第3話 小さな姫


『少し早めに来てくれればいいから』


 バイトモデルのスケジュール管理をしている男性社員、榊原が軽い感じでそう言っていたので、撮影の日は隼斗も軽い気持ちでスタジオに入った。


 小学生女子を対象とした子供ファッション誌の方が、男性ファッション誌よりも売れ行きが良いのか。はたまた子供モデルの安全を重視して室内の撮影にしているのか。

 スタジオ内にはフリフリカーテンの可愛らしい部屋や、小物がたくさん置かれた雑貨屋風スペース、花に囲まれた庭風スペースなどなど、甘やかな装飾が施された区画がいくつもあった。


 隼斗は用意されていた服に着替え、軽くメイクをしてもらった。

 あくまでも脇役なので、扱いの軽さは仕方がない。


「隼斗くん入りまーす!」


 アシスタントの女性が声を上げると、スタッフを含むいくつかの視線が隼斗の方に集まった。

 中央に居る三人の女の子は、どう見ても小学生には見えない背の高い子から、年相応にちっちゃな子もいたが、どの子も驚くほどきれいにメイクを施されている。春らしい華やかな服を着て、髪型もそれぞれ違う形に結われている。


 現実には居そうもない小学生の女の子たちが、まるで値踏みするかのような視線をこちらに向けて、こそこそと囁き合っている。


(うわぁ……)


 隼斗は思わず顔をしかめ、その顔を隠すように額を手で押さえた。

 相手が小さな女の子でも、こういった視線を受けるのは正直苦手だった。出来る事なら今すぐ背を向けて帰りたいところだが、受けてしまった以上やるしかない。


「隼斗くんに入ってもらうのは芽唯メイちゃんの撮影よ。モデルの仕事は始めたばかりだけど、度胸の良い子だから」


 アシスタントの女性が指し示したのは中央に居る三人の女の子、ではなく、少し離れた場所にぽつんと立っている女の子だった。

 腰までありそうなまっすぐの黒髪。色白の顔に大きなアーモンド型の瞳。愛らしい唇をへの字に曲げた少女は、白いワンピースの胸の前で腕を組んだまま、隼斗をじっと見つめていた。


(この子は……)


 少女を見た瞬間、隼斗はハッと息を呑んだ。

 顔に見覚えがあった訳じゃない。ただ、少女の瞳の鋭さにハッとしただけだ。


(まさか、姫様か?)


 正直に言えば、嬉しさよりも落胆の方が大きかった。

 彼女は中央に居た三人の女の子たちよりも明らかに幼かった。


(小二か小三くらいか……まさか一年生じゃないだろうな?)


 隼斗の心の声が聞こえたのか、少女は眉間に皺を寄せたまま近づいてきた。


「はじめまして芽唯です。ほんとは皐月さつきって名前にしたかったんだけど、周りに反対されたから芽唯にしたの。今日はよろしくお願いします」


 不満そうな顔のまま、少女はそう言って手を差し出した。

「さつき」は姫様の名前だ。彼女は自分が何者か知らしめるためにその名を出したのだ。

 隼斗は呆然としたまま握手に応えようと手を差し出した。


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