6 平原にて



【主な出演者】

 魔王

 副官(エパメノインダサ)




「ところで〈副官〉ちゃん」


「なんでございますか、わが魔王」


「さっきからフィールドをうろついてる魔物をときたま見かけるけど、あれは何やってんの?」


「何、と申しますと?」


「ここ、地上だべ、いちおー敵地じゃん? 瘴気もないし。そんなところを魔物が単独行動してるのって危なない? 目も、耳も、鼻もなくて、おまけにほとんど知能もない低級魔ならわかるぜ? だけどあいつらちゃんとオツムついてるはずであろ」


「魔物の頭脳に関しては千差万別としかいいようがありませんが。しかし危険ということはないでしょう。一対一で魔物が人類に殺傷されるなどということがありえましょうか」


「そのわりにはよく狩られとるよな?」


「勇者は勘定にいれません」


「きゃつだけじゃない。フツーに人類の軍隊に殺されとる」


「それは数で劣ったからでは?」


「そこだよ。だからわが軍も統制をとれっちゅーておるのだ。単独行動は控えて」


「……」


「なんぢゃよ。そんなに見つめて。ひょっとして〈副官〉ちゃん、マスクふぇちなの、わらわの素顔よりこっちの兜のがいーの?」


「またわけのわからぬことを。わたしが絶句していたのは、わが魔王がわが魔王らしからぬ発言をなさったからです」


「どれ?」


「統制、とか単独行動を控えよ、とかです。われら魔物にとってはもちろん、わが魔王にとっても最も不得手とすることではありませんか」


「わらわはいーのだ。つおいから」


「そのようにいわれてはかえすことばもありませんが」


「勝つためだ。人類ごときに殺されるのってくやしいであろ。一対一で負けないんなら、つねに相手と同じ頭数をそろえていけば負けなしではないか。どーしてそれができないのよ」


「魔界では出会い頭に殺しあうのがあいさつみたいなものですから」


「本能には逆らえむとゆーわけか。そこをついてくるんぢゃから人類もズっこいの」


「さながら、群れるのが人類の本能、ということになりましょう」


「ちょこざいな。弱ェんだからいっぽう的にジェノサイられておればよきものを。あいつらさー、生きるのに必死すぎじゃない? べつに死んだっていーじゃんねえ、たんにてめーのつおさがそこまでだったってだけの話なんだし」


「生きるも死ぬも腕っぷししだいの魔界とは根本的に考えかたが異なるのではありませんか?」


「なんでも殴って解決、の魔界はパーラダイスじゃったな。しみじみ」


「魔界の単純さが恋しくなりますね」


「ハッ。いかんいかん。そろってノスタルジアに耽っておるばやいではないぞよ」


「地上の複雑さにわたしたちは耐えられないのです」


「だから帰るのだ、懐かしきわが魔界に。人類なんてみずからの複雑さに圧しつぶされて滅ぶのを待っておればよみ」


「かしこまりました、わが魔王」


「そのためにも、ちょっとゆってきてよ」


「はい?」


「これからは群れなさいって。人類を見かけてもいちいち襲わずに数で勝るまで逃げまわって機会をうかがうように。きみたちの頭はそのためについているのです、って」


「どうしてわが魔王おんみずからがおっしゃらないのです?」


「だってキャラぢゃないもん。そーゆーのは〈副官〉ちゃんの役目でしょ?」


「きゃら?」


「セミナーでも開こうかしら。やれる! 人類殲滅、みたいなの。それとも、いっそ学校作っちゃう? 絶滅教室イン地上! わらわが校長で、〈副官〉ちゃんは教頭をおねがい。ちゃんとメガネかけるんじゃぞ。両端のとがったやつな?」


「なんだか発想がずいぶん人類的ではありませんか?」


「嘘。まじ。やだ、わらわ地上色に染まってきちゃった」


「もとよりわが魔王は魔界でも浮いた存在でございましたが」


「うるさいよ。魔王なんだから当たり前であろ」


「なみの魔物では魔王などやっていられませんものね」


「ほんとだよほんと。魔王って孤独な商売なのよ。すぱー」


「とうとつに二本の指を口許に? 何をやっているのです」


「気にするでない。ときどきわらわにもよくわからんしぐさをしたくなるものでの」


「しかし魔物に対して口でいいふくめてもおよそ理解されるとは思えませんが?」


「そうなのよね。そもそもしゃべれないやつのほーが多いし。わらわたち魔物にとってはおしゃべりより殺しあいが、最もメジャーなコミュニケーションのやりかたぢゃからして」


「では、殺しあいを通じて教化してみましょう」


「わらわがやったら大量虐殺にしかならんぢゃろ。つおくなりすぎるのも問題だわ」


「ところで殺しあいがあいさつなら、わたしたちは人類に対してもあいさつをしていることになるのでしょうか、律儀に?」


「なるんでないの。こんにちは死ね、って感じで」


「そうなりますと、いつかは人類とも群れる日がくる、ということですか?」


「魔物どうしでさえ殺しあいの決着がつかないことはまれであろ。だからこそそんな稀少なケースに限って肩組んで帰ることにもなるわけじゃ。ところが個体として脆弱な人類相手ではその可能性はほとんど望めむ。そうさの、わらわたちとまともに交流できるとしたら、それは勇者とその仲間たちぐらいのものではないかしら」


「死んでしまっては交流もクソもありませんからね」


「やーん〈副官〉ちゃんげっひーん。くそですって。オンナノコの口からくそだなんてそんな、まおーはづかち」


「クソクソクソクソクソクソクソクソクソ。ご満足いただけましたか?」


「案外そなたおとなげないよな」


「わが魔王にだけはいわれたくありません」


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