少年探偵団

 翌朝になっても明智探偵が帰宅しないものですから、留守宅は大騒ぎになりました。

 探偵が同伴して出かけた、事件依頼者の婦人の住所が控えてありましたので、そこを調べますと、そんな婦人なんか住んでいないことが分かりました。さては二十面相の仕業であったかと、人々は始めてそこへ気がついたのです。

 各新聞の夕刊は、『名探偵明智小五郎氏誘拐さる』という大見出しで、明智の写真を大きく入れて、この椿ちんをデカデカと書き立て、ラジオもこれをくわしく報道しました。

『アア、頼みに思う我等の名探偵は賊の虜になった。博物館が危い。』

 六百万の市民は、わがことのようにくやしがり、そこでもここでも、人さえ集まれば、もうこの事件の噂ばかり。全市の空が、何ともいえないいんうつな、不安の黒雲に覆われたように、感じないではいられませんでした。

 しかし、名探偵の誘拐を、世界中で一番残念に思ったのは、探偵の少年助手小林芳雄君でした。

 一晩待ち明かして朝になっても、又一日空しく待って、夜が来ても、先生はお帰りになりません。警察では二十面相に誘拐されたのだといいますし、新聞やラジオまでその通りに報道するものですから、先生の身の上が心配なばかりでなく、名探偵の名誉の為に、くやしくって、くやしくってたまらないのです。

 その上、小林君は自分の心配の外に、先生の奥さんを慰めなければなりませんでした。さすが明智探偵の夫人ほどあって、涙をみせるようなことはなさいませんでしたが、不安に堪えぬ青ざめた顔に、わざと笑顔を作っていらっしゃる様子を見ますと、お気の毒で、じっとしていられないのです。

『奥さん大丈夫ですよ。先生が賊の虜になんかなるもんですか。きっと先生には僕達の知らない、何か深い計略があるのですよ。それでこんなにお帰りがおくれるんですよ。』

 小林君は、そんな風にいって、しきりと明智夫人を慰めましたが、しかし、別に自信があるわけではなく、喋っているうちに、自分の方でも不安がこみ上げて来て、言葉も途切れがちになるのでした。

 名探偵助手の小林君も、今度ばかりは、手も足も出ないのです。二十面相の隠家を知る手掛は全くありません。

 一昨日は、賊の部下が紙芝居屋に化けて、様子を探りに来ていたが、もしや今日も怪しい人物が、その辺をうろうろしていないかしら。そうすれば賊の住家を探る手だてもあるんだがと、いちの望みに度々二階へ上って表通りを見廻しても、それらしい者の影さえさしません。賊の方では、誘拐の目的を果してしまったのですから、もうそういうことをする必要がないのでしょう。

 そんな風にして、不安の第二夜も明けて、三日目の朝のことでした。

 その日は丁度日曜日だったのですが、明智夫人と小林少年が、淋しい朝食を終ったところへ、玄関へ鉄砲玉のように、飛び込んで来た少年がありました。

『ごめん下さい。小林君いますか。僕羽柴です。』

 すき通った子供の叫び声に、驚いて出てみますと、オオ、そこには久し振りの羽柴壮二少年が、可愛らしい顔を真っ赤に上気させて、息を切らして立っていました。よっぽど大急ぎで走って来たものとみえます。

 読者諸君はよもやお忘れではありますまい。この少年こそ、いつか自宅の庭園にわなを仕掛けて、二十面相を手ひどい目に遭わせた、あの大実業家羽柴壮太郎氏の息子さんです。

『オヤ、壮二君ですか。よく来ましたね。サア、お上りなさい。』

 小林君は自分より二つばかり年下の壮二君を、弟かなんぞのように労って、応接室へ導きました。

『で、なんか急な用事でもあるんですか。』

 たずねますと、壮二少年は、大人のような口調で、こんなことをいうのでした。

『明智先生大へんでしたね。まだ行方が分からないのでしょう。それについてね、僕少し相談があるんです。

 あのね、いつかの事件の時から、僕、君を崇拝しちゃったんです。そしてね、僕も君のようになりたいと思ったんです。それから、君の働きのことを学校でみんなに話したら、僕と同じ考えのものが十人も集まっちゃったんです。

 それで、みんなで、少年探偵団っていう会を作っているんです。無論学校のおさらいやなんかの邪魔にならないようにですよ。僕のお父さんも、学校さえ怠けなければ、まあいいって許して下すったんです。

 今日は日曜でしょう。だもんだから、僕みんなを連れて、君ん家へお見舞いに来たんです。そしてね、みんなはね、君の指図を受けて、僕達少年探偵団の力で、明智先生の行方を探そうじゃないかっていってるんです。』

 一息にそれだけいってしまうと、壮二君は、可愛い目で、小林少年をにらみつけるようにして、返事を待つのでした。

『ありがとう。』

 小林君はなんだか涙が出そうになるのを、やっと我慢して、ギュッと壮二君の手を握りました。

『君達のことを明智先生がお聞きになったら、どんなにお喜びになるか知れないですよ。エエ、君達の探偵団で僕をたすけて下さい。みんなで何か手掛りを探し出しましょう。

 けれどね、君達は僕とは違うんだから、危険なことはやらせませんよ。もしものことがあると、みんなのお父さんやお母さんに申し訳ないですからね。

 しかし、僕が今考えているのは、ちっとも危険のない探偵方法です。君、「聞込み」っての知ってますか。いろんな人の話を、聞いて廻って、どんな小さなことものがさないで、うまく手掛りをつかむ探偵方法なんです。

 なまじっか大人なんかより、子供の方がすばしっこいし、相手が油断するから、きっとうまく行くと思いますよ。

 それにはね、一昨日の晩先生を連れ出した女の人相や服装、それから自動車の行った方角も分かっているんだから、その方角に向かって、僕らが今の聞込みをやればいいんですよ。

 店の小僧さんでもいいし、御用聞きでもいいし、郵便配達さんだとか、その辺に遊んでいる子供なんかつかまえて、あきずに聞いて廻るんですよ。

 ここでは方角が分かっていても、先になるほど道が分かれていて、見当をつけるのが大へんだけれど、人数が多いから、大丈夫だ。道が分かれる度に、一人ずつその方へ行けばいいんです。

 そうして、今日一日聞込みをやれば、ひょっとしたらなにか手掛りがつかめるかも知れないですよ。』

『エエ、そうしましょう。そんなことわけないや、じゃ、探偵団のみんなを門の中へ呼んでもいいですか。』

『エエ、どうぞ、僕も一緒に外へ出ましょう。』

 そして、二人は明智夫人の許しを得た上、ポーチのところへ出たのですが、壮二君はいきなり門の外へ駈け出して行ったかと思うと、間もなく、十人の探偵団員を引きつれて、門内へ引き返して来ました。

 見ると、みんなお揃いの制服を着た、小学校上級生の、健康で快活な少年達でした。

 小林君は壮二君の紹介で、ポーチの上から、みんなにあいさつしました。そして、明智探偵捜査の手段について、こまごまと指図を与えました。

 無論一同大賛成です。

『小林団長バンザーイ。』

 もうすっかり団長に祭り上げてしまって、うれしさのあまり、そんなことを叫ぶ少年さえありました。

『じゃ、これから出発しましょう。』

 そして、一同は少年団のように、足なみ揃えて、明智邸の門外へ消えて行くのでした。

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