第19話

 追いかけて廊下に出てみると、2人が一階にあるふたつの個室と、

洗面所、浴室、トイレなどを確認している。

「いない」

「もう外に出たんじゃないの?」

と私が言うと、2人は、玄関のモニターでチェックしても誰も出入りしていないという。

「どっかの部屋の窓から?」

「玄関から出たほうが早いのに、なんで窓?

ああ、でも、どっちも開けた気配はない」

 一階にあるコウタとわく、それぞれの作業部屋の実態をはじめて見た。

同じように窓際にデスクが置かれ、パソコンやらモニターやら各種機材やらがコックピットのように配されている。

確かに私でも、それらを踏み越えて窓から出るより、玄関ドアを開けて出る方を選ぶ。

「なんで1号が作動しなかった」

とわくがコウタを睨みつけた。

 SS-1号は、アマカツの転がされたあたりにいて、ずっと見張っていたはずなのだ。

アマカツが何か不審な動きをすれば、ただちにそれを制し、警告音でコウタたちに知らせたはずなのだ。

だが、SS-1号はなんの対応もせず、警告音も出さず、今はただ、床でじっと動かずにいる。

「バグってる」

「虫だけに」

 と言いながらコウタがスティックを操作しても、SS-1号は反応しないようだった。

「再起動は?」

「いや、やったけど無駄」

 コウタはつぶやきながら、今度はパソコンに向かい、懸命に1号の復旧作業に取り掛かり始めた。

 わくはリビングルームに取って返し、念のため、二階への階段を走って上がって行った。

「どこ行ったんだ、あのクソ野郎」

 わくの声は、二階からダイレクトに階下まで届く。

多分、二階のフロアは壁などで仕切られておらず、ひとつの空間になっているらしい。

 二階へは、私たちがいたリビングに掛けられた階段から行くしかない。

でも、私含め、誰も、アマカツが上がった姿を見ていない。

 忽然と消えたのだ。

「バッグは?」

わくと私が同時にそれに気づいた。

バッグは、この部屋に私たちが戻ってきた時、

テーブルのすぐそば、つまり、私たちのすぐそばにあるスツールの上に置かれた。

アマカツが逃亡するときに、私たちに気づかれずにそれを持ち出せるはずはなかった。

が、はたして、バッグも消えていたのだ。

「え?いつ消えた?」

とわくが私を射抜くように見る。

「え、え、え???? 今?」

「今? ありえない」

わくはバタバタとそこらへんのモノをどかしたり、

動かせる家具を移動させたり、ソファのクッションを

かたっぱしから放り投げたりして、バッグを探し回っている。

 いったい、何が起こったのか?

アマカツとバッグは忽然と姿を消した。まるで神隠しにあったように。

 しばらくすると、コウタが作業部屋から戻ってきた。

わくが見ると、首を横に振った。

「とりあえず、今、すべて遮断して様子を見てる。

オーバーワークだったのかもな、今日」

「あの程度で? 使えねー。・・・・バッグも消えたぞ」

「マジ、バッグも?・・・終わったくせー」

 私たちは、元いたダイニングテーブルのまわりに座り込んだ。

「何が起こってる?」

と、わくが言うまでもなく、三人全員、そう思っていたはずだ。

「光道一族のパワーと思う人!」

と言ってコウタが、ひじから先だけ手を上げた。

私もひじから先だけ手をあげ、わくは親指をあげた。

「だよな。問題は、どう戦うか、だ」

 そこで、三人ほぼ同時に気づいて顔を見合わせた。

ウォーター・ビーム・ソードと、ウォーター・ビーム・フルートは、

バッグには入れておらず、わくと私がそれぞれ、手に持って帰ってきていたのだ。

とりあえず、武器はこの手に、保持できている。

あとは、見えない敵とどうやって戦って、奪われたものを取り返すか、だ。

「また、振り出しに戻ったってこと?」

 指輪の持ち主探しから、財宝の在りか探し。

ちょいちょい刺客もやってくる。

私たちは、それ本体に意思のある武器を持たされて、

エンドレスの探索迷宮をさまよい続けなければならないのか?

