第36話 聞き込み

 翌朝、ローナとルクはかなりの寝坊をしてきた。


 この二人としては珍しいことだったのだけれど、理由は詮索しなかった。まぁ、そういうことなのだろう。


 さて。


 ベギフで軽く食料などを買い足した後、旅を再開。


 それから七日間、特に問題なく順調に旅は進んで、ジュナルの森近くにあるビオナクという町にたどり着いた。


 ビオナクはかなり発展した都市で、人口も十万人を越えるらしい。農業に適した気候と土地であるうえ、森の恵みも望めるということで発展したようだ。


 町並みも綺麗で、煉瓦造りのお洒落な雰囲気の建物が多い。


 町に入ったときにはまだ日も高く、急ぐ必要もなかったので、ゆっくり町を見てみようということに。


 まずは宿を探し、そこに馬車を置かせてもらい、赤夜の鋼馬ファルは一旦元の世界に帰らせた。


 改めて、私たちはビオナクの大通りを歩く。



「綺麗な町だね。ビオナクに来るのが目的ってわけじゃなかったけど、ここにも来られて良かった」


「そうですね! こんな町に住むのもいいと思います!」



 私の左手を握るエリズがニコニコ笑顔でそんなことを言うが、エレノアさんが聞いたら苦笑しそうだ。



「別に移住先を探しているわけじゃないって」


「そうですけど! でも、それなりに長い人生ですから、色々な町に住んでみても良いと思いますよ?」


「まぁ、ね。一つの町にこだわらず、色々な町を見てみたら、住み心地の良い町は案外たくさん見つかるかもしれない」


「人情的にトゥーリアに留まりたい気持ちはあるでしょうが、まだついの住処を定めるには早いですよ! ともあれ、女性同士の結婚にも寛容な町であることは必須ですね! ビオナクはどうでしょうか?」


「さぁ……。確認してみないことにはわからない」



 町の人たちを見回してみた感じ、ただの友達や仲間にしては仲が良すぎる私とエリズ、そしてローナとルクを見ても、特別に忌避する雰囲気はなさそう。結婚まで許されているかは不明だけれど、少なくとも女性同士の恋愛に批判的ではないかもしれない。



「……今更だけどさ、エリズ。場所によっては同性間の恋愛を禁止していたり、処罰の対象にしていたりするところもあるらしいから、よくわからないうちからあんまりベタベタしないでよ?」


「手を繋いで歩くくらいなら平気ですよー。こんなのは友情のうちです! さぁ、遠慮なくもっとくっつきましょう!」


「あーもう! 私は人前でそういうことされるの好きじゃないってば!」



 エリズが私の肩に頭を乗せてくる。歩きづらいし恥ずかしいので、無理矢理エリズを引き剥がした。



「恥ずかしがるヴィーシャさんが可愛らしくて、つい過剰にくっつきたくなりますね」


「うっとうしいからやめてよ、もう……」



 私たちがごちゃごちゃやっているのをどう思ったのか、ラーニャが提案してくる。



「しばらく別行動でもしますか? 師匠たちはどこか静かなところでしっぽりとしてきても構いませんよ?」


「そういう気遣いはいらないから。でも……ローナとルクは、二人で散策してみる? 夕方に宿に集合ってことでさ」



 二人が顔を見合わせ、軽く相談した後、ローナが答える。



「皆と一緒に行くよ。二人旅にはない楽しさがあるからね」


「そう? ならいいけど。じゃあ……私、散策しながらジュナルの森にいる神獣について聞き込みしたいんたけど、それでもいい?」



 四人が頷く。



「まずはどこに行こうかな……」


「露店で何か美味しそうなお菓子を売ってますよ! あれを買って、お店の人に訊いてみましょう!」


「そうね。まぁ、ジュナルの森に神獣がいるってのは有名な話だし、適当に町の人に訊いてみるのもありか」



 情報屋のように特別な仕事をしているわけじゃなくても、何か知っているかもしれない。


 小麦を使った焼き菓子を扱っている露店に赴き、五人分購入。お菓子を受け取りながら、店主のおじさんに尋ねてみる。



「あの、ジュナルの森に蒼幻そうげんの鹿がいるって聞いたんですけど、この町で詳しい人はいませんか?」


「あん? お嬢さん方、鹿神様に会いに来たのかい? ……まさか、捕まえてやろうとか考えてるんじゃないだろうな?」



 おじさんが怖い顔をする。そういう良からぬ連中も頻繁に訪れるのだろう。



「いえ、捕まえるなんてことはしません。ただ、一目見てみたくて来ました」



 真っ直ぐに見つめ返して答えると、おじさんがふっと息を吐いて力を抜いた。



「……どうやら鹿神様に害をなそうってわけじゃなさそうだな」


「はい」


「それならいい。しかし……お嬢さん方には悪いが、鹿神様に会えるかどうかは運次第だ。

 この町には鹿神様に会ったことのある奴は何人もいるが、俺の知ってる限りじゃ、森を歩いてたらたまたま遭遇したって話ばっかりだ」


「……そうなんですね」


「鹿神様には、人の邪念を感じ取る力があるって話だ。捕まえてやろうとか、狩ってやろうとか考えてる人の前には決して姿を現さない。不思議な存在なんだよ」


「……なるほど。それなら、もう効率は諦めて森をさまよってみるしかなさそうですね」


「そうだなぁ。ま、あんまり期待せず、執着もしないことだ。鹿神様は特別な存在だが、何か人に恩恵をもたらしてくれるって話も聞かない。森に仇なす者を排除することはあっても、例えば病人を治してくれるとかはない。ただそこにいるだけの神秘に過ぎないよ」


「……わかりました。お話、ありがとうございます」


「おう。ま、探してみた結果くらい、また報告しにきてくれよな。もし会えたってんなら、お祝いにうちの菓子を一人一個くれてやるよ」


「ありがうございます。けど、それって自己申告ですよね? 嘘吐いたらどうするんですか?」


「嘘かどうかなんて、態度でわかるだろ? 心底嬉しそうに会えたって報告してきたら本当、そうじゃなかったら嘘だ」


「確かにそうですね。それでは、また報告に来ますよ」


「おう」



 露店を離れ、人通りのない道の端で焼き菓子を食べる。手のひらサイズのお菓子は、ほんのりと甘くて美味しい。



「へぇ、美味しい……」


「美味しいですね! 一口食べるだけ幸せが溢れます!」



 私とエリズ以外の三人も、焼き菓子を食べてにんまりと微笑む。



「トゥーリアにもお菓子はありますけど、こっちのお菓子の方が上品な味わいですね」



 ラーニャがそう評して、ローナとルクも頷く。



「どっちの方が美味しい、とは言えないが、とてもいい味だ」


「いいですねー。おうちで作ってローナに食べさせてあげたくなります」



 ルクがさらっとデレて、ローナもニマニマと微笑む。眺めているだけで幸せになれる二人だよ、本当に。


 まったりしていると、不意に通りすがりの女の子から声を掛けられた。



「ねぇ、あなたたち、鹿神様に会いたいの? メディルが鹿神様のところに連れて行ってあげようか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る