1 玉座の間にて



【主な出演者】

 魔王

 副官(エパメノインダサ)




「……やめた」


「はい?」


「やめたやめた。やっぱ、やーめった、ぢゃ」


「何をでございます、わが魔王?」


「地上侵攻、人類絶滅」


「はて、空耳かな?」


「地上侵攻、人類絶滅。地上侵攻、人類絶滅。地上侵攻、人類絶滅。地上侵こ」


「もうけっこうです、わが魔王」


「なんじゃ、〈副官〉ちゃん。にわかに老けこんで耳が遠くなったのかと思ったぞい」


「冗談は大概にしてくださいませ」


「そなたでも年増に見られるのはイヤかの、そーゆーところはオンナノコよね」


「その呼びかたはおやめくださいといく度も申しあげているはずですが。わたしの名前はエパメノインダサです。お忘れですか?」


「うん」


「うんて」


「わらわの名を申せ」


「やぶからぼうになんです?」


「いーから、わらわの名を申してみよ、わが忠実なる片腕」


「唯一にして絶対、魔界にただ一匹君臨するのがわが魔王でございます。われわれのような下等な魔物ならいざ知らず、わが魔王にほかと区別するための固有の呼称が必要でしょうか?」


「であるよな?」


「それが何か?」


「不公平であろ。わらわが持っとらんもんを、どーして配下であるうぬらが持っておんのよ?」


「このばあいは持っていないことが特権であると存じます」


「現金を持たずにショップでお買いものができる、みたいな?」


「ええと。それは人類の文化でございましたかな。おそらく、そのようなご理解でよろしいかと」


「魔界は売買じゃなく、略奪が基本だもんね。欲しいものがあったら(なくても)、イエス、暴力でぶんどる! それはともかく、わらわがゆっとるのは選択の余地をくれってことなんだわ。おれだって『歴代魔王の叡智』を受け継ぐまでは親からもらったちんけな名前があったはずだべ。それを問答無用でなかったことにされるのってヒドくなーい?」


「その代償に、わが魔王は厖大な知恵と力を手にいれられたのではございませんか」


「渋チンだわ」


「はい?」


「最強の名に相応しい知識と経験をくれる代わりに固有の名前や記憶の大半を奪ってく、ってある意味呪いであろ、どっちもよこせよ、魔王の強欲の名折れぢゃ!」


「余計なものを持っていると判断力が鈍る、とかそういうことではないでしょうか?」


「わらわが? そなたらの王であるこのわらわが、過去の苦い経験とかあ? トラウマとかあ? あるいは身内の情だとかにわずらわされて選択を誤る? みたいなことをほざいちゃってくれてんのは、いったいどこの〈副官〉ちゃんかしら? まさかわらわの〈副官〉ちゃんぢゃ・な・い・わ・よ・ネー☆」


「御意にございます。わが魔王は決して選択を誤りません」


「ゆったな?」


「はい。申しました」


「ふむ。つまり、賛成とゆーことでいーのね?」


「なんのことです?」


「だからやめるとゆったであろ」


「何をでございます、わが魔王?」


「はて、空耳かな?」


?」


「二回ゆったって駄目だし。地上侵攻だよ、人類絶滅だよ。もーいーじゃん、ええかげん厭きました。だって、あの、あいつ、アレ、なんつったっけ、勇者ァ? ぜんぜん死なないじゃん。何度殺しても立ちむかってくんじゃん。あれ、なんなん? 不死なの、人類って限りある生命ぢゃなかったの、反則でしょ、あのヲノコだけ。だいたいなんで勇者一匹のために侵攻とまっちゃうの? 不っ思議ー、まおーちゃん、ずえぇんぜんッ、わっかんなーい。おせーて。〈副官〉ちゃんせんせー」


「わが軍が大敗を喫するのはつねに勇者を相手にしたときですが、人類全体も烈しい抵抗を見せております。それに地上には瘴気がみちておりません。瘴気のない大地での活動は、完全に魔物おのおのの特性に依存します。すなわち、その地域で戦える魔物の数および進軍の速度は、おのずと制限されることになります。わが魔王もよくご存じのこととは思いますが」


「うむ、知っとる。だからであろ?」


「いと深きところにおわしおかたよ、どうかご再考を」


「だめ。わらわが決して選択を誤らんってゆったの、〈副官〉ちゃんよね、どっかよそンとこの副官じゃなくて、勇者の副官でもなくて、わらわの〈副官〉ちゃんでしょ?、さあ、応えなさい、わが忠実なる片腕」


「かしこまりました。わが魔王の御心のままに」


「だから好きなんだ、きみのこと。ご褒美にチューしてあげよう。ほれほれ、ちこお、もそっとちこお。ちゅー、ぶちゅー」


「おたわれがすぎます」


「むー、けちー。べつにチューしたからって赤ちゃんは生まれないんだぞう」


「そういう問題ではございません」


「胸か、やっぱこのでっかい乳房が目障りなんぢゃろ。わらわもつねづね邪魔だと思っとったンじゃ。武闘派の魔王としては、このデカパイは無用の長物以外の何ものでもないからの、ばっちんばっちん当たって魔王ぢゃなかったらちぎれとるところじゃ。そちのような控えめなやつのほーが機動性に優れとって、戦場には相応しかろ」


「皮肉以外の何ものでもありませんね」


「安心するがよみ。いくらパイパイがデカくったって穴がないから世継ぎは身ごもれんて。ついでにいえば竿もないからそなたにを宿らせることもできむ。わー、なんかゆってて悲しくなってきたあ」


「いかなる生殖器官も持たないことは、わが魔王の完全性を証明する何よりの証左であると、この〈副官〉めが断言いたしましょう」


「おかげで生まれた里から追いだされたんだけどね、わらわ。子を為せむもんを養う余裕はねえズラ、って。そんで旅にでた結果、めぐりめぐってこーして魔王になれたわけだし、べつに恨んどらんけれども。ケッ!」


「めちゃくちゃ恨んでいるご様子ですが。しかし無限の寿命を与えられたわが魔王には子孫を残す必要がないのですから」


「でも死むズラ。歴代魔王みんな残らず、あの勇者? だかなんだか、に抹殺されとるズラ」


「たまたまです」


「たまたまも一八回続けば、そりゃもおたまたまじゃなくなーい? ついでにいえばわらわはタマタマもござらむよ?」


「わが魔王はどこまでが冗談で、どこからか本音か存じかねます」


「ぜんぶ本気ぞ。もー、よみよみ。それよりわかっておるな?」


「はっ」


「これは『歴代魔王の叡智』を超えた事業となる。ここよりさきはかつてどんな魔王も歩んだことのないけわしき途じゃ。パンツのゴムを引き締めてかからねばならむ、しばらくはわらわと〈副官〉ちゃん、二匹ぽっちの旅となるが、覚悟はいーな?」


「すべてわが魔王の仰せのままに!」


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