第5話

 そこは地下にある小さなクラブだった。一応フロアがあって踊れるようにはなっているけれど、二十人くらいしか入れなさそう。

 宇宙人は年配の黒人男性としばらくしゃべっていた。かなり筋肉質で、大きい人だ。ここの店長らしい。まだ早い時間で客はわたしたちしかいない。ハイネケンをもらった。続けて二杯飲むと少しいい気分になり、わたしも黒人店長と英語で他愛のない話をした。


 店長はテランスという名前で、デンバーから来た、と自己紹介した。

 ボクサーか作家になりたかったけれど、どちらもダメだったので日本に来た、マイク・タイソンとサリンジャーが好きだ、というので、どちらもすごく有名だね、と返すと、そうだな俺は有名になりたかっただけかもしれない、と笑っていた。

 この人は初めての客にはいつも同じ話をするのかもしれない。


 そのうちに宇宙人がDJブースに入ってレコードをかけた。古そうだけど、なかなか素敵な音楽が流れてきた。

 とてもシンプルで柔らかいけれど軽くない、大人の音楽だと思った。男性ボーカルもクールだった。マーヴィン・ゲイに似ているけれど、それほど情緒的じゃない。こっちのほうが好みだなと思った。


 グラスを磨いているテランスに音楽のことを尋ねると、これは『ウィリアム・デヴォーン』だ、なかなかいいだろう、という答えが返ってきた。

「俺があいつに教えてやったんだ。あいつは若くて何も知らない。最初にこの店に来たときは、DJになりたいって言っていた。だから古い曲もたくさん聞かせて勉強させた」


 ふうん、と頷きながらわたしはDJブースにいる宇宙人を見つめた。なんだか急に切ないような、感傷的な気持ちになったのは、たぶん音楽のせいかもしれなかった。


「この曲のタイトルは、『あなたが手に入れたものに感謝しましょう』っていうんだ。よく聞いてみなよ、いいこと歌ってるぜ」

「へえ」

 ジンバックをわたしの目の前に置きながらテランスが言った。歌詞を聞き取ろうと、わたしは耳を澄ませた。


『君たちはキャデラックを所有できないかもしれないけれど

上手くやっていけることを忘れないで

自分たちがすでに手に入れたものに感謝しなさい』


「テランスは、女を連れてきたらこれを回せっていうんだ、いっつも」

 いつのまにか宇宙人が隣に戻ってきていた。

「すでに手に入れたものに感謝しなさい、って意味で?」

「そう。他にもいい男はたくさんいるだろうけど、今夜は俺でいいじゃんって意味」

 わたしは思わず笑ってしまった。


「うれしいよ、連絡くれて。俺、入院してしばらくずっと女っ気のない生活していたからさ、昨日は絶対に誰か捕まえてやろうと思ってたんだ。そんなところに、すごいタイプの子が出て来ちゃったからこれはもう行くしかないって」

「あはは。ほんとは誰でも良かったくせに口が上手いよね。どうせしょっちゅう、いろんな女の子をここに連れて来てるんでしょ?」

「妬ける?」

「別に」

 ジンバックも、もう二杯目だ。わたしは楽しかった。

「でもさ、本当にうれしいんだよ。だってさ、こういうことって簡単でいいし、むしろ簡単なほうがいいでしょ。そう思わない?」

 そうかもしれない。わたしは笑いながら残りのジンバックを喉に流し込んだ。そのときふと宇宙人の顔が近づいてきて、キスをした。

 昨日も思ったけれど、宇宙人はキスが上手い。最初はついばむように、そっと唇を愛撫するように。でも次の瞬間にはもう、するりとわたしをこじ開けて、入ってきてしまう。

 テランスは少し離れた場所で知らん顔をしていた。

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