第2話
「……うーん」
家に帰ってきて、お風呂に入って、ベッドでゴロゴロして。そうして初めて、私はもしかしてとんでもないことをされたのでは、と思う。
よくよく考えたら、キスされた後に私が偽の恋人になるって了承してなかったらどうなっていたんだろう。
キスされ損じゃないか?
大体、キスがノーカンだとしても、普通許可とってからやるものじゃない?
「そうだ」
今度国光に私から不意打ちでキスしてみたら、どうなるだろう。流石の国光も不意打ちを受ければ驚くに違いない。
国光の驚いたところって見たことないし。
偽とはいえ恋人なんだから、これから一緒にいる機会も増えるだろう。だったら、どうせなら色んな顔が見たいよな、と思う。
国光が恋人に向ける表情とか、どんな感じなんだろう。
友達に向ける表情しか見たことないし、あの無駄に顔がいい国光が顔を赤らめているのを写真にでも撮ったら、高値で売れそうだ。
「……よし」
私はスマホを取り出して、国光に電話をかけた。
コール音がしばらく響いてから、彼女の声が聞こえた。
「もしもし?」
「あ、もしもし国光? 明日の放課後、暇?」
「暇だけど」
「じゃあデートしようよデート!」
「んー……いいよ。行き先は私が決めていい?」
「おっけ。どんなところでも、私が楽しいデートにしてあげる!」
私は胸を張った。
皆に舐められてはいるけれど、心望と一緒だと楽しいねーなんて言われることが多いのが私の自慢だ。友達を楽しませることに関しては自信がある。
友達とのお出かけだってデートだ。
なら、恋人になった国光とのデートだって楽しくすることができるだろう。
「あはは、そっかそっか。うん、流石小日向」
「でしょー。ところで、どこ行くの?」
「それは明日までのお楽しみ」
「……変なところじゃないよね?」
「恋人同士なら全然おかしくないところだから、安心して」
「んー……?」
私は首を傾げた。聞いた感じだと既に行く場所を決めているらしいけれど、どうなんだろう。
国光のことだから変なところは選ばない、とは思う。
これでも一年間友達だったから、国光のことはそれなりに知っているつもりだ。楽しいことが好きなのはよく知っているけれど、うーん。
遊園地とかかな。
いや、でも。
いきなりキスしてくるような唐突さもあると、私は今日初めて知った。
「まあ、いっか。じゃ、寝落ち通話しよ!」
「……もしかして、そのためにわざわざ通話かけてきたの?」
「まあね。国光とはこういうこと、したことなかったでしょ?」
「確かに。……んー。何話す?」
「昨日あったこと話していい? あのね——」
私はそうして、しばらく彼女と話をした。
キスをしても私たちはやっぱり友達だし、何より恋愛の対象外だから、特にいつもと雰囲気が変わることはなかった。
いつも通り私が近頃あった面白い出来事の話をして、国光が相槌を打って、たまにあっちからも話を振ってくる。
そんないつも通りの会話を何分かした後、私はいつの間にか眠りについていた。
朝起きた時にはもう通話は終わっていたけれど、彼女から『おやすみ』というメッセージが届いていた。
私は少し迷ってから『おやすみ言えなくてごめん。今日も楽しく過ごそうね!』とメッセージを送った。
教室に入って、友達に挨拶してから席に座る。まだ5月だから、席は名前順になっている。私は前の席に座る国光の肩を叩こうとしたけれど、その必要はないみたいだった。
「おはよう、小日向」
「おはよ、国光」
国光はいつも通りの笑顔で私に挨拶をしてくる。
いや、よくよく見たらいつも通りじゃない。いつもはニコニコって感じだけど、今の彼女はニヤニヤって感じの笑みを浮かべている。
他の人にはわからない変化かもしれないけれど、私にはわかる。人の顔色の変化には敏感だし、何より、私のことを舐めている感じの反応にはさらに敏感なのだ。