 深い溜め息をついて、全員がダイニングテーブルの椅子に沈み込もうとしたとき、

わくが

「マボロシか?意味不明なやつが見える」

と言った。

 私とコウタがソファの方を振り返ったと同時に、

わくはすでに、光る妖刀を引き寄せていた。

 いつの間にかソファに、黒いスーツを着た見知らぬ男が座っていたのだ。

 くりこさん、キッチンのほうに行ってて、とわくが早口の小声でいった。

 一応、危険から守ってくれようという心遣いはうれしいが、

私も横笛を握り、いつでも参戦できるようにダイニングコーナーとキッチンコーナーの間の

仕切りあたりに立って構えた。

「誰だ。どっから入ってきた」

わくが刀を手に、男に近づく。

コウタもそれに続いた。

「アポインメントも取らずにおうかがいして大変失礼いたしました。

ミズハラわくさんですね。

それと、こちらはスズキコウタさん、あちらはミズタクリコさんでいらっしゃいますよね」

 深い、宇宙の闇から届くような声に名指しされて、私の心臓はドックンと大きく動いた。

男は腹立たしいほど落ち着き払っている。

50代後半くらいか? あまり肉のついていない頬、細長い眉の下で深く窪んだまぶた、冷たさと無関心をないまぜにしたような瞳、高い鼻腔、薄い唇、長い首。きれいに整えた短髪のオールバック。そんな風貌の男が仕立てのいい英国調のスーツを着て座っている。生地も悪くなさそうだ。何より、この仕立てのよさからして、下手な生地を使ってはアンバランス過ぎるというものだ。白いドレスシャツにレジメンタルタイ、胸にシルクのチーフ、足元はストレートチップというスタイリングだ。

「あんたは?」

と、泥にまみれたヨレヨレシャツの小僧が吠える。

「シガと申します」

「あんたがアマカツとバッグを隠したのか?」

「はい」

「なんのために?あんたアマカツの一味か?

光道一族の生き残りなのか?」

「まあそう興奮なさらず。落ち着いて話しましょう」

「落ち着いていられるか!俺たちはさっきまで生きるか死ぬかで戦かって

この世の終わりみたいな地崩れからやっと生還したんだ。

あんたみたいなわけわかんねー野郎とのんびり話してるヒマはない。

用があるならさっさと言え! 」

 いつも淡々としていて、ちょっと気取っていて、よく知らない相手への第一人称は基本「僕」で、コウタ以外にはめったに敬語をくずさないわくが、初対面の人にこれほど荒々しくものをいうのをはじめて見た。彼の興奮が伝わってきて、またもや動悸が激しくなった。

さもありなんという状況ではあるが。

「どうぞ」

と、男は、わくに手で、自分の対面のソファに座るよう示した。

わくは憤った表情を変えずに、男を睨みつけながら対面に座った。

「あ、刀は、恐らく作動しないので、そこらへんに片付けていただいて結構です」

と男がいうと、わくは

「あんたに指図される覚えはない。さっさと本題に入れ」

と言った。

「案外、短気でいらっしゃる。調査では、比較的、落ち着いていて、常に平常心を保っているタイプ、とありましたが」

 ガガーンという音が静寂を破った。わくがローテーブルを男の方に蹴り飛ばしたのだ。

重い木のローテーブルは、男のヒザを打つ寸前でピタリと止まった。

「やれやれ。調査報告には、『しかし、興奮すると何をするかわからない』と追加しておきましょう」

「調子こくのもいい加減にしろ。何が目的だ、どっから来た!」

「私は、アルモという組織から来ました。

ARMO、アカシック・レコード・マネジメント・オーガナイゼーションの略です」

「レコード会社?まさかスカウト?」

とコウタが聞くと、

「ちげーよ。アカシックレコードっつーのは宇宙の全記録を収めたクラウドの図書館だよ。

デビューはあきらめろ」

とわくが、男を睨みつけたまま答えた。

「了解」

とコウタはうなずき、わくはますます敵意に満ちた表情で男を睥睨した。

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