第2話 王子がいる海

2-1 ダーク誘拐事件

「いやっほぅ!!」


 白波が立つ海の上で、1匹のドラゴンがサーフィンをしていた。

 体色は黒と灰色、背中から小さな羽が生えていて、茶色い角が鼻先から1本、後頭部から2本生えていた。

 無邪気に開く口はとても大きく、スイカをそのまま丸かじり出来そうなほどだ。


 その黒ドラゴンは、まるで飛ぶように水面を滑っていた。

 空中をクルクルと旋回してから、翼を大きく広げて、サーフボードに着地する。

 水面が叩きつけられてできた水しぶきが、太陽の光を反射し輝いていた。


 空は雲一つない晴天で、金色に輝く太陽が海と砂浜をさんさんと照らしていた。ひなたぼっこをするのには暑すぎるが、海の水を浴びれば心地良いほどの温度だ。


 黒ドラゴンがサーフィンを楽しむ中、その様子を砂浜から眺めている2匹のドラゴンがいた。

 小さい緑色のドラゴンと、大きい黄色のドラゴンだ。


「楽しそうだね。ダーク」

 緑ドラゴンが羨むように呟いた。緑ドラゴンは大きな目玉が特徴的で、大きさは黒ドラゴンよりやや小さいくらい。手足は短く、羽のようなものは生えていない。おおよそドラゴンには見えない外見ではあるが、一応ドラゴンである。


「前からつくづく思うが、不便な身体だな」

 黄色ドラゴンが憐れむように語りかけた。黄色ドラゴンは他の緑や黒のドラゴンと比べて2倍以上の大きさで、自身の身体と同じほどの大きさの翼を持っている。首周りには肩と胸を覆うような白い毛が生えていて、そこから青い水晶のようなものが顔を出していた。


「チェインは泳がないの?」

「俺が泳ぐと波が荒れるからな。ダークが転ぶといけないだろ?」

「うーん、ダークはそんなの気にしないと思うけどなぁ……」


 ディークと呼ばれた緑ドラゴンと、チェインと呼ばれた黄色ドラゴン。この2匹は遊んでいる黒ドラゴンを眺めていた。彼らの視線の先で、ダークと呼ばれた黒ドラゴンは嬉しそうに飛び回っている。


 するとダークは、勢いよく水面へと急降下して潜っていった。その姿はとても無邪気だ。

 そして、サーフボードを無視して海深くまで潜っていったダークは、


 いつまで経っても浮かんでこなかった。


「……あ、あれ?」

「……は? ダーク!?」


 ディークは怪訝そうな表情を見せ、チェインは青ざめた表情を見せる。


 そしてチェインは立ち上がり、両足で砂地を蹴ると同時に、翼を大きく羽ばたかせて一瞬で前方に飛んで行った。

 そしてその後ろでは、チェインが起こした反動による爆風が吹き荒れ、砂埃を舞い上がらせていた。


 ……もちろん、すぐ側にいたディークも巻き添えだ。

 ディークはチェインの行動を予測し、チェインが飛び上がる前に目と口を閉じていた。そして今は四つん這いになって暴風に耐えていた。


 暴風はそれほど長く続かず、やがて収まった。ディークが目を開けると、チェインがいた場所には広い凹みが出来ていて、その後ろには元あった砂が盛られていた。


 海の方を見ると、もうチェインの姿はなく、波が少々荒れていた。


「あはは、チェイン……」

 ディークは苦笑いを浮かべていた。



 海に潜ったチェインは海水の中で目を見開き、可能な限り遠くまで見渡していた。


(おいおい……、どこに行ったんだダーク!?)

 しかし、どんなに探しても、ダークの姿はなかった。

 チェインが必死になって探していると、別の異変に気がついた。周囲に魚の姿がないのだ。小魚はもちろん、巨大な魚の影すら見当たらない。


 ダークを探すあまり、浜辺からかなり離れてしまっているが、チェインは構うことなく探し続ける。

 すると、遠くから魚の群れが近づいてくるのが見えた。それはやがてチェインを通り過ぎ、元の浜辺へと向かって行った。


 チェインは、通り過ぎて行く魚の会話を聞いていた。その内容というのは、チェインの注意を引くのに十分だった。


「ふぅ…、何なのあのドラゴン。いきなり王子様に手を出すなんてさ」

「捕まえたら捕まえたで暴れだすし、頭イカれてるんじゃないの?」

「まあまあ、陸の生き物が考えてることなんて私達には関係ないよ。それより、なんか波荒れてない?」


(おいおいダーク……)

 魚達の会話を聞いていたチェインは、水中で溜め息をついた。

 そしてチェインは、1匹の大きめなカンパチの前に表れ、なかば強引に事情を聞き出すことにした。


「おい、聞きたいことがある」

「うわっ!? なんだよ? も、もしかして、さっきのやつのボスか?」

 行く手を塞がれたカンパチが叫ぶと、自然と周囲の目線もこちらに向けられる。


 チェインはその視線をものともせず言及する。

「さっきのやつ、というのは、お前と同じくらいの大きさの黒いドラゴンのことで合ってるな? 私はそのドラゴンの父親だ。息子は今どこにいる?」

 チェインが一通り言い終えると、周囲の魚達がざわつき始めた。


「ち、父親だって……。あんなやつの父親とか絶対マトモじゃねーよ」

「モンスターペアレントってやつ? 確かにモンスターみたいな見た目だね」

「それにしても、陸の生き物にしては器用だなぁ。水の中で泡を出さずにしゃべってるよ」


 好き放題言われているチェインだが、まったく気にしていないようで、視線すら向けていない。

 やがて、チェインを前にしているカンパチが口を開く。


「あ、あなたの息子は、王子様に危害を加えた罪で刑務所に入れられたよ。場所は、途中までなら知ってるが、そこから先は俺たちは知らない」

「十分だ、案内頼む」

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