なんだろう。私の顔に何かついているのだろうか。
どっからどう見ても、国光は私に舐めた感じの視線を送っている。
むむ。
「国光、何?」
「何って?」
「ニヤニヤしてるじゃん。私のこと馬鹿にした感じの顔だし。その顔やめて」
「ニヤニヤじゃなくてニコニコしてるんだよ。今日も小日向は可愛いなぁって」
「……」
「く、ふふ……ほんと、可愛いよね。寝落ち通話とか言って、三分で寝てるし」
「え」
体感的に十分以上は話したつもりだった。でも、国光が言うならそっちが本当なんだろう。いや、それにしたって。
「ふふ、あはは! やっぱり小日向は、お子ちゃまだ」
「だ、誰が! 寝る子は育つんですー!」
「育ってないじゃん。ちっこいし。ティーカップポメラニアンくらい小さい」
「ティーカップは余計だし! ていうか、ポメでもない! ちょっと私より大きいからって調子に乗ってるでしょ!」
「ちょっとじゃないと思うけどね」
国光はニヤニヤニヤニヤしている。私は非常にムカついて、彼女の頬を引っ張ってみせた。
柔らかいし、スベスベしている。さながらつきたての餅だ。
すごい敗北感。よく見なくたって肌が白くて綺麗なのがわかるし、本当にお人形さんみたいだった。
でも私の方が誕生日は早いはずだから、私の方がお姉さんだ。身長が私よりも高くて、顔が良くて、肌が綺麗な程度で勝ったと思うなよ。
……はぁ。
私は絶望的な気分のまま彼女の頬を引っ張って、予鈴が鳴るまで過ごした。
なんだか朝から疲れた私は、いまいち集中できないまま授業を終えて、放課後を迎えた。
どれだけ腹が立っても、負けた気分になっても、デートはデートだ。約束したのだから、それを反故にすることはない。
私はいくらかくだらない話を国光と交わしながら、電車を乗り継いでいく。
てっきり学校の近くで遊ぶものだとばかり思っていたけれど、違ったらしい。学校からはかなり離れてきているが、まだ目的地には辿り着かないようだった。
私は段々と退屈してきて、隣に座る国光を見た。
「今日、どこで遊ぶの?」
「あともうちょっとで着くから、これでも食べて待ってて」
国光はそう言って、私の口に何かを放り込んでくる。
それはオレンジの飴だった。高校生という生き物は何かと甘いものを食べるものだけど、国光も例外ではないらしい。甘くて、少し酸味のあるその飴は、どこか国光らしさを感じるような気がした。
飴を食べるのに集中すると、まるで聞き分けのなかった子供がお菓子で黙らされたみたいになってしまう。
だから何かを話そうとするけれど、その前に彼女の指が私の唇に触れてきた。
「もうちょっと、そうしてなよ。私、小日向のその顔、結構好きだから」
「……」
飴食べてる顔が好きって、やっぱり舐められてる気がするけれど。
でも、国光があまりにも綺麗な笑みで私を見てくるから、それ以上何も言えなくなって、黙って彼女を見つめた。
それからしばらく経って、口の中の飴も小さくなってきた頃。
ようやく電車の乗り継ぎが終わったのか、国光は改札を通って街に出た。
彼女に先導されるままに歩いていくと、住宅街に入る。あんまり遊ぶところなんてなさそうだけど。
そう思っていると、彼女は一軒の家の前で止まった。
「はい、到着」
「……え、ここ?」
表札には、国光と書かれている。
「そ。デートの目的地は、私のお家でした」
「えぇー……」
「ほら、入って。お茶でもご馳走するよ」
初デートがお家デートって、そんなことある?
いや、私たちは偽の恋人で、ただ恋人同士がするようなことを再現してみようとしているだけなんだから、別に。
別に……。
うん?
でも、お家デートで恋人がするようなことって、つまり。
いやいや、まさか。
え、いや、違うよね?
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