


 女の人だ! なるほどそうか、男の人のほうのストーカーという可能性を失念していた。しかし、すぅ、どこかで聞いたことがあるような声だ……。


「……えぇっと、ご趣味は?」


 俺が相席の謎の人物を見つめていると、シズさんのほうでは、男の方がのぞき込むように尋ねた。


「趣味……か。そうだな、強いて言えば、食べることだ」

「……はぁ」


 つかみどころのない返答に、男の方は話を広げ損ねたようだ。


「……」


 気まずい沈黙が続く。シズさんも体が固まってしまう。


「あ、じゃあ、好きな食べ物とかって何がありますか?」


 男の人は希望の光を見つけたように笑顔を浮かべたが、いたって普通で退屈な話であることは間違いなかった。

 

 でも、それでも何もしゃべらないよりはましだ。


「う~む……、今のところは、ラーメンとか、カレーとか、シチューだな」

「なるほど」


 メジャーなところ過ぎて話が広げづらい!


「こ、ここのオムライスも、ぜ、絶品だよ!」


 おい男の方! なんかだんだんおざなりになってないか⁉


「そ、そうなのか?」


 一番食いついた! シズさんのお堅い表情が消えて、柔らかな笑みに変わった!


「そ、そうなんですよ~、メニュー見ます?」

「是非見せてくれ!」

「はい、どうぞ」


 よし、この流れでコミュニケーションを円滑に進めろ! そうだよ、緊張するから話しにくいんだよ。


「お待たせいたしました、コーヒーブラックです」

「あ、どうも……」

「オムライスです」

「ありがとうございます!」

 

 俺たちは同時にマスクを外した。


「……亜衣さん?」


 マスクを外した怪しい人物は、亜衣さんと思しき人に変わった。輪郭とかが似ている。


「え……、どうして私の名前を……、せ、先輩⁉」

「ちょ……」


 俺は唇の前で人差し指を立て、声を小さくしてもらうよう注意した。


「「な、なんでいるんですか?」」


 お互い顔を近づけて疑問を投げかけた。


「お、俺は、シズさんが心配で……」

「私は、このデートを意地でも成功させるためです」

「……なるほど、おおむね目的は同じみたいですね……」

「そうですね……。じゃあ……」

「……とりあえず見守りますか」


 俺たちは互いにあまり干渉しあうこともなく、俺はコーヒーを、亜衣さんはオムライスを口にして、二人の動向を確認した。


 どうやら俺たちが話しているすきに注文を終えたらしい。


「……それにしても、シズさんってすごく美人ですよね」

「……そうか?」


 結構一気にいったな……。さっきので緊張がほぐれたからか?


「えぇ、さっき笑った顔を見て、そう思いました」

「そうか……」


 シズさんはこの前のように頬を赤らめることはなく、逆に目をかぼそめ、切なげに膝に着いた自分の両手を見ていた。


「シズさん?」


 男の人が心配の声をかける。


「どうしたんだろ?」

「……さぁ」


 亜衣さんも疑問をつぶやいたが、俺にも分からなかった。この前はすごく照れててかわいらしかったのに、どうしたのだろうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る