第10話

 最近、国光の意外な面をよく見ている気がする。美人で、おしゃれで、いつも楽しそうにしていて。そんな国光を私は今までずっと見てきた。


 でも最近私は、国光が意外に子供っぽいのだということを知った。

 私をしょっちゅうからかってくるし、何かと馬鹿にしてくるし、コーヒーゼリーにコーヒーを合わせるし。


 なんで苦いものと苦いものを合わせるのか。私も甘いものと甘いものを合わせているから、人のことなんて言えないけど。


 だけど、意外と親近感が湧くところもあったりする。

 例えば、読む本とか。


 昨日国光から渡された本を読んだおかげで、国光との距離が前より近づいた気がする。私は鼻歌を歌いながら教室の扉を開けた。


「国——」

「瑠璃、昨日のドラマ見た?」

「あー、見た見た。面白かったよねー」


 忘れていた。

 国光はなんだかんだ、クラスの人気者だ。彼女に話しかけようとする者は男女を問わず後を絶たない。


 今日もこんな朝っぱらからクラスのキラキラ女子たちが国光に話しかけていた。


 距離が近づいた気がしたのはどうやら錯覚だったらしい。

 でも、まあ。私も一応国光の友達なわけだし、別に話しかけちゃいけないってわけでもない。それに国光だっていつもいつも誰かと一緒にいるわけではないし、話しかける機会くらいあるだろう。


 いい女はがっつかないのである。

 ……決してキラキラ女子の集まりに飛び込むのが怖いわけじゃないからな。



 一限終わりの休み時間。私は即座に立ち上がった。


「国み——」

「瑠璃ー。トイレ行こー」

「あー、おっけ」

「……」


 やっぱり、話しかけるのは次の休み時間にしよっかな。急ぎの用事じゃないし。



 そして、二限終わり。


「国光——」

「おーい、心望ー。見てこれ、昨日撮っためっちゃでかい雲」

「……わー、綺麗だなー」


 なぜこのタイミングで。

 なんだ。今日は見忘れたからわからないけれど、星座占い最下位だったりしたんだろうか。それくらい運がない。


 こんなめちゃくちゃに行動が遮られることある?

 だが、しかし。

 次こそは。



 そして、三限が終わる。

 私はすぐには立ち上がらず、国光の様子を窺った。見たところまだ誰かが話しかける気配はないものの、油断はできない。


 こういうのは私が話しかけようとした瞬間に誰かが飛んでくるに決まっているのだ。


 私はゆっくりと立ち上がり、彼女の近くまで歩いた。

 国光は机の中から教科書を取り出して、何やら整理をしているようだった。


 私は後ろから、彼女の様子を眺める。やっぱり国光は、ノートのとり方も綺麗だ。文字の並びとか、色の使い方も繊細な感じで。


 私なんて半分寝ながら書いているから全部みみずののたくったような文字になっているのに。


 やっぱり国光は意外と几帳面というか、ちゃんとしてるよなぁ。

 私も見習うべきかな、色々と。真面目な顔はかっこいいのに、いつもニコニコしたりニヤニヤしたり、からかったりもしてくるものだから、あんまり見習いたくないけど。


 でもそういうギャップがいいのかなぁ。

 うーん。


「心望。次移動教室だけど、何してんの?」

「え? あっ」

「そろそろ行かないと遅刻するぞー」

「待って待って! 教科書とってくる!」


 友達に言われて、私は慌てて自分の席に戻る。

 バタバタしている間に国光はいなくなっていて、結局話しかけることはできなかった。



 そんなこんなで昼休み。

 こうなったら紙飛行機でも飛ばして私に気づいてもらうか。ていうか、さっき話しかけていれば普通に話ができたよな。


 つい見惚れてしまったというか、国光のことを考えすぎていたせいで機会を逃してしまったけれど。


 でも、国光にばかり気を取られていてもいけない。

 今日は学食でお昼を食べる気分だから、早く行かないと。結構人気だから、席が埋まってしまっても困る。


 とりあえず甘いものが食べたい。できればクリーム系がいいけれど、学食のドーナツは味がイマイチだったっけ。


 私は早足になって学食に向かう。

 その時だった。


「小日向ー、へいパース」

「え、ちょっ!」


 前方から声が聞こえてきたかと思ったら、廊下の向こうからボールが飛んできた。


 私は慌ててそれをキャッチする。

 見れば、飛んできたのはバスケットボールだった。


 昼休みの廊下でバスケのボールを投げる奴がどこにいる。少し呆れながら前の方を見ると、そこには案の定国光が立っていた。


「何投げてんの!」

「バスケットボールだけど」

「いや、それは見ればわかるし! 危ないからこんなとこで投げないでよ!」

「大丈夫大丈夫、ちゃんと周り見てから投げたから。で、どう?」

「何が」

「これからバスケ、やろうと思って」

「……えぇ」


 小学生じゃあるまいし、昼休みにバスケなんてやらないと思う。

 高校生の昼休みは遊ぶためじゃなくて、お昼ご飯を食べるためにあるのだ。五十分程度しかないこの休み時間の大半は食事に費やされる。

 それは、私の食の進みが遅いせいかも知れないけれど。


「私の友達も誘ったから、皆でやろうよ」

「……む」


 国光の友達はキラキラ系が多くて少し怖い。国光よりよっぽど住んでいる世界が違うと思うし。


 いや、ちょっと待て。

 そんなキラキラ系女子が、お昼にバスケをするのか。

 やばい。


 めっちゃ気になる。え、どんな感じでバスケするんだろう。体育の時も国光の友達のことはあんまり見ていないから、よくわからない。


 キラキラ系女子がお昼にバスケ。

 なんかちょっと、間が抜けているような。


「やらないの?」

「うーん……」


 気になる。正直言えば、国光たちがバスケしている様はちょっと見てみたい。

 でもなぁ。気まずい思いをするのも嫌だし、何よりさっき体育の授業あったからちょっと疲れているし。

 うぐぐ。


「怖いんだ」

「は?」

「私に負けるの、怖いんでしょ。ま、しょうがないよね。小日向、チビだし。小心者だし。見栄っ張りだし。負けたらアイデンティティが崩壊しちゃうもんね」


 そんなことで崩壊してたまるか。

 というか、ここぞとばかりに色々言ってくれたな今。


 ここらで私が強いんだってところを見せてやるべきか。国光は私のことを舐めすぎている。


「小日向が来ないならしゃーなし。友達とやるわ」


 彼女の手が伸びてくるから、私はぎゅっとボールを抱き寄せた。


「……どうしたの?」


 ニヤニヤ笑いながら、国光は聞いてくる。

 意地が悪いし、私のこと舐めすぎだし。


「……いいよ。やってあげる。私に負かされても、泣かないでよ」

「小日向こそ。自分の小ささを嘆いても知らないからね。……色んな意味で」


 それは体だけじゃなくて心まで小さいと言いたいのですか?

 うまいことを言うじゃないか、ははは。

 許さん。


「体育館でやるから、ついてきなよ」

「ん……」


 そういえば、私は国光の運動能力についてあまりよく知らない気がする。でも、天は二物を与えずと言うし、意外に運動音痴かもしれない。


 だったらちょっと可愛いけど、どうだろうな。

 ちなみに私は運動なら自信がある。体力はあまりないけれど、その分テクニックの高さは折り紙付きだ。


 国光に圧勝して、彼女を跪かせるくらいなら朝飯前だ。

 ……今は昼飯前だけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る