第28話 ホーム

 エリズと二人で行けば良かったかもと考えたからって、別にそれはエリズと二人きりで旅をしたいとかそいういう意味ではなくて、単にその方がゆっくり落ち着いて旅ができたかもなと、それだけの話である。うん。それだけそれだけ。


 ……誰に言い訳しているんだか。


 さて、私たちがわちゃわちゃしていたら、召喚士ギルドからエレノアさんが呆れ顔で出てきた。



「おはよう。早朝から元気そうでなによりだ」


「……朝からうるさくしてしまい申し訳ありません」


「私としては特に気にすることではないさ。真夜中に騒ぎ立てているわけでもなし、問題もなかろう」


「……だといいのですが」


「さ、それよりも、馬車を使うんだろう? 倉庫を開けるから勝手に持って行け」


「はい。ありがとうございます」



 倉庫は召喚士ギルドの隣にある。エレノアさんが倉庫の鍵を開けて、ドアを開放。中には雑多なものが納められており、その一つが馬車の荷台。


 日差しを遮る幌付きではあるが、特段高級なものではない。賓客を運ぶためのものではないし、旅の荷物と私たち五人を乗せられればそれで十分だ。


 私一人では荷台を動かすのに苦労するところだけれど、今日はローナが一人でさらっと外に運び出してくれた。身体能力を強化する魔法を得意としているわけではないのに、なかなかの力持ち。



「ローナさん、かっこいいです!」



 ルクがパチパチと手を叩きながらはしゃいで、ローナは照れくさそうに頬を掻く。付き合い始めて一月経っても初々しいね。



「ヴィーシャさん! わたしだってやろうと思えば荷台を外に出すくらいできましたからね!?」


「エリズは何に対抗しているわけ……? エリズに怪力は求めてないよ……?」


「対抗しているわけじゃなく、わたしもヴィーシャさんに褒められたかったな、と思いまして!」


「はいはい。そういうのはまたの機会にね」


「素っ気ない態度ですね! もっとわたしに構ってください!」


「家ではいつも二人きりでおしゃべりしてるじゃないの……。エリズのことは置いといて、馬の準備をしようかね」


「もう! わたしは常にヴィーシャさんを求めているんですよぉ!」


「はいはい」



 エリズのことは放っておいて、召喚魔法のために両手を前に突き出す。



「……おいで。赤夜しゃくや鋼馬こうば』」



 私の呼びかけに応じて、一頭の立派な馬が現れる。赤銅色のたてがみに均整の取れた体格が美しい。


 ただ……つぶらなブラウンの瞳はおっかなびっくり周囲を見回している。


 この子……ファルは、体は一人前なのに性格がかなり臆病。赤夜しゃくや鋼馬こうばは概ね警戒心が強いのだけど、ファルは特にその気質が強い。すがるように私にすり寄ってきた。


 その頭を撫で、微笑みかける。



「大丈夫。ここにファルを傷つける人は誰もいない」



 弱々しいいななき。本当は多少の戦闘に耐えるくらいの力はあるのに、恐がりだから全く戦いには向いていない。安全な道を行くときだけ、ファルを召喚することにしている。



「しばらくは旅が続くから、力を貸してね」



 ファルをなだめつつ、荷台を引くための器具や手綱などを装着していく。なお、器具は私の所有物ではなく、召喚士ギルドの所有物で、荷台に常備してある。必要に応じて各自で好きに使っている。



「……これで準備良し、と。ファル、頼りにしてるよ」



 微笑みかけつつ、再びファルの頭を撫でてやる。臆病で、甘えん坊で……そういうところが、私としては可愛らしく思うし、気に入ってもいる。



「……ねぇ、ルクさん。ヴィーシャさんはわたしにあんな風に優しく微笑んでくれたことなんてないです。わたし、ファルさんよりも大事にされてないんでしょうか……?」



 エリズがルクに何か言っている。



「大丈夫ですよ、エリズさん! ヴィーシャさんはご存じの通り素直じゃなくて恥ずかしがり屋さんなので、エリズさんにはあえて素っ気ない態度を取っているだけです! むしろ、あえてそういう風にしているということは、エリズさんのことを相当意識しているということです!」


「ルク! 勝手なこと言わないで! くだらないこと言ってないで、さっさと荷台に乗って!」



 ふふふ、と微笑み合うエリズとルク。全部わかってますよ、的な笑みにイラッとする。



「やれやれですね、師匠。素直になった方が、なんだかんだ楽だと思いますけどねー」


「まぁまぁ、ヴィーシャにも自分のペースというものがあるんだ。そっとしておいてやろうじゃないか」



 ラーニャとローナも何か言っている。置いていってやろうか。


 軽く睨むと、二人ともへらっと笑いながら荷台に入っていった。



「はぁ……。それでは、エレノアさん。行って参ります」


「うん。行っといで。そして、何はともあれ、無事に帰ってこい」


「はい」


「それと……これ、エルフに伝わるお守りだ」



 エレノアさんが木彫りで鳥型のブローチを渡してくる。



「……これ、エレノアさんの手作りですか?」


「ああ、そうだ」


「わざわざありがとうございます」


「大したことじゃないさ。ちなみに、それはフィーユーという鳥でね。季節ごとに旅をするのだが、毎年同じ場所に戻ってくると言われている。また帰ってこられるように、という願いを込めたお守りなのさ」


「……ありがとうございます。大事にします」



 エレノアさん見守られつつ、私は御者台へ。左手に手綱を、右手に柄の長い鞭を持つ。ファルの場合、鞭を使うことはほぼないのだけれど、ちょいちょいちょっかい出すと喜ぶので、一応持っている。



「わたしはヴィーシャさんの隣です!」



 エリズが私の左隣にやってくる。もはや定位置だ。私としても、エリズが左にいないとなんだか……いや、なんでもないけれど。



「ファル! 進んで!」



 ファルが嘶き、力強い脚で進み始める。精神は脆いのに、体はやっぱり立派なものだ。


 エレノアさんに、私含め全員で手を振る。エレノアさんも振り返してくれる。


 帰りを待ってくれる人がいるというのは嬉しいもので。


 やっぱり、私のホームはここだな、なんてことを思った。

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